第90話 光差す
ケントは勝ってなお理想を追うレードルフの姿に、深く己を恥じた。
(レードルフさんはあれだけ勝敗に執着しているというのに、私は何を…また自分を見失っていましたね。レードルフさんには感謝しなくては。)
ケントは己が視野狭窄に陥っていた事を認識した。
その上で、今後の指針を定める。
(まずは体を動かす、でしたね。チェンバロさん。)
対抗戦、特別補講と世話になった、いつも飄々としている少年の姿を思い浮かべたケントは、笑みを浮かべてフィールドから走り去っていった。
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体育祭もいよいよ大詰め。
リレーの出場者がフィールドに集合していた。
そんな中に、人一倍汗をかき、目を爛々と輝かせたケントがいた。
(準備は万端。いつでもいけます。やはり体を動かすと余計な思考をしなくて済みますね。今後は運動もルーティーンに組み込む事にしましょう。)
チェンバロの教えを守り、少し過剰なほどに準備運動を行ったケント。
その顔は上がり、力強く前を向いていた。
その時、観衆から歓声とは言えないざわめきが上がった。
ケントがそちらを見ると、朝から空を覆っていた雲が切れ、眩い日差しが差し込んでいた。
(幸先が良いですね。まあジョン達も同じ景色を見ている訳ですが。)
そんな捻くれた事を考えながらも、ケントは高揚していた。
加えてせっかく温めた体を冷やさないように肩や手足を動かし続けていた為、周囲から勘違いを受けていた。
「マルちゃん、ケントがはしゃいでる!」
「珍しいわね。何か良いことでもあったのかしら?」
メグとマールはチア部の衣装を身に纏い、ケントを指差して笑っていた。
「ケントくん、楽しそうだね。」
「そうね。ああしているところを見ると、まだまだ子供ね。」
イルマとファムも、赤チームが観戦に集まった中でケントを見つめていた。
「ケント、今日は宜しく頼む。」
「こちらこそ、ジョン。」
観衆の目を集めながら、ジョンとケントは握手を交わした。
「熱いな。動いてきたのか?」
「ええ。これから大物を倒さなければなりませんから。」
「フッ」
ジョンは初めて見るケントの様子に笑みをこぼした。
その表情は、マテウスとの対抗戦以来。
相手を好敵手と認め、自らを出し切るという決意の表情。
「俺も負けはしないぞ。」
「ええ。お互い最善を尽くしましょう。」
言葉を交わしてケントとジョンが離れて行く。
それを見届けるように、両者の足が止まったタイミングで教師の号令が響いた。
「これより、体育祭最終種目、全学年リレーを開始する!各者、位置につけ!!」
一番手のランナーが緊張の面持ちでスタートラインに向かい、それ以外の10名は傍に並んだ。
それを見た今種目の担当教師は、掌を空に向け何かの魔法を放つ。
「位置について!よーい……」
ドカン!
教師が空に向け放った魔法が炸裂し、近くの雲を吹き飛ばしながら爆発音を轟かせた。
その音を聞くやいなや、第一走者の2名が大歓声に包まれて遂に走り出した。
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この全学年リレーは、当然だがケントの前世で言うリレーとは大きく異なる。
第一に、距離が異なる。
ケントの前世で言うリレーの距離でリレーを行ったならば、応援する間も無く一瞬で結果が出てしまうだろう。
それだけ魔法の力は重い。
その為、魔法使用がある前提で走る距離が設定されており、一人当たり約10キロメートルの距離を走る。
もちろんフィールド内では一周しても1キロメートルにも満たない為、フィールドの外までコースが設定されている。
また、空を飛ぶ事は禁止されておりあくまで走る速さを競う競技とされている。
競技の特質上、ペース配分と身体強化の魔法をどれだけ長時間使用できるかが鍵となっていた。
(さて、後はチームメイト達に期待して、出番が来るのを待ちますか。)
ケントはフィールドの入口へ鋭い視線を送りながら、黙々と体を温め続けるのであった。
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