がぶがぶ/6 芽生える友情!


「そ、その反応……っ!? まさか噂は本当だって言うのかいっ!? キミにっ、あの狂信者とも呼ばれるキミに聖女様という恋人が出来たって言うのかい!? 一時期はボクと非モテ同盟を結び、先に恋人は作らないと男女の性別を越え堅い友情を共に誓い合ったキミが!! 本当の本当の本当に、一条寺初雪と恋人になったっていうのかい!?」


 この芝居がかった口調こそ、根古紗楽という人物の性格を表してた。

 劇役者のように大げさで、しかし妙に似合っている。

 そして、どこか抜けている三枚目なボブカット(自他共に認める)美少女(写真部所属)が、彼女であった。

 ――ともあれ、彼女の言葉に吉久は反応しない訳が無く。


「は? 何の権利をもって初雪さんを呼び捨てにしてんのシャラ? というかその非モテ同盟を結んだ一週間後にボク恋人が出来たからやっぱ無しとか、超絶ムカツク事を言ってたの誰だっけ??」


「あ、これマジだね? ちょっと皆、朝から駆けめぐっている噂は本当みたいだ。今の聞いたかい? 昨日までずぅ~~っと一条寺さんって名字で呼んでた人間がさ、いきなり初雪さんって呼んでるんだよ?」


「――――……っ!? お、お前っ!? 僕を引っかけたんだなっ!?」


 そう、最初の問いかけから既に罠。

 吉久はそれに気づかず、まんまと引っかかってしまったのだ。

 悔しがる彼を前に、クラスメイト達は。


「え、本当に!? あの竹清君が!?」「狂信者がついに聖女に手を出したのか?」「あ、ありえないっ!? 吉久は狂信者だから吉久なのに!!」


 と驚愕する者。


「……でも、割とお似合いなのでは?」「まぁウチは上流階級の家柄が多いけれど、今の時代、そんなに家柄に拘るべきではありませんし」


 と理解を示す者。


「よっしーは無駄な行動力と性格と成績を考えたら、割と優良物件だもんな」「これで狂信者でなければねぇ……」


 と吉久を評価するもの。

 三つに別れてはいたが、総じて。


「「「「おめでとう、よっしー!!」」」


「祝福してくれるのは一歩譲って受け入れるとして、そもそも狂信者って何? 僕ってそんなあだ名で呼ばれてたの??」


 そんな単語で呼ばれた事など、一度も記憶にない。

 首を傾げる吉久に、紗楽を筆頭にクラスメイト達は信じられない者を見る目を送り。

 彼らは互いにアイコンタクトで通じ合った後、彼女が代表して告げた。


「よっしーさぁ、キミってヤツは本当に気づいてなかったのかい? あれだけの事をしておいて? 自分が狂信者だって気づいてなかったのかい??」


「心当たりが全然無いんだけど??」


「我らが私立アングレカム学園の全生徒から慕われ、教師からの信頼も厚い、理事長の一人娘、天が使わした現代に生きる聖女、それは……一条寺初雪」


「『さん』か『様』を付けろよシャラ、僕は冷静で居られないぞ?」


「なんでその言葉が出てきて、自分が狂信者でないと?? どう見ても、一条寺さんを狂気を感じるまでに崇拝する信者そのものだよね??」


 紗楽はジトっとした目で、彼を見据えた。

 吉久は善き友人、成績も優秀で、性別を越えた親友ではあるが。

 一条寺初雪の事となると、非常に盲目かつ行動的になる。


「まったく……、気づいてなかったのかいキミは??」


 とはいえ、ここまで自覚無しだとは思いもよらなかった。

 肩をすくめた彼女は、やれやれと言わんばかりに説明を始める。


「彼女をナンパしようとした男をさ、陰から実力でねじ伏せ友人となり」


 それだけではない。 


「彼女が良く通る道は毎日掃除し小石一つ残さず」


 どうして、そんな偏執的に行動出来るのだろうか。


「他にも陰から色々助けてるのに、己の存在を少しも本人に知らせず、ひたすら尽くしていた異常者を、狂信者と呼ぶ以外ないと思わないかい??」


「だって初雪さんは聖女様だよ?? 僕みたいな小物を気にせず、皆を幸せにするべきなんだよ」


「よっしー、なんでキミは変なところで自己評価が低すぎるんだい?」


 そういう拗らせ方をしているから、ふとした拍子に彼は歪み凶行に至った訳ではあるが。

 今の本人には、あまり自覚は無く。


「…………はぁ、仕方がない。その辺は聖女様に任せるとしよう。――――おめでとう吉久君、入学式以来ずっと熱烈に片思いしてきたのが実ったんだね。クラスメイトとして、何より親友として、キミの幸せが嬉しいんだ!!」


 屈託のない笑顔を向ける親友に、吉久は後ろめたい思いを必死に隠しながら笑顔を作って。


「おおっ、ありがとう友よ!! こんなに喜んでくれるなんて!!」


「それにしても水くさいよ、よっしー。いつどこで彼女と出逢って仲を育んだんだい? 幸せのお裾分け的に聞かせてくれたまえよ。あ、その前に祝福のハグでもする?」


「ねぇシャラ、君ってば息を吸うように男を勘違いさせるムーブをする時があるよね。後でアイツに怒られるよ?」


「え、ハグしないのかいっ!?」


「そういうトコだよ? いやするけどね」


「よーし、祝福のハグだ!!」「はいはい、ありがとう」


 吉久と紗楽は堅く抱き合った、クラスメイト達はその光景を苦笑しながら見守って。

 嫉妬や動揺する顔はひとつも無い、つまりは何時の事なのだ。

 だがこの瞬間、がらりと教室のドアが開いて。


「失礼します、吉久君は――――」


「あ」「っ!?」


 空気が固まった、入ってきたのは話題の当人である一乗寺初雪その人。

 彼女が目にしたのは、美少女と抱き合う恋人。


(え、誰? 誰ですそれ??)


 きっかり一秒、彼女の思考が止まる。

 そして再起動を果たした後、本人も気づかぬまま目がすっと細まる。

 同時に、妙な威圧感と寒気がクラスを直撃して。


(うわああああああああっ!? ヤバいって、これマジでヤバいって、え? ええっ!? どうする、ここからどうすんのさ僕っ!?)


(ふむ、珍しい。あの聖女様がこんな顔をするとは……実の所まだ疑っていたのだが、これは本当に本当だったみたいだね)


(これはそう、浮気、浮気ですよね? 昨日の今日で? 私との関係は嫌がったのに? 朝から教室で皆の前で仲良さそうに抱き合って??)


 吉久、余りに想定外でパニック状態。

 紗楽、冷静に観察をしているが己の状態に気づいておらず。

 初雪、堪忍袋の尾が切れかけて。


(――――裏切り者、吉久君の裏切り者、私の心を裏切っただけじゃなくて、当てつけるように見せつけるなんて…………絶対に、許さない)


 この不義理な男をどうしてくれようか、一歩、一歩、静かに初雪は踏み出す。


「お、おいこれヤバいんじゃないのか?」「だよな、絶対に誤解してるって」「誰か説明しろよ」「いや待て、逃げるのが先じゃない?」


 クラスメイト達はひそひそと頷きあいながら、教室の隅へポテチ片手に退避。


(ひぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ!? ち、近づいてきたぁ!? 死ぬっ!? 僕今日死んじゃう!! どうする、逃げる、そう逃げる――って今逃げたらシャラが殺されかねないよねぇっ!? どうしろってんだよ!!)


(ほうほう、ほう? こーれーはー、もしかして嫉妬かな? しかし何故……、ああ、そういえばボクとよっしーは抱き合ったままだったな。これなら誤解は必須だ、うむ、親友のよしみだ誤解を解いてやろうではないか!!)


(落ち着きなさい、落ち着くのよ初雪……。これは誤解、或いは何かやむを得ない理由があるのかもしれません。冷静に、そう、冷静に、――どうやって息の根を止めるかを考えないと)


 静まりかえった教室に、カツカツと初雪が歩く音だけが響く。

 十秒もかからず、彼女は二人の目の前に来て。

 青い顔をした吉久が、紗楽を庇おうとした瞬間であった。


「やぁやぁ!! お初にお目にかかるよ一条寺さん!! ボクは根古紗楽、よっしーの親友さ!! 彼の恋人になったんだって? ならこれから顔を合わせる事も多くなるだろう、これからは友達として宜しく頼むよ!!」


(何だよそのクソ度胸っ!? 大丈夫なのかいシャラっ!? 一歩間違えると殺されるんだぞっ!?)


「…………初めまして紗楽さん、どうか初雪と呼んでください」


(目ぇ怖っ!! スッゲー睨まれてるっ、これ絶対に僕とシャラを殺そうとしてる目でしょっ!? 嫉妬とか通り越して殺意になってない!?)


 戦端は開かれてしまった、吉久は二人の顔を忙しそうに見ながら狼狽えるばかりだ。

 しかしそんな彼に構わず、親友は楽しそうに彼女へ話しかける。

 ――心臓に毛でも生えているのだろうか。


「ところで、今日は何の用事で来たんだい? ――おっと、すまない愚問だったね初雪嬢、愛しのよっしーに会いに来たに決まってるっていうのにボクは……、あっ、そうだ! ちょうどよっしーの話をしてたんだ、聞きたくないかい? 狂信者の話。……ああ、それとももう聞いてるのかな? ボクの推測としては、まだだと思うんだけど……」


(マシンガントークっ!! いよっ、喋らせたら恋愛候補から外れる女!! トラブルメーカーな君がこんなに頼もしく思えたコトはないよ!!)


 まくし立てられる言葉に面食らった初雪ではあるが、吉久の話題と聞いて食いつかない筈がない。

 彼が、あ、これヤバい流れじゃね? と逃げ腰になる中、親友と恋人(強制)の話は進む。


「狂信者? 何ですそれは?」


「ほうほう、知らないと。とある学園の聖女様に忍びよる魔の手やら、待ち受ける困難を事前に排除しながらも、その聖女様に存在の一切を悟られなかった大バカ者の話さ、――気になるだろう?」


 にやにやと楽しそうに言われた内容を、初雪はしみじみと噛み砕いて飲み込んだ。

 どうもこれは自分の知らない吉久の話らしい、と。

 そして、目の前の彼女はどうやら敵ではない、と。


(けれど、まだです。まだ彼女と吉久君が抱き合っていた理由を聞いてはいません)


 それを聞かない限り、紗楽という女生徒の事を無害だと判定できない。


「――大変興味深いお話ですね、吉久君はあまり自分の事を話してくれないので」


「そうだろう、そうだろう。よっしーは君を崇拝してるからね、こんなねじ曲がった男の恋人になるのは苦労しただろう。うんうん、――――っと、そういえば謝罪がまだだったね、先程、抱き合っていたのは君という恋人がよっしーに出来た事を喜んだ友情の発露なんだ。そしてボクには恋人がいる、ボクらのこれからの友情の為にも誤解しないで欲しいのだが」


(いつもながら、一回の話が長いよねシャラってば。流石の初雪さんもこれには…………ってっ!? ええっ!?)


 新妻(予定)の顔をこっそり伺った吉久であったが、思わず目を見開いた。

 何故ならば彼女は、満面の笑みで右手を差し出していたからだ。


「――友達なんて水臭いですね、私達はきっと親友になれると思うんです」


「おおおっ!? 本当かい!? やったね! じゃあボクらは今から魂の姉妹! ベストフレンドさ!!」


(展開が早いっ!! 着いていけないんだけど!?)


「ではさっそく、ホームルームが始まるまで狂信者? の事を聞かせてくださいませ」


 ずずいと身を乗り出す初雪と、何故か誇らしげな紗楽は両手を取り合い。

 きゃいきゃい、と微笑ましい光景。


「何だったら昼休みや放課後だって、幾らでも話すよ! そうだ、ボクは写真部に所属してるんだけど。カメラに纏わるよっしーのエピソードも……」


「是非、是非とも聞かせてくださいましッ!!」


(…………あ、これ地獄に発展するやつじゃね??)


 あの聖女様に、初雪に初めての親友。

 本来ならば陰から堪能したい吉久ではあったが、どう足掻いても己の悪行に飛び火しそうな話題からは逃げたい。


(抜き足、差し足、忍び足……気づかれてないよね?)


 二人からの離脱を計る彼に、当然目撃していたクラスメイト達は苦笑したり呆れたり。

 とはいえ、阻止しないあたり理解はあるようだ。

 吉久は廊下に出るなり、競歩のペースで逃げ出して。


(まさか外堀をここまで大胆に埋めてくるなんて……。でもね初雪さん、学園内では一歩先を行かれたけど、僕にだって打つ手はあるんだ)


 数分もかからず、彼は理事長室の前にやって来たのであった。


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