がぶがぶ/18 リターンズ/それでも……
「吉久、君……?」
「クククク、ははっ、あっはっはっはっはっ!! ああ、――なんて、なんて僕はバカだったんだろうっ!!」
「…………何がそんなに可笑しいのですか」
「分からない? ああ、そうだよね君には分からないだろう、うん、ごめんね。ククっ、愛してるよ僕のお嫁さん」
「ッ!? よ、吉久君ッ!?」
ぶるりと初雪の背筋が震える、見覚えがある声色。
思わず涙が止まる、同時に期待が膨らんだ。
(ま、まさか――――ッ)
きっと濃密な時間を過ごしてきた彼女だけが知る、彼の声のトーン。
何度囁かれただろう、どれだけの屈辱を味わっただろう。
「ねぇ初雪さん、ああ……まどろっこしい。これからは初雪って呼び捨てにしよう。だってそうだろう? 君は僕の女なんだ」
「――――貴方は、また、……同じ過ちを繰り返すと言うのですか」
「マゾっ気がある君には、体で言うこと聞かせた方が効果的かな? でもダメだ、それじゃあ前と同じだ」
「では? 前と同じような口調をするだけで、私をコントロール出来るとお思いですか?」
吉久は口元を歪めると、初雪の手首を強引に握る。
「君が嫌と言ってもさ、ああ、そうだね君が悪いんだ。欲望のままに傷つけるよりはって思ったのに、心からそう思ってたんだよ? ――でもさ、何なんだい? 勝手に押し掛けて来たと思えば勝手に傷ついてさ」
「ッ!? あ、貴方がそれを言うんですかッ!! ふざけないでください!! また、また私の意志を無視して好き勝手にするおつもりですか!!」
ギッと睨みつける初雪の銀髪を、吉久は愛おしそうに撫でながら。
実に澄ました顔で、けれど瞳をギラつかせて言った。
「五月蠅い、僕なしでは、僕の愛がなければ生きていけない女がどの口で文句を言うのかな? ――ほら、これはプレゼントだ、嬉しいだろうお揃いの指輪」
吉久は耳元で囁きながら、強引に指輪をはめた。
それを初雪は歯ぎしりしながら睨んで、しかして抵抗しない、出来ないのだ。
体に染み着いた性奴隷としての服従心が、抵抗を許さない。
――――屈辱と憎悪が、被虐の悦びと期待に混じり合って。
「貴方って……貴方ってヒトはッ!! 私を騙していたのですか? あの謝罪も、償うという気持ちも! 全部全部嘘だったのですかッ!!」
「嘘じゃないさ、――だってさ、君はこういう僕を望んでいたんだろう?」
「ッ、ぁ……、ち、ちがッ、私は、私はッ!!」
「違わないだろう、だってそんなに嬉しそうな顔をしているんだから」
ぁ、とか細い声が漏れた、初雪は己の口元が暗い悦びで歪み。
己の体が彼に媚びてすり寄ろうとしているのを、自覚してしまったからだ。
(私は吉久君を壊して、……壊したかった訳じゃない、でも壊したかった、だなんて――――)
認められない、己の心も体も簡単に歓喜の声をあげている事実を。
認められない、これから起こる獣のような蹂躙を期待している事など。
「…………卑怯者、私の心を弄んでさぞや楽しかったでしょうね」
「心外だなぁ、僕は君に真摯に向き合おうとした。僕は君に相応しくないから。でも君が悪いんだ、……言葉にしない思いは存在しないのと同じ? いいよ、君がそれで自壊しようとしてるならさ、僕はそれを許さない、何度だって愛してるって言うし、好きだって抱きしめる、君が望むなら婚約指輪だって結婚指輪だって用意する、だから――――初雪、君を力付くでも僕のお嫁さんにする」
「――――――――ぁ」
戻ってきた、あのどこまでも自分本位に愛を押しつけてきた吉久が。
帰ってきた、卑怯で卑劣で、初雪だけを求めるケダモノの様な王子様が。
ぽろぽろと涙が流れる、嬉しいのか悲しいのか分からない。
「ずる、い……ずるい、ズルい、狡いです吉久君、どうして、どうして今……なら最初から……」
「仕方ないだろう、だって僕は僕が嫌いなんだ。君を前にすると愛をぶつける事しか出来なくなる自分が大嫌いなんだ。――――でも、そんな僕を肯定したのは他ならぬ君だ。…………責任、とって貰うからね」
「ッ!? い、嫌ッ、触らないで、また私を犯す気でしょう!! 貴方を愛していると言うまで責め立てて快楽で縛り付ける気でしょう!! 卑怯者ッ!! 私の体は快楽に堕ちようとも、心までは快楽に支配されないと今一度思い知れば良いのですッ!!」
「いやしないよ?? なんで今更君を犯すのさ、そんな事をする意味ってある??」
「………………はい??」
真顔で実に不思議そうにする吉久に、初雪は半分落胆しながら首を傾げた。
「えっと……、ここは吉久君が私をあの頃の様にグチャドロに犯す流れだったのでは?」
「だから、しないよ?? それじゃあ前と同じだよね、そりゃあ聖女のように心清らかで銀髪巨乳美少女を好き放題犯すのって男のロマンだよ」
「そんなロマンは捨ててくださいまし」
「でもさ、……今それをやると君って今度こそ性奴隷に堕ちるよね? しかもいつ何時、隠した憎悪が肥大化して爆発するか分からないまま可哀想な性奴隷に酔いしてるよね??」
「性奴隷は可哀想な存在なのでは?」
「だから、――元の僕に戻って欲しい君の願望は無視する事に決めたんだ」
晴れやかに言われた言葉に、初雪は目を丸くして。
意味が分からない、ならば彼はどうすると言うのか。
あの頃のような強引さを以て、何をしようと言うのか。
「つまり?」
「君に遠慮しない事にしたんだ、差し当たっては……裸エプロンじゃなくて普通に服を着ようか」
「…………拒否すると言ったら」
「そうだねぇ……眠くなるまで君を抱きしめて、耳元で愛を囁いてさ、そんでもって一緒に寝る、勿論セックスはしない。――ああ、誤解しないで欲しい。逆バニーの格好をして、発情期のウサギは旦那様の大きな人参が恋しくてしかたないぴょんって、媚び媚びでオネダリしてくれうなら考える」
「~~~~~~~~ッ!! 最低です吉久君ッ!?」
どうして、どうして彼はいつも予想外の行動に出るのだろうか。
憎い、こんな事で喜んでどちらが特か考えてしまう自分が憎い。
屈辱だ、今すぐ彼を殺したいほどの屈辱、こんなの、こんなもの。
「…………私に、性奴隷ではなく恋奴隷になれと? 嗚呼、貴方らしい要求です、どんなに罪悪感を覚えようとも、口でどんなに謝罪しても、私に一方的に愛をぶつけて支配しようとする所は変わらない」
「じゃあこうしよう、少し待ってて」
そう言うと吉久は台所へ、しかし目当ての物が見つからなかったのか初雪へと質問が投げかけられる。
「ねぇ初雪? 包丁って何処にやったっけ?」
「あッ、それなら私の鞄に、……通学鞄ではなく外出用の……、そう、それです」
「なんでこんな所に入ってるワケ??」
「ついうっかり」
「ついうっかり?? うーん、深く聞くべきか悩むなぁ……まぁ良いか」
問いただしたら無駄に闇が広がる気がする、そう判断した吉久はそれ以上は問わずに。
初雪の所に戻ってくると、その包丁を握らせた。
「…………刺して良いのですか?」
「君が僕を本気で拒否するならね、何時でも刺して良い。でも刺さないのなら――僕は好きなように君を愛するよ」
「…………」
「どうする? 今すぐ刺してみるかい? それとも普段着に着替えて映画でも見る?」
(狡い……嗚呼、なんて、なんて狡いヒト…………)
そんな事を言われたら、刺し殺す事なんて出来ない。
命を引き替えにしても愛する、そんな事を行動で示されて。
今の初雪に、拒めるはずがない。
(くらくら、します、ううッ、頭が茹だって、くッ、こんなこんな屈辱~~~~ッ、で、でもッ、そうしたいって思ってしまったのなら仕方ないでしょうッ!!)
はァはァと熱情の籠もった吐息が出てしまう、目が潤んで媚びるように見つめてしまう。
必死になって睨むが、胸には甘い痛みとドロドロと渦巻く激情が心を痺れさす。
「どうしたの、ほら僕は抵抗しないよ」
「ッ!! さ、刺しませんッ!! ええ、刺しませんともッ、運が良かったですね、ええ、今日の所は見逃して差し上げますッ!!」
「嬉しいね、まだ君の隣に居られるんだ。――じゃあ次はどうする? せっかくペアリングをあげた記念の日なんだ、僕はイチャイチャして過ごしたいんだけど……」
「少し待っててくださいッ!! 良いですか、そのまま寝室に行って目を閉じて待っててくださいねッ、絶対ですよッ、私が許可を出すまで絶対に目を開けない事ッ!! ~~~~~ああもうッ、こんなの特別なんですからねッ!!」
吉久はワクワクしながら寝室のベッドに腰掛けて、素直に目を閉じて待つ。
何分経っただろうか、カチャ、と静かにドアは開き静かな足音が。
どうにも入ってきた人物の呼吸が、荒く聞こえる。
「い、良いですよッ…………」
「………………」
「黙ってないで何か言ったらどうですかッ、ほらッ、吉久君のお望み通りの格好ですッ!!」
目を開けるとそこには、ウサギさんが居た。
雪のように白い肌を赤く染め上げ、限界ギリギリの恥ずかしさで身悶え苛立つ初雪。
(逆…………逆バニーさんだよコレぇっ!?)
こんな幸運が本当にあって良いのだろうか、恐らく持っていないだろうと踏んであえて逆バニーと言ったのに。
目の前の光景が、あの伝説の逆バニー。
通常のバニー衣装と真逆の、本来見えてはいけない所だけを露出させた破廉恥きわまりない格好。
「そう、か――――僕はとうとうニップレスを剥がせる男になったんだね…………」
「なに感慨に耽ってるんですかッ、がぶッ、がぶがぶがぶッ!!」
「うひゃあっ!? いきなり噛まないででよっ!? ああもう、腕に歯形が……」
「そんな事よりッ!!」
すぅはぁと初雪は深呼吸を一つ、屈辱という憎悪を被虐という快楽に変えながら。
涙目で睨んで、たどたどしく。
「は、発情期のウサギはッ、だ、だだ、だ旦那様の、おッ、おお、大きな人参が恋しくて、し、しかたないぴょんッ~~~~!!」
「…………」
「うぅ……、な、何か言ってください、恥ずかしくて死んでしまいそうなんです、卑怯です吉久君、私を性奴隷に堕とさずに素面で言わせるなんて……」
「…………――――――今夜は寝かせないぜベイビー!!」
「――――ぁ」
そして、吉久は愛の野獣となった。
更に付け加えれば、宣言通り朝になるまで甘くそして甘く、愛して愛しまくった。
その後、性も根も尽き果てて安らかな寝顔。
(…………久々に、太陽が黄色く見えますね)
今回は受け身であった分、吉久より少しだけ体力を残した彼女は。
カーテンの隙間から覗く朝日に照らされる、彼の幸せそうな寝顔に見とれて。
「幸せです、嗚呼、こんなに幸せな日が来るなんて……」
望んでいたのだ、こうやって愛される日を。
幸せに目尻が下がる、同時に沸き上がる憎しみで口元が歪む。
どうして、どうして、どうして最初から。
(ふふッ、許しません、許すものですか、強姦された痛みを忘れません、陵辱された屈辱を忘れません、用済みと言わんばかりに捨てられた怒りを忘れません、――私は、決して憎悪を忘れない)
嬉しいから、愛してるから、憎い。
涙がこぼれそうなぐらい幸せで、痛みで心が壊れそうだ。
「絶対に、誰にも渡しません――――」
彼の心も、体も、その視線の先すら初雪だけのモノだ。
くつくつと嗤いながら、彼女は吉久を独占する方法を考え。
いつの間にか、幸せそうな寝息をたてて眠った。
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