スタンドアップ・ボーイズ! ファーストステップ

和泉茉樹

スタンドアップ・ボーイズ! ファーストステップ

      ◆


 この作業場は金属と油、焦げ臭い匂いに満ちている。

 俺の前にはスタンドアッパーと呼ばれる二足歩行マシンの大腿部が寝かされている。本体は作業場の隅でクレーンで吊るされていた。ほとんど解体され、両足は今はない。

 工具を使って人間の胴よりも大きさのある右大腿部を解体していく。外装パネルを外し、複合素材の筋肉バネを素早く緩め、外す。補助フレームも外すと、やっと目的の骨格が露わになる。

 力仕事なので、俺は既に汗みずくだ。

 太い金属製の骨格は極端に重いので、抱えて歩くなどということはできない。この重さこそが頑丈さの証明である。

 小さなウインチを引っ張ってきて、持ち上げる。作業台から巨大な測定装置へ慎重に移動させた。

 測定装置は古びているが多機能機なので、頻繁に使う。しかしそろそろ交換しないといけないだろう。今もシステムを起動しようとしたが、変な音を立てて動こうとしない。

 スタンドアッパーを整備できるのだから測定装置も直せそうなものだが、俺は精密機械は苦手だった。

 昔ながらの手法、平手打ちを食らわせてやると動き出した。

 よしよし。

 測定装置のスキャナーが骨格を撫でていくのを離れて見ていると、測定結果の表示されるモニター上のグラフに不自然なノイズが混ざり始める。

 なんだ? 新しい不調か?

 しかし、違った。

 地面がかすかに揺れていると思うと、その揺れは明確な振動として知覚されるようになり、正体も見当がついた。

 仕方ないので測定装置を一時停止させ、俺は表へ出た。

 目と鼻の先にくすんだ赤い塗装のされたスタンドアッパーが片膝をついている。

 クローム社製のパワーウイングⅧ型だった。

 はっきり言って、動いているのが奇跡と思える骨董品だ。

 その背中が割れて、操縦士が出てくる。

「ヘェイ、オリオン、調子はどうだ?」

 悪友たるダルグスレーンがするすると待機姿勢のスタンドアッパーの肩、腕、腰、膝と伝って、地上へ降りた。

 素早くタバコを取り出す奴をできるだけ強く睨みつけてやる。

「こっちは仕事の最中だよ、ダル。測定装置で、依頼品の骨格を精密検査していた」

「おっと、そいつは悪い。足音でノイズが走ったか。間が悪かったな」

「目と鼻の先なんだから、車で来なよ」

 言いながら俺はダルグスレーンが乗ってきたパワーウイングⅧ型の引っ張ってきたコンテナを眺めた。ダルグスレーンの家はガススタンドで、他にもいろいろなものをうちに卸してくれている。

「車はつまらんよ」

 タバコの煙を吐きながら、ダルグスレーンが愛機の方を見る。

 俺もタバコが吸いたくなって、ポケットに突っ込んでおいた箱を取り出す。さっとダルグスレーンがライターを投げてくるのを受け取り、火をつけてから投げ返した。

「やっぱり二足歩行のマシンの面白さは、四つ輪にはないわな」

 しみじみとしたダルグスレーンに、俺は苦笑いするしかない。

 こいつの哲学は学生の時から変わらない。

「そう言えばよ、オリオン」

 こちらを振り向いたダルグスレーンの顔では、満面の笑みがキラキラと光っていた。

「またハッキンゲームに出ようかっていう話があってね」

「おいおい」

 さすがの俺も口元からタバコを落としそうになった。

 ここオルタミス共和国ハッキン州の州都ハッキンの名物が、ハッキンゲームだった。

 これはスタンドアッパーでありとあらゆることをして競い合うゲームで、年中、何かしらが行われるが、なんとアマチュア、民間人のみがエントリーできる。

 これが例えばスタンドアッパーで踊りを踊るとか、コンテナを素早く高く積むとか、そういう辺りならまだ優しい。

 過激なものになると格闘やレースになり、負傷者も出る。

 ついでに全てのゲームが賭博の対象で、さらに州都の役人が細かく管理する。

 実に奇妙な地域振興だ。

 別に暇だろ? とダルグスレーンが俺を見る。俺としては首を振るしかない。

「俺は忙しんだよ。仕事がある。学生の時とは違う」

「仕事の邪魔はせんよ。お前の名前を補欠の整備士として登録したい、というだけ」

「ふざけるなよ、ダル。昔、それでだいぶ面倒なことになった」

「面倒? 伝説を作った、って言えよ」

 伝説?

 かもしれないな。

「後にも先にも」ニヤニヤと笑いながらダルグスレーンが言う。「操縦士と整備士の二刀流はお前だけだよ」

「遊びだからできたことさ」

 そう答えてから、まるで懐かしんでいるようだし、ついでにまだ未練があるような自分の声の響きに気づいてしまった。咳払いしてから「請求書をくれ」と言って俺はタバコを足元に捨てた。

「一応、登録しておくぜ」

 そう言われても、もう答えるのは難しかった。

 なんとか「整備士ならやってもいい」と答えておいた。

 決まりだ、とダルグスレーンが拳を突き出してくるので、俺はそれに仕方なく、嫌々、うんざりした気持ちで、ぐっと自分の拳を当てた。

 懐かしき学生時代。

 あの時は全てが輝いていた。


      ◆


 高校一年生の時、俺はハッキン州立第八高校でダルグスレーンと同じクラスになった。

 前からお互いのことは知っていたので、これでクラスで浮かなくて済む、というのが第一感だった。

 全てがおかしくなり始めたのは真冬、十二月のある雪の日、俺の家の前に一台のトレーラーが停まってからだ。

 俺が下校するところで、そのトレーラーが俺を追い抜いたのは気づいていた。俺の家は整備工場をやっているので、こういうトレーラーは見慣れてもいる。

 その時は俺と祖父しかおらず、帰宅した俺は祖父が誰かと話しているのを見たが、誰かと思えばダルグスレーンの父親だった。祖父は苦り切った顔で、一方のダルグスレーンの父親も苦笑いというところだ。

 それから年が改まるまでの間に、うちの作業場で一台のスタンドアッパーが組み立てられ、整備された。

 クローム社製のパワーウイングⅧ型。この時分でもメジャーになっていた第三世代モデルより前、第二世代モデルのスタンドアッパーだった。

「名機ではあるが、古すぎるな」

 作業場で祖父は言ったものだ。実際、そのパワーウイングⅧ型はオリジナルの装甲など一枚もなく、フレームも剛性が心配になる程、継ぎ接ぎだった。

 その機体は春が来る前に細かな調整も終わり、作業場からどこかへ納品された。

 と思ったら、その翌日にはコンテナを引きずってうちへやってきた。

 見慣れていた機体だったので、そうか、ダルグスレーンの家で買ったわけだし、あの店でコンテナ運びに使われているのか、と思ったのだけど、誰が操縦しているか、その時には知る由もなかった。

 だから、操縦席からダルグスレーンが嬉しそうに出てきた時には、心底からびびった。

「なんだよ、オリオン。一緒に免許を取りに行っただろ」

 そうだった。

 スタンドアッパーの甲種免許は十六歳で取れる。俺とダルグスレーンは速攻で取った口である。

 ダルグスレーンは俺にしきりに乗るように進めたけど、実は整備の途中で試し乗りで散々乗っていたので、感触はわかっていた。

 俺が固辞し続けるので説得を諦めたダルグスレーンは、しかし妙なことを言い出した。

「これでハッキンゲームに出るんだ」

 なるほど、荷物積みなら訓練にもなるし、いいだろう。

 そう思った俺を意外な言葉が打ちのめした。

「格闘戦をやるんだ。こいつでな」

 まじまじと俺はダルグスレーンを見てしまった。

 ダルグスレーンはニヤニヤと笑っている。

 ま、見てろ、と彼はウキウキと去って行ったものだ。

 その春のハッキンゲームの格闘戦で、本当にダルグスレーンはチームで登録した。

 操縦士はダルグスレーン、整備士は幼馴染の一歳年下のシャンツォ、プログラマも一歳年下の女子中学生のマオ、主体はこの三人だ。

 そのはずだった。

 なのにダルグスレーンは俺を副操縦士、そして整備士補佐として勝手に登録した。

 信じられないことに審査を通過して、「アイアンバニー」というチームは正式にハッキンゲームへの出場権を得てしまった。

 で、初戦がいきなり格闘戦だった。

 この格闘戦は一ラウンド三分で、三ラウンド。どちらかがギブアップするか、行動不能になればそこまで。決着がつかなければ審判による判定。

 俺は仕方なく整備を手伝ったが、これも幼馴染のシャンツォという少年はいかにも技術不足で、実際の整備は結局、俺の仕事だ。シャンツォはだいぶ不服そうだったが。

 いざ試合が始まり、第一ラウンド、相手チームのスタンドアッパーの打撃を受けに受けて受けまくったパワーウイングⅧ型は、それでもう瀕死だった。左肩を破損してぎこちなくしか動かず、右大腿は骨格が明らかにゆがんて、装甲パネルはすっとび、筋肉バネには不規則な負荷がかかっているのは一目瞭然だ。

「変われ」

 ダルグスレーンは不服げに俺にそう言って、ヘルメットを投げてきた。

 ラウンド間の整備に許される時間は一分間。

 俺は結局、パワーウイングⅧ型に乗り込んだ。汗臭いが、まぁ、我慢できる。

 機体のコンディションをチェック。そうこうしているうちに第二ラウンドが始まる。相手は仕止めるつもりで一気に間合いを詰めてきた。こっちはまだチェックの最中だが、省略。

 横に跳ねて打撃を避ける。

 もう構っている暇はなかった。こちらの機体は半死半生、相手はピンピンだった。

 からぶった相手で腕を右手で絡め取り、引っ張り込む。スモウレスリングにこういう技があると俺に教えたのは母親だった。

 つんのめった相手の機体の背後に、なんとか回り込む。

 機体を振って自由にならない左腕に勢いをつけて相手の脇に叩きつけ、素早く右手で自分の左手を掴む。

 背後から抱きつく姿勢。

 もはや何も構う余地はない。

 俺は無理やりに筋肉バネの全出力を解放し、機体の上体を逸らし、そのまま後ろに倒れ込んだ。

 強烈な衝撃で危うく俺が事故死するところだった。

 もちろん、俺は耳をつんざく轟音と同時に機体の電源が落ちたので、真っ暗闇の中でただ息を潜めていた。

 救助されて初めて、ダブルノックダウンで引き分けだと聞かされたが、俺が思ったことは一つ。

 二度とやりたくない。




(了)

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