物は言い様、考えよう? ~でもだからってそれはないっ!!

藤瀬京祥

佐竹勇一に告ぐ

(あれはどういうことっ?!)


 昨日、あれを見てしまってからずっと月嶋つきしま琴乃ことのは考えていた。だが一晩経っても答えは出ず、疑問を抱えたまま寝不足で登校することになった。


「琴乃、おはよう」


 すれ違う同級生たちが、その勢いに恐れをなして道を空ける中を突き進んで教室に着いた琴乃に、クラスメイトの森村もりむらさくらが笑顔で声を掛けてくる。

 学校でも有名な美人の琴乃だが、なによりもその長身は目立つ。おそらく学年女子で一番背が高く、一番髪が長い。その艶やかな黒髪は腰よりも長いストレート。これは幼い頃、双子の兄弟の世話をする要領として、両親が琴乃と双子の兄弟である律弥おとやの髪を短く切っていたことの反動で、自分で手入れを出来るようになった小学校の高学年頃から伸ばしている。

 その自慢の髪をサラリとなびかせながら教室に入った琴乃は、通り道にあった適当な机に鞄を置いて両手を空けると、無理矢理さくらを立たせてベランダへと連れ去る。

 さくらは、切れ長の目でクールな印象をもたれがちな琴乃とは対照的に、いわゆる中肉中背だが、フワフワとした女の子らしい可愛さのあるクラスメイトの一人で、仲のいい友人である。


「え? ちょ、琴乃っ? どうしたのっ?」


(どうしたもこうしたもあるか!)


 返事を言葉に出すのももどかしい琴乃は心の中で叫びつつさくらを連れ去り、ベランダに出たところでようやく口を開く。


「ねぇさくら、あんた佐竹さたけ勇一ゆういちと付き合いだしたって言ってたわよね?」


 逃すまいとさくらの両肩に手を置いて押さえつつなるべく平静を装って……でも唐突に話を切り出す琴乃に、さくらは 「うん、そうだけど……」 と戸惑いつつも恥ずかしそうに答える。 そんなさくらを可愛いと思いつつ、だからこそこみ上げる疑問を抑えきれない琴乃は 「ちょっと聞いて欲しい話があるんだけど……」 と、今度はワンクッション置いて話し出す。それは昨日の放課後、掃除当番だった琴乃がジャンケンに負けてゴミ捨てに行った時のことである。


 ゴミ収集車が出入りする都合で、琴乃たちの通う学校のゴミ捨て場は裏門近くにある。裏庭を通って近道をした琴乃は、柱の陰に立つ二人の男子生徒を見掛けた。その一人がさくらの彼氏となった同級生の佐竹勇一である。

 さくらと佐竹は別のクラスだが、入学式で見掛けて以来さくらの一目惚れ。校内で見掛けるたび、さくらが嬉しそうにするのを琴乃も見て知っていた。だから数日前、佐竹から告白されて付き合うことになったとさくらから聞いた時は琴乃も一緒に喜んだ。だが今はその佐竹に不信感を募らせている。それこそ夜も眠れなくなるほどに。


 もう一人は琴乃に背を向けていたため顔はわからなかったが、佐竹と向かい合って立つその男子生徒は佐竹の腕を握りしめ、佐竹もまたその男子生徒の腰に腕を回していた。


(え? 抱き合ってる……?)


 そのことに気づいた琴乃が思わず足を止めたタイミングで佐竹も琴乃に気づき、二人の目が合う。すると佐竹の目が笑った。しかも佐竹は挑発的な視線を琴乃に向けつつ、向き合う男子生徒と顔を近づける。琴乃からは決定的な瞬間は見えなかったが、二人がなにをしているかは明らかだった。


(え……っと? 相手、男だよね?)


 すぐさま頭を振って偏見を振り払えば、問題がそこではないことに気づく。


(いや、別に男でもいいけど、なんでキスしてるの? なんで佐竹、あの男子とキスしてるわけ?

 だってあいつ、さくらと付き合ってるんじゃないのっ? なんで他の奴とキスしてるわけっ?!)


 相手が男であろうと女であろうと問題ではない。佐竹勇一が、彼女であるさくら以外とキスしているという事実が問題なのである。それこそ場所が学校であることすらどうでもよかった。

 このことを一息にさくらに話し終えた琴乃は、一呼吸ついてから言葉を継ぐ。


「……どういうこと?」

「どうって……その、佐竹君は二刀流なの」


 ガッツリと両肩を掴んで昨日見たことを問い質してくる琴乃に、さくらは戸惑いつつも奇妙なことを言い出す。


「は? 二刀流? なに、それ?」

「琴乃は知らない? 佐竹君は男の人も好きなの」

「えーっと、それってバイセクシャルよね?」

「二刀流っていうんだって、佐竹君が言ってた」

「はぁ~?」


(それをいうなら両刀でしょ? 二刀流ってなにっ?

 なんでも流行に乗せておけば大丈夫とか思ってるんじゃないでしょうねっ?)


 二刀流と言えば昨今の流行語である。佐竹がなんでも流行に乗りたがる性格だということはこれでわかった。わかったが納得は出来ない。

 しかもさくらは少し恥ずかしそうに 「でも内緒よ、佐竹君が二刀流だってことは」 と、慌てた様子で付け足してくる。恋愛フィルター恐るべし。すっかり佐竹に洗脳されたさくらは疑うことなく二刀流を普通に使ってくる。

 しかも佐竹のさくら洗脳はこれで終わらない。


「でもさくらっていう彼女がいるわけでしょ?」

「実は佐竹君、まだ二刀流だっていう確信っていうの? そういうのがないんだって」


(まだいうか、二刀流!)


「だから確かめたいんだって」

「確かめるって、なにを?」

「本当に自分が二刀流かどうか」


(しつこい!)


 こうも繰り返されると、まるで佐竹を疑おうとしないさくらにも苛立ちを覚えるが、辛うじて堪える。


「どうやって?」

「実際に男子と付き合ってるんだって」


 それが一番確実な方法だと佐竹に説明されたらしい。だから琴乃が見た相手はその彼氏ではないかとさくらは話す。それも、まるで自分には関係ないことのように平然と。


「は? ちょっと待って、よくわからない」

「なにが?」

「だって佐竹はあんたと付き合ってるのよね?」

「そうよ」

「でも別に彼氏がいるわけ?」

「そりゃちょっとは嫌だけど、仕方ないじゃない。佐竹君だって悩んでるんだから」


(あれのどこが悩んでるわけ?)


 琴乃は昨日見た佐竹の挑発的な目を思い出す。あれはどう見ても、悩んでなどいない。それどころか確信犯である。しかもさくらの話を聞いた感じでは、佐竹は彼氏と付き合いながらさくらに告白したようだ。だがすっかり恋愛フィルターで目がくらんでいるさくらは、佐竹の洗脳で頭までお花畑になっているらしい。


「でも大丈夫、浮気は男子としかしないって約束してるから」

「…………は?」

「彼女はわたしだけなの」

「待って待って。だってそれ、浮気の公言じゃない。男とだったら浮気し放題ってことじゃないの?」

「んー……まぁ気になるけど仕方がないかな、二刀流なら」


(まだいうか)


 そんな本音を隠す琴乃は自然と早口になる。


「いやいやいや、男女なんて関係ないでしょ。浮気は浮気だし、そもそも現状すでに二股じゃない。さくら、相手の男、知ってるの?」

「ううん、知りたくないし」

「ほら、それが本音じゃない」

「でも……」

「でもじゃないの、さくら!

 なにが浮気は男としかしないよ! 佐竹がしていることはただの二股なのっ!!

 あんた、上手く丸め込まれてるけど、下手したらあんたが浮気相手かも知れないのよ? わかってる?」

「違うわよ、佐竹君は二刀流かどうかを確かめたくて……」


 あまりにもさくらが二刀流を連呼するものだから、ついに琴乃も 「しつこい!!」 と言葉に出してしまう。そしてそのまま怒りを噴火させる。


「世の清く正しく生きてるLGBTQの皆様に謝りやがれ、佐竹の野郎!

 なにが二刀流よ? 彼氏と彼女キープして、両手に花でウハウハかっ? ふざけんな!

 そんなお前を見て全人類が感涙にむせぶとでも思ってるのかっ? 全人類に謝りやがれ、クソ野郎!!」

「ちょ、ちょっと琴乃、落ち着いて」


 琴乃の怒り心頭に慌てふためくさくら。

 そこに追い打ちを掛けるように、クラスの違う佐竹勇一が登場して琴乃の怒りに燃料を投下する。彼は反対側にある廊下から教室越しに、ベランダにいる琴乃を呼ぶ。さくらではなく琴乃を、である。


「月嶋! 昨日裏庭にゴミ箱を忘れていっただろう? ゴミ捨てて戻しておいてやったからな、感謝しろよ!」


 思わぬ失態を思い出した琴乃は佐竹に恩まで売られ、切れ長といえば聞こえのいい細い目をカッと見開いて佐竹を睨み、声を荒らげる。


「誰がするかっ、この誠実野郎!

 お前こそ地球に土下座しろ!!」

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物は言い様、考えよう? ~でもだからってそれはないっ!! 藤瀬京祥 @syo-getu

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