17_お姉さんとリモコン

「あれ?あれ?」


「どうしたの?お姉さん」



お姉さんがリビングのテレビの前で仁王立ちしてリモコンのボタンを何度も押している。



「テレビがつかないの」



テレビは100インチはあろうかという大画面。

壁付けしてあって俺の感覚で言えば、ホームシアターだ。

プライム動画を見るだけで映画館気分でとても活躍していた。



「電池じゃないかな?」


「うーん、そう思って交換してみたんだけど……」



どうやら電池は既に疑って交換したらしい。

そう言われてみれば、ソファの前のローテーブルの上に単4電池が2本裸で置かれていた。これは交換前の古い電池ということだろう。



「ちょっと貸してみて」


「あ、うん。あっくん、お願い」



女性にお願いされるとテンションが上がるのは何故だろう。

きちんと任務を遂行しないとと思ってしまう。

リモコンのふたを外して、電池をグルグル回転させてみる。

中の金具を「電池ばね」というらしいが、錆て正常に稼働しないことがある。


電池グルグルをすることで錆が崩れて正常に電流が流れ、リモコンが使えるようになるという算段だ。



(グルグルグルグルグル)



ポチポチポチ、と電源ボタンを押してみたがダメだった。

ボタンをグッ、と押し込んでも全然画面が映らない。

こういう時は、日本古来の修理方法を……


(バンバンバンバンバン)


リモコンをバンバン叩いてみた。

昔っから物って正常に動かない場合、振ったり叩いたりするのって何故だろう?

誰かに言われているわけではないけれど、みんなやるところを見ると本能なのかもしれない。



「あっくん、何しているの?」


「調子悪い時って振ったり、叩いたりしたら直らない?」


「そうなんだ……」



お姉さんは人差し指を下唇に当てて感心しているようだった。

物が壊れた時ってお姉さんには経験ないのかな?


リモコンは結局直らなかったので、しょうがなく分解してみることにした。

リビングのローテーブルにリモコンを置いて、いつぞやの工具箱を取り出した。

精密ドライバーでリモコンのねじを外して、裏ブタを取り外す。

すると、緑色の基盤がむき出しになる。


虫眼鏡とライトを取り出して、はんだ付けされた場所を拡大して見ていく。

はんだが浮いていると正常に稼働しないことがあるのだ。

コンデンサが割れていることもあるけれど、テレビのリモコン程度の場合、コンデンサは付いてないみたいだ。


抵抗の導通が切れていることも考えてテスターで1個1個当たっていく。

プローブを当てるたびに導通を知らせる「ピー」という音がする。

1個が1mm角くらいしかない部品ばかりでプローブを当てるのにも細心の注意が必要だ。俺が調べた限りでは、多分正常だ。


こうしてみると、精密部品ばかりだ。

こいつを叩いて直そうというのは間違っている考えだろう。


その昔は、電子部品ももっと簡単で回路も雑な感じだった。

最新の家電は、ICなどが使われていて、人間の頭脳と同じだ。

叩いて直るようなものじゃなかった。


基盤をしばらく見ていたが、どこが悪いのか俺には分からなかったので、とりあえず、はんだ付けされている部分に追いはんだして見ても分からないはんだ浮きを直すていでやってみるか。



「あっくん、すごいね~。なんでも直せちゃうのね~」


「……」



いや、はんだづけをやり直しているだけだから、直るかどうか……



「振ったり、叩いたりしても直らない場合は手術か……」


「手術って……」



お姉さんにかかったらリモコンも擬人化されてしまった。

それから、20分間はんだ付けをしまくってみた。

その上で、もう一度組み立てて、電池を戻して……



(ポチっ)(パッ)「あ!テレビがついた!」



あ!ついた!まさか直るとは思わなかった。それでもやってみてよかった。

何でもやってみるもんだな。

俺もストリートジャンカー協会に入りたい!


お姉さんが物凄く感心してくれている。

「あっくんすごいね!機械のお医者さんだね!」とかめちゃくちゃ褒めてくれている。お姉さんは誉め上手か!?



「私のポンコツもあっくんに直してもらうかなぁ」



無茶を言う。そして、時々抜けているところがあるところは、お姉さんの魅力の一つでもある。それについて俺はそのままでいいと思っていた。


褒められて上機嫌だった俺だったけど、この日の夜にお姉さんに再び驚かされることになる。



***



俺は風呂に入っていた。相変わらず広い風呂だ。

頭を洗って、身体を洗って、髭を剃る。

鏡を見ながら思ったけれど、シャンプーやボディソープは俺もお姉さんも同じものを使っている。


それなのに、お姉さんに近づくと良いにおいがするのはなぜだろう。

お姉さん自身のにおいだろうか。そう考えると、当然俺にもにおいがあるだろう。

いつもお姉さんは近くにくっついてくるけど、臭くないかな?


そんなことを考えながら風呂に入っていると、なにかガンガンと音が聞こえる。

振動まで響いているように感じる。


でも待てよ。このマンションは防音もかなりしっかりしている。

外からの音がこんなに響くことがあるのだろうか。

部屋いえで工事をしていたとしても、ここまで響くだろうか。


気付いたから音がしていると認識したけど、俺が気づく前から何度も音がしていたような気がする。

何か嫌な予感がしたので、風呂はそこそこに上がって、タオルで身体を拭きパンツを履いた状態で脱衣所から顔を出してみた。


ガンガンという音は、室内からだ。何か音がしている。

何者かが室内に侵入してお姉さんに危害を加えるようなことがあったらいけない。

俺はお姉さんの仕事部屋に急いだ。音はそこから聞こえたのだ。



「お姉さん!大丈夫!?」



そこで俺は信じられないものを見た。お姉さんが柱に頭を叩きつけていた。



「おいおいおいおい!」



俺はお姉さんを羽交い絞めにして止めた。



「あ、あっくん、お風呂早かったね」



のんきなことを言うお姉さん。頭から一筋の血が出ている。

どういうことだ!?


とりあえず、お姉さんを止めたら、頭をぶつけるのを止めたみたいだ。

もう手を離しても大丈夫なのか?



「お姉さん、これはどういうこと!?」


「私ポンコツだから叩いたら治るかなって……」



そんな、お姉さんはリモコンじゃないんだ。

しかも、頭をあんなに叩きつけたらどうにかなってしまう。



「お姉さん、もうそんなことしないでよ!?」


「うん…分かった。あっくんがそういうなら……」



お姉さんは落ち着いたみたいだから、血を拭きとってガーゼを当てて治療してあげた。ストーカーのこととかあったから、自暴自棄になっているのか!?



「お姉さんが悪い訳じゃないんだから、こんなことをして自分を傷つけたらダメだよ」


「……そうだね」



お姉さんは少し残念そうだったけれど、俺の言うことはきいてくれた。

ただ、行動の意図はまるで分らない。

俺にそれが分かるにはもう少し時間が必要だった。

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