がぶがぶ/17 シチュエーション・プレイ
ペアリングは、何とか無事に買う事が出来た。
何時間も付き合わせた上に、代金を貸してくれた兼嗣と紗楽には足を向けて寝られない。
(これでさ、初雪さんも)
彼女の笑顔を想像し、吉久は浮かれながら帰宅し。
晴れやかな顔で玄関を開け、リビングに到着すると。
「――――お帰りなさい、吉久君――――」
「いや、何で??」
「私は気づいたのです、貴方を救わなければならない、と……」
「キメ顔でポーズ取ってるけどさ、その……え、何これ? 僕、どんな顔をすれば良いの??」
吉久は困惑した、初雪が裸エプロンなのは一歩譲ってアリとしよう。
だが、問題は右手と左手に持っている物。
「なんで、おしゃぶりとオムツを持ってるワケ??」
「――――言わねば、理解できませんか?――――」
「どうして喋る度に雰囲気作ってるの?? それに……なんで君の周囲にロボットの武器やパーツを揃えてみました的に色んなグッズが飾られてるワケ??」
そう、床には初雪を中心にバイブやローターを筆頭とした各種アダルトトイ、そして学生服を始めとするコスプレ衣装の数々。
見慣れた物から見慣れる物まで、そして彼女の背後には。
(ウェディングドレスうううううううううっ!? え? あれって僕がビリビリに破いたやつだよね? すっごく綺麗に修復されてるけど、あの時のヤツだよね??)
意図が分からない、吉久へのプレッシャーかそれとも復讐の始まりか。
しかし、彼女の表情はまるで以前の彼女の様に。
――まるで、聖女のように穏やかで澄んだ笑顔。
(ふおおおおおおおおおおっ!? なんだか良く分かんないけどっ!! 復活!! 聖女な初雪さん復活――――なのか? ホントに?? え、怖っ!? なんか怖いんだけどっ!? 僕、昨日に引き続き何されるのっ!?)
(嗚呼、怯えているのですね吉久君。……気づけて良かった、まだ間に合います。私は――貴方の心を救う)
(決意を秘めた感じの目になった!? い、今までに一度も無かったパターンだよコレっ!?)
(怯えなくて良いのです、今、貴方を抱きしめて……)
一歩踏み出す初雪、思わず下がる吉久。
また一歩、そして一歩。
進んで、下がって、もしリビングから玄関まで無限の距離があるならば。
この攻防は永遠に続いたであろう、だが現実は有限どころか一分もかからず吉久の背は玄関ドアに密着。
「~~っ!? ドアが開かないっ!?」
「残念ですが施錠させて頂きました、――貴方の惨めな姿を衆目に晒す可能性は一つでも減らしたいので」
「マジで何されるの!? 怖すぎるんですけどっ!? 早く教えて――い、いや、君の言葉には騙されないぞ!! 僕には分かるんだ!! 外見のインパクトで思考停止させておいて、本命は周囲に配置されたエログッズだね!! …………ぼ、僕のケツ穴が目的か、僕を女の子になるまで責め立てて、似合わない女装させた上でペンチで睾丸を潰して、オス奴隷として永遠に倒錯的なプレイをさせて飼い殺しにするんだね!! くっ、これも因果応報かっ、せめて他の男に僕のケツ穴を使わせないでくれ!!」
「被害妄想が逞しすぎませんか?? それに簡単に覚悟を決めないでくれますか??」
ぷるぷる震えながら真っ青な顔で歯を食いしばる吉久に、初雪としては大きく首を傾げるしかない。
だが、これで判明した。
彼女は彼をふわりと抱きしめると、優しく頭を撫でて。
「安心してください、この部屋には貴方を傷つける者は誰もいません、貴方を責める物も、だから――安心して私に甘えてくれて良いんです、昨日のように“ママ”と呼んで、今だけは全てを忘れて癒されてください……」
「どういうコト??」
「ごめんなさい吉久君、ママが間違ってました。貴方がそうした様に思いをぶつけるだけぶつけて、――先日貴方は言ったのに、同棲するなら酷いセックスはしないと……」
「…………覚えててくれたのは嬉しい、でも謝罪は必要ないんだ、だって僕が悪いんだから」
「でも、――貴方の心は傷ついた。私はそれを思い知りました。だから……貴方が私に言う様に、私も吉久君の心を少しでも少しでも軽くしたいのです」
「いやでも、何でそれでママになるワケ??」
「だって昨日、あんなに喜んでおっぱい吸いながら安心しきった顔で寝てたじゃないですか。だから吉久君には母性という癒しが必要なんですッ!!」
よしよしと撫でられ、すりすりと頬擦りされるがままの吉久としては。
腑に落ちた一方で、困惑するしかない。
己はそんなに、疲弊し追いつめられていた様に見えていたのだろうか。
それに。
「じゃあさ、床に飾ってあるのとか直したっぽいウェディングドレスとかは?」
「吉久君が望むなら、“ママ”だけじゃなくて“お姉ちゃん”や“妹”にもなろうかと。勿論、ウェディングドレスで初夜をやり直すのも断然オッケーです。――貴方が望むなら、また破いて獣欲のままに振る舞っても……今度こそ私は逃げ出さずに貴方を愛で包み込みます」
「――――っ!?」
初雪の覚悟に吉久は絶句した、あの時の出来事は彼女にとってトラウマとも言うべき物だった筈だ。
それを、もう一度されても今度は折れないと。
しかも吉久のその行為を受け入れた上で、愛すると言っているのだ。
(違う、~~~~っ、違うっ、違う違う違うっ!!)
こんな事を言わせたかった訳じゃない、こんな、彼女は全てを我慢してでも吉久を癒し、甘やかそうというのか。
(お金で縛り付けられた方がまだマシだっ!!)
犠牲になるのは初雪の心だ、吉久だって痛い程に理解している。
彼女は手遅れなほど彼を愛している、それと同時に、手遅れなほど彼を憎んでいる。
その片方を犠牲にしようと言うのだ、初雪を陵辱したのは吉久だというのに。
(僕は、君になんて言えば)
覚悟を決めた彼女に、吉久の言葉は届くのだろうか。
己の心を押し殺そうとしている彼女に、吉久は何ができるのだろうか。
だがこのまま静観など、ましてや言葉通りに甘えるなんて出来ない。
(――――…………そうだ)
その時、吉久は思い出した。
己は今日、何のために出かけていたのだ。
彼女にプレゼントした物があったからではないのか。
「……ねぇ初雪さん、君の気持ちは凄く嬉しい。でもさ、僕はそれを望まないよ」
「私に甘やかされたくない、と?」
「それは違う、甘やかされたいし好き放題した。けどさ、……それで君が君自身を犠牲にするなら僕は心から甘やかされるコトなんで出来ないし、心は軽くならない」
「それでも、私は貴方を救いたいのです」
「それでも、僕は望まない」
話は、静かに平行線へ陥った。
しかし険悪さは無く、けれど緊張感はあって。
吉久は笑いかけると、肩掛け鞄から四角い箱を取り出した。
「――これを君に、一緒に付けてくれると嬉しいな。ペアリングなんだ」
箱を開き、その一つを取り出し彼は初雪の左手を手に取った。
しかし。
「…………いいえ、これはまだ受け取れません」
「まだ?」
彼女は優しく彼の手を押しとどめた、どこか悲しそうな表情で、しかして愛おしそうに。
同時に、憧れの眼差しを初雪はペアリングに送る。
そして。
「私は、貴方の何なのでしょうか」
その言葉に、吉久は再び絶句した。
彼女との関係、それは恋人同士だ、もしかしたら、否、確実に将来の夫となるだろう。
同棲相手であり、愛する女性、彼女も愛してくれている筈だ。
「聞かせてください吉久君、貴方の口から、はっきりと声に出して欲しいのです。――私は、貴方の何なのでしょうか」
「そ、それは恋人にきまって――」
「――私が無理強いしているのに?」
「僕はっ、僕は君の事を!」
「愛してる、あの時から私は一度も聞いていません」
初雪は嘘をついた、本当は昨晩のセックスの後に聞いている。
だがそれは、彼女が眠って聞いていない事を前提に出された言葉で。
同棲を初めて、性奴隷から解放されてから一度も正面から聞いていない。
「言葉にしない想いは、存在しないのと同じなんです。……父が母を愛し、そして私の事も愛しているのかもしれません。でも、一度も言われたことがない事をどうして信じられましょうか」
「僕は……っ」
「私は貴方にとって何なのでしょうか? もう性奴隷ではありません、恋人も同棲相手も、私が強要した事。――貴方は何も聞かせてくれません、いいえ違う、私は聞かなかったのです……いつか、すぐに言ってくれると信じて」
でも。
初雪は目尻に涙を浮かべて、それは嬉しいのか悲しいのか彼女自身も理解できず。
「貴方とお揃いの指輪は嬉しいです、だからこそ……口に出して欲しい。吉久君にとって、私は何なのか、どう想っているのか。――――嗚呼、違う、違う、……好きです、愛しています吉久君、ずっと、ずっとお側に居させてください」
言葉にしない想いは、存在しないのと同じだ。
だから初雪は愛を口にする、今だけでも、愛を口にする。
口にしなければ、――いずれ憎しみも消えると信じて。
「貴方が負担に思うなら、貴方からの愛はもう請いません。だから今この瞬間だけでもお聞かせくださいまし吉久君、愛しています、貴方は……私をどう想っているのですか?」
涙をこぼしながら必死に笑顔を作り、震える手で縋りつく初雪の姿に。
吉久は歯を食いしばって、大声で叫び出すのを耐えた。
想いを伝える権利なんて無いと思っていた、だから伝えなかったのに。
(僕はまた間違えたっ!!)
伝えなかったからこそ、彼女の心の負担になっている。
伝えなかったからこそ、彼女は心を犠牲にしてでも吉久を甘やかし癒そうとしている。
そんな事、決してあってはならないと言うのに。
(言葉にしない想いは、存在しないのと同じ? ねぇ初雪さん、君はそうやって僕への憎しみを押し殺してさ、僕の手の届かない所で壊れるつもりなのかい?)
間違っていた、吉久は間違っていた。
(嗚呼、嬉しいなぁ……、僕はさ、こんなにも初雪さんに愛されているんだ)
天にも昇る気持ちだ、だってそうだろう。
一度は全てを捨てる覚悟で犯し愛した女が、己を愛してくれているのだ。
(だからこそムカツクな、嗚呼、そうだ僕はムカついているんだ)
そんな女が自分を犠牲にしてでも愛そうとしているのが、彼女にそんな愛し方をさせる己が。
腹立たしい、愚かすぎる、どうしてこれで彼女を愛しているなどと、恋人であると言えようか。
(だからさ、初雪さん……)
吉久は決意した、間違っていたのだ何もかも。
「ごめんね初雪さん、――――僕が間違っていたよ」
だから彼は、踏みにじる覚悟を決めた。
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