第63話 好敵手

好敵手、という言葉がある。


力量が釣り合っており、相手とするに相応しい、不足のない者を指す言葉だ。


その意味で、マテウスとジョンは、正に好敵手同士と言える。


共に世代屈指の実力を持ち、互いに敬意を抱いている。


しかし双者の戦績は均衡していない。


今まで対抗戦で3戦し、マテウスの3勝。


戦績で語るならばマテウスが圧倒的に優位である。


ただ、盛者必衰は世の常。


昨日の勝者が今日の敗者になる事も珍しくない世の中で、2人はその格に相応しき舞台で相見えた。


決勝戦第五試合。


対抗戦闘技部門の優勝が掛かる大将戦。


何者かの意思が疑われる程に誂えられたこの舞台で、両雄が向かい合う。



「待たせたな、ジョン。」


「ああ、構わない。」


互いに口数も少なく、表情も乏しい。


観衆の歓声、関心が集中したこの状況でも、双方共に緊張の色はない。


「ジョンと戦えるのを楽しみにしていた。」


「俺もだ、マテウス。決着をつけよう。」


審判の号令を待たずして、互いに礼をして握手を交わす。


その威風堂々たる姿に、号令を掛けようと手を上げかけた審判すらも息を呑んだ。


お互い目を合わせフッと笑うと、手を離して距離を取る。


やがてジョンが左半身を前に構え、マテウスが両腕を顔の前に上げる。


2人の戦闘態勢が整ったタイミングを見計らい、改めて審判が号令を発した。


「決勝戦第五試合を始める!

 …始め!!」



いよいよ最強対最強、決戦の火蓋が切られた。



————————————————



大将同士の戦いは、猛スピードでの肉弾戦で幕を開けた。



「「うおおおお!!!!」」



ジョンは大きく振りかぶって、マテウスは速度を乗せるようにして、右腕を伸ばす。



右拳が衝突するとそれを皮切りに、脚、腕、時には頭も使い相手に打撃を加えようとする。



距離とその速度から観衆には何が起こっているか視認できないが、一進一退の攻防が繰り広げられていた。



ジョンが左脚を振り上げるとマテウスは右腕で受け止める。


マテウスが左拳を飛ばすとジョンは右脚を上げてこれも受け止める。


ジョンが掴みかかろうと右腕を伸ばすとマテウスはそれを左手で払い、

マテウスがその伸ばされた腕を取ろうとすると、ジョンが肩を当ててそれを退ける。



そんな攻防が延々と続く。



互いに分かっているのだ。



守りに入ったら負ける。



互いをリスペクトし、本気で自分が挑戦者のつもりでいるからこそ、主導権は絶対に渡さない。



その結果、息もつかせぬ攻防が続く。



そんな均衡が破れたのは、些細なイレギュラーがきっかけだった。



ジョンの足元に落ちていた小石。



右脚での蹴りを放ったがマテウスに受け止められ、戻したジョンの右脚が小石に乗り上げる。



若干バランスを崩したその瞬間を逃さず、マテウスの右の正拳突きがジョンの腹部に突き刺さった。



「グフッ…」



ジョンの身体がくの字になった所を見逃さず、マテウスの左脚がジョンを吹き飛ばす。



「ぐあああ!!!!」



ジョンは水面を切るように地面でバウンドし、かなりの距離を転がった。



そこにマテウスが追撃をと迫り、拳を繰り出す。



「うおおお!!!!」



「風よ、俺を護れ。」



ジョンの声が微かに聞こえた。



マテウスは構わず拳を突き出すが、障壁に阻まれる。



ジョンの障壁は強力で、いかにマテウスの強化された拳と言えど、易々と破壊できるような代物ではなかった。



一旦息をつこうとしたジョンだったが、マテウスが掌を向けてきた瞬間に悪寒が走り、その場を飛び退いた。



「裂けよ、大地。」



マテウスの呟くような詠唱は大地を裂き、巨大な亀裂が生じる。



ジョンは飛び退いていなければ、地割れに巻き込まれる所であった。



しかしジョンは怯まない。



無詠唱で宙に浮くと、両掌をマテウスに向けた。



「炎よ、我が敵を退けよ。」



ジョンが浮かぶ空中から、無数の炎がマテウスに向けて放たれた。



「ぐ、うおおお!!!!」



マテウス目掛けて炎が次々と着弾し、周辺が瞬く間に砂埃に包まれる。



「はあ、はあ、はあ…」



炎が着弾し切った後、油断なく目を光らせながら、ジョンは荒い呼吸を繰り返していた。



ジョンもこれで倒せるとは思っていないが、少し息をつきたかったのだ。



やがて砂埃が晴れると、そこにはマテウスが立っていた。



ダメージはそこまで負っていないものの、回避と防御で多少疲弊したのか、ジョン同様に息を落ち着かせようとしている。



やがてマテウスはフワッと浮かび上がり、ジョンの前まで近づいてきた。



「ふう、なかなかやるな。」



「お前こそ。こんな戦いは久しぶりだ。」



「じゃあ、やるか。」



「ああ。」



互いに疲労感を滲ませつつも闘志を隠そうともしない両者は、今度は空中で肉弾戦を再開した。

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