7_お姉さんがバイト先に来た

ぼんやり店の外を見ていたら、柱の陰にいる人影を見つけた。

それは、間違いないくお姉さんのものだった。



「エリカちゃん、ちょっとごめん。すぐ戻るからここお願い!」


「え?!あ、はい!」



柱の方に近づいたが、お姉さんは俺に気づいていないようだった。

亜麻色でふわふわの髪はお姉さんに間違いない。



「お姉さん?」



俺の声でビクッとした。

いたずらが見つかった子供の様にゆっくりとこっちを向いた。



「あっくん?」


「どうしたんですか?急用でしたか?」


「……んーん、ちょっと近くまで来る用事があったから……」


「じゃあ…コーヒー飲んでいきませんか?俺ご馳走しますよ」



パアッっと表情が明るくなるお姉さん。



「店は20時半までなんですけど、実際は20時過ぎには出られるので一緒に帰りますか?ちょっと待ってもらうことになりますけど」


「いいのっ!?」



いいのも何も、待つのはお姉さんだから、そっちこそ本当にそれでよかったのか。

まだ19時くらいだから、なんやかんやで1時間くらい待つことになるはずだ。

見えるはずもないしっぽがブンブン左右に振られているように思えて、まあよかったのだと思うことにした。


俺はお姉さんを案内して店に入った。



「いらっしゃいませ~、あれ?藤村さんのお客さんですか?」



ベーカリーのバイトの女の子から話しかけられた。

彼女の名前はなんだったか……

ベーカリーの方の人とはそれほど交流がないので、正直顔と名前が一致していない。



「あ、はい」


「きれいな方ですね。ゆっくりして行かれてください」



にこやかに迎えてくれた。うーん、相変わらず良いお店だ。



「あ、お姉さんこっちです」



俺がお姉さんをカフェテリアの席に案内した時、カフェテリアの他のメンバーが「誰?あれ誰?」ってリアクションでヒソヒソしてた。

あ、ベーカリーの方もヒソヒソだった。



俺がカウンターに戻ってコーヒーを準備し、エリカちゃんに「コーヒー1杯レジ打ってください。代金は後で俺が払います」とレジ打ちをお願いしたら「は~い」と若干不機嫌そうにレジを打ってくれていた。



「お姉さん、コーヒーです」


「ありがとう。そんなつもりじゃなかったのに」


「いえ、俺の職場を一度は見て欲しかったから、ちょうどよかったです」



お姉さんにコーヒーを出したら、俺はカウンターに戻った。

通常はセルフなので、レジのところで注文してもらったら、商品を提供して各席へはお客さんが持って行ってくれるようになっている。お姉さんは特別だ。



「先輩、どなたですか?カノジョさんですか?」



再びカウンターに並ぶとエリカちゃんがめちゃくちゃ不機嫌そうに低い声で聞いてきた。

お姉さんとの関係を聞かれたら俺は何と答えたらいいのだろうか。

一緒に住むことになった人だけど、別に付き合うとかは言っていない。

結婚してとは言われたけれど、辞退したし、そういう意味では婚約者でもない。



「お姉さんは、一緒に住むことになった人なんだ」



確実な事実だけを伝えた。



「お義姉さん?あ!『家庭の事情』って言ってた……」



なんとなく違うニュアンスが入っている気もしたけど、誤解を解くだけの情報が俺にもなかった。いいや、『家庭の事情』に違いはないのでそのままにしておこう。


エリカちゃんが、お姉さんのところに歩いて行った。

俺的には「なになに?」ってなったので、俺もついつい近づいて行ってしまった。



「こんにちは、お義姉さん。私、先輩のバイトの後輩で山本恵梨香って言います。よろしくお願いします」



エリカちゃんがにっこり自己紹介した。

なぜ!?



「あ、はい。よろしくお願いします……?」


「お腹空いてないですか?よかったら私、何かご馳走しますよ?なんでも注文してください!」


「あ、いえ、ありがとうございます。コーヒーだけで……」



お姉さんが圧倒されていた。



「じゃあ、ゆっくりして行ってください」


「ありがとう」



俺はその後エリカちゃんに袖を掴まれて、カウンターまで引きずられるように戻された。



「きゃー!先輩どうですかね!?私ちゃんとご挨拶できましたかね!?印象よかったたですかね!?」


「ちゃんと挨拶できていたと思うし、印象は良かったと思うよ?」



何故か俺は二の腕辺りをエリカちゃんにバンバン叩かれているのだが……

それになぜ、お姉さんに積極的にコンタクトを取ったのか!?


19時半ごろには、お姉さんは返却口にコーヒーカップを戻し、店を出て行った。

ショッピングモール自体が20時で締まるので、店もそれに合わせて閉店作業が始まるのだ。


19時30分になるとオーダーストップになり、料理を出すのを止めるので調理器具などは片づけを始めることができるようになる。

ただ、一斉に片づけを始めると店内がガチャガチャいってまだ食べているお客さんがいたら追い出すみたいになるので、本格的な片付け作業はギリギリまで待って19時45分からにしていた。


俺はレジ締めをして、売り上げの金額とレジの数字に差異が無いか確認した。

売上は専用の袋に入れて、ショッピングモール内の専用の場所に入れることになっている。


エリカちゃんと学生バイトの2人は片付けが終わったら着替えて上がりだ。

レジ締めの人だけは、お金を預ける作業までやってから帰るので、他の人に比べて10分くらい店を出るのが遅くなる。


俺がお金の袋を預けて店の控室に戻ってきたら、エリカちゃんがまだ残っていた。



「あれ?まだいたの?」


「はい、先輩、ちょっといいですか?」



エリカちゃんはなんだかモジモジしていた。

なにか言いにくいことがあるのだろうか。まさか、店内でいじめが!?



「あ、先輩、着替えながらでいいですよ。勝手に話しますから」



男用の更衣室はロッカーの隙間にかけられたカーテンだけなので、控室の人とは労せず話をすることができる。

お言葉に甘えて、カーテンの中で着替えながらエリカちゃんの話を聞く。

ただ、エリカちゃんと話しているのに、服を脱ぐのは何か変な気がしていたけど……



「その……先輩、今度デートしませんか?」



(ゴンッ)突然の申し出に驚いてバランスを崩し、ロッカーに頭をぶつけてしまった。



「大丈夫ですか?今なんかすごい音しましたけど?」


「ああ、大丈夫、大丈夫。ちょっとコケただけだから」



答えに困りつつズボンを脱いで着替えを進めていると、エリカちゃんの方から続きの言葉が来た。



「あ、やっぱり相談があります。今度時間を作ってください!」



全然違う話きた!デートはどうなったのか。また揶揄われたらしい。

まあ、相談事があるというのならば、先輩として聞かない訳にはいかない。



「あ、いいよ。いつにしようか?」


「じゃあ、次、先輩とシフトが一緒になる時の帰りで」


「あー、いつだろ。チェックしてみないと……」



自分のシフトは把握しているけれど、他の人のまでは把握していない。



明々後日しあさってのラストが一緒に上がります。その後でどうですか?」



確かに、明々後日はラストまで入っているけれど……

エリカちゃんは他の人のシフトまで把握しているとか、思っていたより仕事熱心だという事実が判明した。



「明々後日の仕事の後ですからね!」



そんなことを言われながらショッピングモールの従業員出入口から二人で出た。



従業員出入口の場所はお姉さんには言っていなかったけれど、普通のお客さんの出入り口の建物反対側だし、上に「従業員出入口」と書かれているのですぐに分かったらしい。



「あ、お姉さん」



お姉さんが少し離れたところから、腰の辺りで小さく手を振ってくれた。



「あ、お義姉さんと一緒に帰られますよね?明々後日お願いしますね!先輩!じゃあ!」



捲し立てるように矢継ぎ早に言うと、エリカちゃんは帰って行った。



「……」


「……」



お姉さんと目があったけど、ちょっと上目遣いで何も言ってくれない。



「お待たせしました」



やっと思いついた言葉がこれだった。



「よかったの?後輩ちゃんのこと」


「?なんか相談事があったみたいでした。今度聞くことにしたので大丈夫ですよ」


「……」



お姉さんが、むーっと頬を膨らませている。俺はどこの選択肢を間違えたのか!?

1個前のセーブポイントに戻ってやり直したい。

そもそも選択肢があるような場面が思い浮かばないので、また同じ間違いをしそうな気もするけど。



「あっくん、お腹空かない?」


「あ、そう言えば……」



言われたらお腹が減るというか、お腹が減ったことを思い出すというか、人間ってそういうとこあるよな。


お姉さんと居酒屋でご飯を食べてから帰ることになった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る