新説・巌流島の決闘
凹田 練造
新説・巌流島の決闘
宮本武蔵は、巌流島に向かう、小舟の中にいた。それは、とても小さな舟で、船頭と二人で乗ると、身動きもままならないほどだった。
武蔵は、後方にいる船頭に問う。
「もっと早く、進めんのか」
船頭は、必死でろを漕ぎながら、
「こんな小さな舟ですからのう。そもそも、わし一人しか乗れん舟に、お侍さんを乗せているのですけん」
武蔵は、なかなか大きくならない島影をひたと見据えながら、思わず立ち上げろうとする。すぐに、舟は釣り合いを失い、右に左に大きな揺れが起こる。
船頭は慌てて、
「お侍さん、立ち上がらないでくだせえ。舟が沈んじまいやす」
武蔵はさらにいら立ちをつのらせ、
「なぜもっと早く進まんのだ」
「やはり、二人では重すぎるだよ」
ふと、舟底の二本の刀を見て、
「刀が二本もあると、やはり重すぎなんじゃないかのう。なんとか、一本にならんかのう」
武蔵は驚いて、
「ば、馬鹿なことを言うな。拙者は二刀流じゃ。刀が二本なければ、戦いにならんわ」
「そうでございますか」
答えながら、船頭は、二本の刀を恨めしそうに見ながら、顔を真っ赤にして両手に力を込める。だが、なんとしても、船は遅々として進もうとはしない。
武蔵は歯ぎしりをし、絞り出すような声で言う。
「だいたい、なんでこんな小さな舟しかなかったのだ」
船頭は、首をすくめながら、
「お侍様が、おっかない顔で追っかけるもんだから、村のもんはみんな逃げちまっただよ。おら、とれえもんだで、逃げ遅れちまっただ」
その頃、巌流島では、佐々木小次郎が、何度も沖を見ながら、小刻みに体を動かしていた。
「武蔵、遅いぞ。何をしておるのだ」
小次郎は、次第に身振りが大きくなり、ついには立ち上がる。
「約束の時刻に現れぬとは、卑怯千万なり。ええい、やって来たら目にもの見せてくれるぞ」
首を振りながら藪の方に歩いていった小次郎は、突然大声を上げる。
「ぎゃあ」
見ると、マムシが草むらを逃げていこうとしているではないか。
小次郎は思わず鞘を投げ捨て、マムシに斬りかかる。哀れ、マムシは真っ二つ。
だが、その時には、マムシの毒が小次郎の体をむしばみ始めていたのだ。
すでに、小次郎を乗せてきた船頭は、あまりの殺気の凄まじさに、ほうほうの体で陸に逃げ帰っていた。
武蔵は、まだ来ない。
ようやく武蔵が巌流島にたどり着いた時には、すでに小次郎はこと切れていた。
投げ捨てられた鞘を見て、武蔵は大声で叫ぶ。
「小次郎、敗れたり」
新説・巌流島の決闘 凹田 練造 @hekota
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