その26.今の職場でカミングアウトして、後でトラブった時の話

こんにちは、さくらです。

私は今の職場(某音楽大学附属高校)に移ってから、少しして性同一性障害の診断が下り、鬱病での入退院・休職を経て、職場にカムアウトすることになりました(このあたりのことは、その1やその2、その5などに記しています)。


前任校は私立高校だったのですが、そこではかなり閉鎖的な価値観に支配されていました。男子生徒、女子生徒の髪型についてもかなり厳しくルールを決めていましたし、頭髪検査を毎月実施して、朝に再検査していました。教員に対しても、特に男性教員には、短髪であるべきという暗黙の了解がありましたし、長髪の男性教員は管理職から注意を受けていたような職場でした。

またジェンダーに関しても、職員室内で差別的な発言がよくでてくるような環境下だったので、そういう諸々のことをひっくるめて、居心地はすごく悪かったです。


縁あって今の職場に移ることができたのですが、ジェンダーについてこんなに開放的な環境だったことは、まさに僥倖ぎょうこうだったと言えます。


ちなみに現任校はどういう雰囲気かというと…


・髪型にうるさくない。特に教員については、髪型だけでなく、服装についても特に何も文句を言われない。

・ジェンダーについて、生徒側の価値観が非常に柔軟性に富み、イヤリングやヘアピンをしていたり、お化粧をする男子生徒がいても、クラスメートとして受け入れられている。同僚間でも、同様の価値観がある。


この2点に尽きると言えます。

このおかげで、私は職場にカムアウトしようと思えましたし、受け入れてくれるだろうと思えました。


実際、この日記のその1やその2、その5で述べたように、採用されてから徐々に髪型・服装の移行を進めていたのもあり、本格的な異性装勤務もかなりスムーズに実現できました。


ただし、そこは人の意思というか、「やっぱりいきなり浸透しないよね」と思わされる、大小さまざまな出来事は発生するわけで……。


少し、そのことを述べたいと思います。


1.定期演奏会(学校行事)でのこと


この定期演奏会とは、年に一回、本校生徒が外部向けに行う演奏会で、邦楽・合唱・オーケストラの3部からなる、とても大きな演奏会です。特に邦楽科がある音楽高校は日本でも数が少ないようですし、オケの編成についても、高校生だけでほとんどのパートをまかなえる(足りないパートは学部生にエキストラを依頼しています)のも、現任校の強みのようです。


話が逸れましたが、かなり学校にとっては大事な行事だった、ということでしょうか。


問題になったのは、その時の私の服装でした。


私が最初に着用していたのは、レディースのスカートでした。ユニクロのオンラインショップで、大きめのサイズで手に入れました(今も仕事で使っています)。


私をはじめとして普通科教員(要するに、音楽科以外の教員)は、大学内のホールでの受付業務を任されることになります。その時、私も当然ロビーに配置されることになり、1000人近い入場者の処理を、担当者全員で行うことになります。入場者は、一般からの公募であり、抽選をして決定していますが、多くの外部からの人が来校することになります。


そういう性質の行事だというのは私も当然知っていたのですが、その上で問題ないと考え、レディーススーツで開場前の作業をしていました。


でもその作業中に、その年度に新しく外部から採用された副校長から耳打ちされ、「今日だけは男性用スーツで対応してほしい」というお願いをされました。


当時、すでに職場でのカムアウトを終え、異性装勤務を始めてしばらく時間が経過していた頃でしたが、最初は、レディースをやめてメンズを着てくれと言われ、素直に承諾して、その日の業務を終えました。


しかし、仕事を終えて家に帰ってから、だんだんと私が言われたことに対して、疑問と怒りが沸きあがってきたのです。


私は怒りモードのまま、溢れる怒りを抑えられず、どういう気持ちだったかをWordで書き、それを翌日に副校長に提出し、小一時間口論することになってしまいました。


今思えば、そこまで怒らなくてもよかったのではないか、と思うのですが、鬱病がまだ症状が重かった頃のことで、怒りをコントロールできなかったという時期でもありました。


その後、翌日に改めて副校長に真意を問いただしたことがきっかけとなって、彼の価値観の偏りを知ることができましたし、私の異性装勤務に関するルールを管理職側と私の間で再確認することに繋がったので、結果としてはよかったと思えています。


以下に当時の日記を掲載しますが、鬱病の真っただ中だったのもあり、瞬間湯沸かし器のように、烈火の如く猛烈に怒り狂っています。私の鬱病の症状の一つに、「自分のこだわりを踏みにじられると、相手を打ち負かすまで議論をしてしまうし、それを自分で制御できない」という側面があったのですが、まさにその通りの言動をしていました。


定期演奏会が終わった当日の日記

「今日は学校行事で演奏会があった。保護者だけじゃなくて広く一般にも公開している。

でもフォーマルな服に着替えたつもりだった。黒のパンプス、黒のロングスカート、白のブラウス。

それでも、今日はダメって言われた。

前に相談したときは、入学式や卒業式だけは、って話だった。

でも、今日はただの学校行事だ。

結局、私という女装している教員だという存在が、学校として恥ずかしいということだったんだろうか。

違うというなら、学校行事で女装していることと、授業を女装してこなしていて、職員会議も女装して参加していることとの違いを説明して欲しい。公的か、そうでないか。それもひとつの基準だろう。

でもそれでも納得いかない。

もし私と同じ立場の生徒がいたら、どう対処するべきか。いまの時代、とても敏感な問題だ。間違いなく生徒の希望通りにするべきだ。

じゃあ、教員は?誰が、どこが守ってくれるの?

管理職に、副校長に不信感しか、いまは感じない。」


その翌日の日記です。

「昨日、いろいろ作戦を練っていて、当日本人と話し合いをしても言いたいことを言えないだろう、と思い、あらかじめワードで文書に整理して、夜にメールをした。

まず書いたのは、私自身のトリセツ。

2点目に、定期演奏会だけが他の学校行事を上回り、性同一性障害の私が男装せざるを得ないほどの強制力が働き得るだけの客観的な理由があるのかどうか、問いたいという旨。

3点目に、たとえどんな意図があったにせよなかったにせよ、副校長が私を男装させたことは、外部の人間に女装した人間を目に入らせたくないから、というふうにしか受け取れず、侮辱にしか受け取れない点。

これをA4で2枚くらいにまとめて送りつけて、翌朝、つまり今朝面談した。

副校長からの回答結果は、以下の通り。

・私に2日間に渡り不快な思いをさせたことへの謝罪。

・定期演奏会は、男装させた指示は間違ってなかったという点。

・私を侮辱する意図はまったくない。

・だが、なぜ私を当日男装させたのか質問したところ、外部の人間の目に触れさせるべきではないと判断した、という回答が帰ってきた点。

・その回答が、私を「女装した男に接客させるべきではない」と学校側が私に指示したことにほかならないことを自ら認めた形であることに、本人が気づいていない点。

・私と同じ立場の生徒が、本番、演奏会を異性装(本来の性別)の制服で出たいと申し出たらどう対処するか、と聞いたところ、「もちろん個別で細やかに対応するが、定期演奏会という重要性が高いので、本来の肉体の性別での出演をもとめる」、と回答した点。

・それではその生徒は本番は欠席するかもしれませんよ、と、本人の意思を無視している可能性を説明。でもあまりわかってない。

・私を差別している・侮辱していることに気づいてない。必死に「決してそんなつもりはありません!!」と大声で弁明するが、「それ自体が、あなたが無意識に私を単なる女装者として侮辱していることを公言していることなんですよ」と何度か言っても、伝わってない、理解していない様子。

こういう時に異性装するのって、そんなにだめなのかな。客観的な理由を言ってくれないと、私はどんどん突き進む。止まれない。納得するまで戦い続けてしまう。

1日だけ、数時間だけ我慢すればいい話ではある。でも、納得した上でなければ、私は承諾できないと伝えた。」


2.振り返って、今思うこと


色んな人が、私と同じようなことは体験しているのは見聞きしますし、すごく嫌な気持ちになります。

ただ、私が今職場で異性装勤務を認められているのは、大きな幸運が何重にも積み重なった結果だとも自覚しています。

まず私が職場から解雇される可能性が限りなく低い立場であること(非常勤講師は年次更新なのですが、私は「教諭」です)。

また現任校の大学自体がかなりジェンダーに寛容であり、ジェンダーについて自分の声を上げることが解雇等の不当な人事の理由にはなりづらい点もあります。実際、現任校の大学に相談窓口が存在し、人事部と連携して有効に機能していると聞いています。

こういう、バックアップしてくれる体制がもともと現任校には存在していたからこそ、私は安心して不満の声を上げることができたのだと思います。


これがもし前任校(私立)だったとしたら、十中八九、泣き寝入りするしかなかったと思います。


私が激怒したのは、結局、当日までの状況と矛盾した対応を求められたから、だと思います。当日になり、「外部の目が気になるから、さくら先生には女装しないで欲しい」と副校長が思ったから、私に着替えを指示したと認めた点は許し難いものでした。


引用した日記の中に書きましたが、私はその当時、授業や職員会議にはレディースの服装で臨んでいましたし、そのことで生徒や保護者から不満があったわけでもなく(確かめると、「そういう声はない」と回答がありました)、職員会議後に校長から注意される、なんて言うこともありませんでした。

そのため私は、「授業や職員会議で、異性装が認められているということは、ほぼすべて(入学式・卒業式除く)の業務内容で、異性装のままでよい、というお墨付きをもらったに等しい」という認識でした。

にもかかわらず、いくら定期演奏会とは言え、入学式や卒業式などの冠婚葬祭でもない、学校行事の一つに過ぎないものに対して、「普段は許している異性装を許可しない」というのは筋が通っていない、と強く感じました。演奏会なので、ある程度のドレスコードがあるのは理解できますが、それでもこの対応は理不尽だと感じました。


私は、鬱病の症状から抜け出せないでいた頃だったので、一度怒りの導火線に火が付くと、相手が燃え尽きるまで(=負けを認めるまで)自分の火を消すことができませんでした。言わないままだと、自分が内面の怒りにより、他の鬱症状が悪化していくことになったでしょう。だから、言うしかなかった、言わざるを得なかったのかもしれません。


一般的に、管理職に対してこのようなことを言うのは、自分の立場が危うくなることを承知で、それでも言わずにいられないから言う、という状況だと思います。


本当は言いたいけど、解雇されるなど、不当な扱いを得るかもしれない。

同僚から、白い目で見られるかもしれない。


他にもいろんな恐怖があるはずで、それとの天秤を常にかけて、悩み続けているのだと思っています。


私には、その点に関する心配がなかったのは、有利だったと思います。


私の方法が正しいとも思えませんし、たまたま職場の雰囲気やバックアップ体制、同僚の私へのある程度の理解が得られていただけだと思います。


専任教諭の数も他校と比較してかなり少ないために、一人一人の発言権が非常に大きいという現任校の特色も有利に働いたと思います。


こういった強みがなければ、私もただ黙っていたかもしれません。あるいは、自分自身が侮辱されたからこそ行動しただけであって、他人(他の同僚や生徒)だった場合、同じように行動したか、できるかは別問題なのかもしれません。


もしその場合は、私自身が「相談される」のを待つかもしれません。

というのは、私自身が「異性装」をしていて、目に見えやすいマーカーだからでしょう。良くも悪くも、一目で「ジェンダー関連の人だ」と認識されやすいと自覚しています。ジェンダーについての相談事を内緒でされたり、ということも実際にあります。


だから、相談されたら、話を聞いてあげたいですし、同じ境遇であればなおさら、力になってあげたいと感じます。


でも、一方で、自分からジェンダー教育を現任校で進めていこう、という勇気はなかなか持てません。公立学校を中心にした教員向け研修教材や、生徒向け研修教材などにもジェンダー教育が含まれていますし、たとえば講演という形で、私が所属しているlabel Xという団体に講演依頼をする、ということも可能ではあります。

最近になって、そういう提案を管理職にしたことはありましたが、優先順位は高くないから、とやんわり却下され、それっきりです。


自分が先頭に立ち、他を率先するというのは、理解度が様々な集団と調整を図り、ジェンダー教育の意義を何度も説き、その上で実施にこぎつけるということです。

その精神的な負荷には、まだ私には耐えられそうにありません。


結局は自分が可愛いだけなのですが、それでもいいのかな、と思うこともあります。生きているのはまず自分自身ですし、自分が窮地に陥った時、周りに対して声を上げるか否か、その選択をすることができるのは他人ではなく自分だから、です。それがどっちの選択になったとしても。


こういうのって、選択が難しいと思います。自分のことでも難しいのに、他の人のこととなると、なおさらどう行動するべきか、というのはとても難しいです。


長文になりましたが、何かの参考になれば幸いです。

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