スタンドアップ・ボーイズ! セカンドステップ
和泉茉樹
スタンドアップ・ボーイズ! セカンドステップ
◆
何も聞こえないほどの大音量でよくわからない音楽が響き渡っていた。
半円形の仮設の客席は人で埋まっているが、そこにいるのはお淑やかな人、控えめな方々だ。
客席に囲まれた地面の上では、大勢の人間が歓声をあげて腕を振り上げ、飛んで跳ねて、大興奮だった。
二足歩行のロボットがダンスを踊っている。
スタンドアッパーと呼ばれる二足歩行ロボットは、最初は土木工事、次に戦争で技術が発展したけれど、まさか最初に開発した人は、デモンストレーションのはずのダンスがここまで発展するとは思わなかっただろう。
「若い奴らもなかなかやるな!」
隣の席で大声で怒鳴るのはダルグスレーンという昔馴染みだが、俺も彼もまだ二十代だった。こうして観客席でアルコールをちびちびやる程度には大人になったけれど。
「次のダンス大会にはうちも出るか!」
おいおい、と隣にいる相手の顔を見るが愉快そうな笑みしかない。酔っ払ってのたまっているならまだ救いがあるが、どこかどう見ても酔っ払っていなかった。
「あの事故のことを忘れたのかよ!」
こちらも怒鳴り返す。まったく、このダンス大会だけはBGMがうるさいったらない。観客の歓声もだ。
「忘れちゃいないさ!」
ダルグスレーンが嬉しそうに叫ぶ。
「あれは最高にイカした事故だった!」
俺の中では最悪に限りなく近い、破滅寸前の事故だったが、隣にいる男の中ではとんでもない事実誤認か、記憶の改ざんが行われたようだ。
「見ろよ!」
ダルグスレーンが指差したので、そちらを見るとスタンドアッパーがぐっと腰を落とした。
アカクチバ社製の第三世代モデル、コウガ〇九年式は小柄と言っていい機体だけど、それでも全高は六メートル近い。
いかにもバネが強靭そうな膝がたわめられ、次には力が解放された。
巨体が宙を飛び、空中で一回転。
後方宙返りをきれいに決めて着地し、歓声が爆発する。
最後まで踊りきると、客席からは甲高い歓声。アナウンスもかき消す女性陣の歓声の中で、王の前で跪く騎士よろしく片膝をついたコウガ〇九年式の背中が割れ、操縦士が顔を出す。
また歓声。さらなる歓声。
女性陣の熱い視線と、少年たちの憧憬の眼差し。男たちの嫉妬の眼。
「ルーランはやっぱり絵になるな」
爆音のBGMが抑えられてさっきよりマシになったので、俺は普通の口調でダルグスレーンに声をかけた。
ルーランというのがコウガ〇九年式のパイロットで、はっきり言って王子様だ。
長身、細身、顔の作りは女神の作品、両目は翡翠、髪の毛が黄金。
全部揃っている。
俺の言葉が聞こえたはずだが、ドルグスレーンは憮然として答えない。
こいつも嫉妬しているタイプか?
「俺たちもできるだろ」
いきなりボソッと奴が言葉を発したので、俺はおかわりのビールを買うべく席を立とうとした動きを中断した。
「なんだって? よく聞こえなかった」
「俺たちもできる、と言った」
いかにも不穏だった。不吉と言ってもいい。
「俺たちっていうのは、その、誰のことかな」
「俺たちと言ったら、俺たちだろ。あの輝かしき、アイアンバニーのことだ」
この時の正解は何も聞かなかったふりをして、ビールを買いに行くことだった。そしてこっそり家に逃げ帰るべきだった。
だから俺が椅子に戻ってしまったのは大失敗だ。
「ダル、一つだけ言っておくが、アイアンバニーは解散した」
ダルグスレーン、シャンツォ、マオの三人と俺を加えたチームがアイアンバニーだ。そのチームでスタンドアッパーの他種目競技大会、ハッキンゲームに出ていたのは学生時代の話、数年前になる。
今ではシャンツォはどこかの整備工場で修行中、マオは大学生のはずだ。ダルグスレーンは実家のガスステーションの手伝い、俺も実家の整備工場で働いている。
時間は流れた、と感じざるをえない。
「なぁ、ダル。前にダンス競技に出た時は、最悪だった。忘れたのか?」
ダルグスレーンは忘れていた。
「何のことだ?」
おいおい、と俺は歯ぎしりするしかない。
「説明してやるよ」
十分に観客からのコールを受けてから、ルーランがコウガ〇九年式の操縦席に戻り、スタンドアッパーが立ち上がって去っていく。その機体がキザに手を振って見せるのに、またファンたちが絶叫する。
そんな光景を俺は指差した。
「俺たちはあんなふうじゃなかった」
◆
十七歳の春が終わる頃、やっとダルグスレーン(の父親)のスタンドアッパー、パワーウイングⅧ型の整備が終わった。
春先にあったハッキンゲームの格闘種目で、この機体はとんでもない戦い方をして半壊した。
スタンドアッパーの格闘で半壊などよくある話だけど、操縦士の生死に直結しそうな壊れ方だったのだ。しかもその操縦席にいたのが俺自身だったので、肝が冷えるなどというレベルではない。
よくトラウマにならなかったものだ。
ともかく、メインフレームから基礎骨格まで精密検査した結果、とんでもない投げ技を仕掛けたせいで、特に背骨と骨盤がやられていた。あと人間でいえば頚椎に当たる部分が深刻だったけど、スタンドアッパーは人間と違って首はあまり重要ではない。
俺の育った家は祖父の代からの整備工で、まだ祖父は健在だったけれど、俺がぶっ壊したスタンドアッパーは「自分で直せ」とそっけなく俺の仕事にされた。
高校生の俺の、だ。
ダルグスレーンの父親の反応が気になったが、ガスステーションのオーナーはおおらかなもので、「少年の勉強には最適だ」と俺に仕事を任せた。
っていうか、高校生にスタンドアッパーを任せようとする大人って、どうなのだろうか。二十代になればそういう常識も備わろうというものだが、当時の俺は放課後をじれったい気持ちで待ち、深夜まで作業場で機体をいじりまくった。
もちろん、ダルグスレーンの二人の友人、シャンツォとマオもやってくる。シャンツォは俺と一緒にハードの整備をし、マオはソフト面をフォローした。ダルグスレーンが何をしていたか? 奴は差し入れを買ってきて、俺たちを励ます役だった。
そんなこんなで、数ヶ月をかけて生き返ったスタンドアッパーは、いつからかアイアンバニーというパーソナルネームを与えられていた。チームの名前もそれだ。
言い出したのはダルグスレーンで、どこから来たのか、由来は何かを尋ねると、「平城国のアイドルグループ」という返答だった。
極東の島国である平城国は「世界の工房」と呼ばれるほど工業技術が日進月歩、発展している国だが、同時にアイドル産業も発展している。
さて、そのアイアンバニーのハッキンゲームへの復帰戦は、ダンス競技会となった。
俺として正直、安堵していた。ロボットにダンスを踊らせるのは一般的にあることで、自動車メーカーがレースクイーンではなくドロイドを使って商品を飾る場面が散見される。
だからそのあたりのデータを引っ張ってきて、スタンドアッパーの簡易人工知能に学習させておけば、大抵のダンスは踊れる。
俺が操縦テクニックを披露することはないし、むしろ本来の操縦士であるダルグスレーンが目立つチャンスなのだから、俺にお鉢が回ってくることはない。
アイアンバニーことパワーウイングⅧ型はやっとうちの作業場から、自分の足で歩いて出て行った。なんとも感動する一場面で、やっと自分が整備士らしい仕事、それも初仕事をやりおおせたと実感できた。正直、涙が出そうだった。
俺は本来の祖父の手伝いに戻り、それはそれで忙しい日々だった。父親はどこかを放浪していて音沙汰はなく、母親はどこぞで傭兵稼業に精を出していた。ちなみに祖母は墓の下だ。
数週間が何事もなく、実に平穏に過ぎ去り、ついにハッキンゲームが行われる週末となった。
数日前から開催される公園の一角に観客席が設営され、巨大なアンプだのスピーカーだのもスタンドアッパーによって設置された。俺は祖父の手伝いで、設営用のスタンドアッパーの調整をするため、この公園に出入りした。
驚いたのは前日練習をする常連チームに、追っかけのファンがいることで、ハッキンゲームは基本的に民間チームしか参加できないはずがその民間チームにファンがいるのだ。
俺が見たのはルッススという青年操縦士で、いかにもなアイドル風な容貌をしていた。女性たちが彼にサインを求めたり写真撮影を求めたりしていて、スタッフが制止する場面もあった。それでもルッスス青年はサービス精神を発揮してサインに応じている。
もっとも、俺としてはそのルッスス青年が乗るスタンドアッパーに興味があった。この頃はまだ珍しい第三世代モデルのサスケという機体だ。第三世代モデルは最初に戦場に投入され、サスケはほとんど最初の民生利用機でもあった。
どんな動きをするか、明日の本番ではじっくり見よう。そう心に決めたものである。
翌日、俺は仕事を手伝った関係であてがわれた観客席に向かおうとして、携帯端末で呼び出された。ダルグスレーンからで、ピットで見た方が臨場感がある、という内容だ。
そんなことはない、と思ったものの、何か嫌な予感がして、俺はピットへ行った。
しかしもうパワーウイングⅧ型はステージに出ており、踊り始めている。
俺は腕組みしているシャンツォとマオの横に並んだ。
「うまくいっているじゃないか!」
轟音のBGMの中で機体が躍動する。
「これは自動操縦か!」
俺がマオの耳元で怒鳴ると、彼女も怒鳴り返した。
「いや、マニュアル!」
マニュアル?
「ここからだ!」
マオが叫ぶと同時に不意に機体が深く膝をたわめた。
何をするのか、と思った次に、パワーウイングⅧ型の輪郭が霞む。
後方宙返り。
しかし機体は空中で仰向けの姿勢のまま、地面と水平になった。
勢いは完全に消えている。
天地を揺るがす音を立てて、機体は地面に叩きつけられた。
沈黙。静寂。
それからざわめきとサイレン。
シャンツォはすでに駆け出していて、マオは頭を振ってからそれを追って行った。
俺は冷や汗をかきながら思った。
俺が乗ってなくてよかった。
(了)
スタンドアップ・ボーイズ! セカンドステップ 和泉茉樹 @idumimaki
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