14_お姉さんの示した未来

「あっくん、これだよ」



俺は、お姉さんの仕事部屋でお姉さんの机の前で、お姉さんの椅子に座っている。

すごい、1つの文章でお姉さんが3回も出てきた。


パソコンはデスクトップで、画面は32インチだろうか、すごく大きい。

画面もでかければ、机もでかい。

お姉さんは、ここで仕事をしているんだなぁ、と思わされる。


ただ、気になるのはお姉さんの方。座っている俺の後ろに立ってぴったりくっついている。肩にあごが乗っているし、俺の背中にはお姉さんの柔肉が当たっている。


どんな情報が目に入っても、その情報は俺の脳まで届くことは無いような気がする。



「ほら、作文だけで入れるよ?」



お姉さんの声が耳のすぐ近くで聞こえるので、余計に集中できない。

話に乗っからないとと思って、努めて画面を見ると、それはネット大学のページだった。



「これは?」


「ネット大学だよ。卒業したら、ちゃんと大学の卒業資格が取れるみたい」



そう言えば、先日ショッピングモールに行った時、俺が本屋で資格の本を見ていたら、大学に行ったらいいんじゃないかと言ってくれた。

ただ、もう俺に大学受験するような学力はないと思っている。


そこでお姉さんが紹介してくれたのがこのネット大学だ。

確かに調べてみると、作文だけで入学できるらしい。


ちなみに、作文のテーマは「大学を卒業したらどうなりたいか」だった。

これなら書ける。要するに、主に社会人に向けた大学みたいだ。


授業は全てオンライン。入学式や卒業式ですら校舎に行くことはない。

そもそも通学するための校舎がない。


入学は作文が書ければいいみたいだから問題ないだろう。

学力に関しては心配しなくてもよさそうだ。

ただ、しっかり勉強しないと卒業できないらしい。それは頑張ればいいだけだ。


そうなると、心配事はお金。さらに調べてみると年間の学費は60万円ちょっと。

俺にしては大金だけど、普通の私立大学の学費が100万円超えることを考えたら安い。4年間で250万円……うーん、安いような、高いような……



「あっくん、お金は私が出すから、挑戦してみない?」


「!」



ついお姉さんの方を向いてしまった。

家に住ませてもらっている上に、食事なども面倒を見てもらって、更に大学まで!?



「あっくんは気にするかもしれないけど、私のお金のほとんどは頑張って稼いだものじゃないから、大したことに使わないと思うの。あっくんのために使えたら私も満足できるんだけど……」



そこまで言われたら、逆に断るのは失礼だろう。謹んで受けさせてもらうか。



「そうそう、この間の年金は名義が違う人からだと手続きできなかったから、あっくんの口座にお金を入れておこう!大学の学費も先に4年分入れちゃうから!」


「ちょ!ちょ!ちょ!待って!」



お姉さんがとんでもないことを言い始めた。4年分となると、学費だけでも結構な額になるはずだ。その上、年金も代わりに払ってくれようとしているみたいだ。

確かにここで暮らすと話した時にお姉さんは払ってくれると言っていたけど、本気だったとは……



「どーんと1億か2億入れておこう!」


「ええー!?」



持ったよりも1桁2桁上だった……



「いいの、いいの。どうせあっくんにあげちゃうんだから!」



どこまで本気なのか。つまりは、世帯が一つになるという意味だろうか。

俺に断る理由はないけれど、本当にそれでいいのか!?



「お姉さん、本当にそれ大丈夫?!俺が使い込んだりすると思わないの!?」


「うーん、考えてなかったけど……いいんじゃない?使い込んでも。それも人生だよ」



おおらかすぎる。たしか、サラリーマンの生涯賃金が約3億弱だったと思う。

ここでお姉さんから1億とか2億とかもらってしまったら、俺は一生働かない可能性だって出てくる。


お姉さんがなにを考えているのかちょっと理解が追いつかない。

俺の方を見ているお姉さんはニコニコしていて、俺を害そうとしている様にはみじんも見えない。仮にそうだとしても、そこに使う費用が多すぎる。コスパが悪すぎるのだ。



「あっくんが勉強したいと思ったら、勉強したらいいと思うの。一度社会に出ないと学生時代の勉強の大切さは中々分からないし、そして、トライできるチャンスがあるんだったらやるべきだと思うの」



ニコニコはしているけれど、しっかりした意見だと思う。

既に学生ではない俺はフリーターとして不安がないと言えば嘘になる。


先日エリカちゃんからフリーターになりたいと相談された時は、辞めた方がいいとおすすめしないことを伝えてしまったほどだ。

生きる上で今は問題ないだろう。今日も、明日も、明後日も多分問題ない。


でも、5年後、10年後はどうだろう。もちろん、誰でも100%不安がないという事はない。でも、何の武器も持たずに臨む10年後と急に目の前に降ってわいたチャンスの「大学卒業」を携えての10年後だと不安の程は……


お姉さんにはお金だけじゃなくて、時間も何とかしてもらえるってことだった。

俺はトライする一択だと思った。

大学を卒業してお姉さんを養う……ってのは難しそうだけど、立派になって自信のある姿を見せるのは喜ばれそうだ。



「お姉さん、俺、挑戦する!頑張って必ず大学を卒業するよ!」


「それでこそあっくん!絶対卒業してね!」



お姉さんが嬉しそうにしていた。なんか俺も嬉しい。



ただ、俺はここで疑問を持つべきだった。

なぜ、4年分先に全額俺の口座に入れておくべきなのか。そして、年金も含めてと言っていたけど、数億円もの金額を俺の口座に振り込みたかったのか。


俺はこの時、最近コンプレックスになりつつあった「大学学歴」というものが目の前にぶら下がったことが嬉しくて、大事なことを見逃したのだった。

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