がぶがぶ/4 お嫁に来ました!!(怒)
(し、ししししししし深呼吸しろ僕ぅ~~、吸ってぇ吐いてぇ吸って吐いてぇ、れ、れれれ冷静にっ、冷静になるんだっ)
「……吉久君? 大丈夫ですか? 息が荒いですけど」
(ぬおおおおおおおおっ!? こっちに来るっ!? なんでっ!? どうしてっ!? しかも心配してる!? どうしてだよおおおおおお!?)
こひゅーこひゅーと追いつめられた者特有の荒い吐息を出す吉久。
初雪からしてみれば、自分がそこまで追いつめているとは思わず純粋に心配で。
(どうするっ、くるまってるこの掛け布団を盾に――いやむしろ簀巻きに……)
「本当に大丈夫ですか? お熱計りましょうか?」
(待て待て待て、それすら予想されてたらどうする? だって初雪だぞ? 僕らの聖女様だぞ? こっちの行動は読まれてる、その前提でどう動く? そもそも目的は何だ僕への復讐を始めたのか?)
「吉久君? ご主人様? 旦那様? ねぇ、寝たふりしないで何か言ってください」
狂乱に陥り思考が堂々巡りする吉久を前に、初雪は両手をぽんと合わせると。
「――雌奴隷らしく、全裸で自慰をしながら土下座してご奉仕する許可を取れ。そういう事ですね?」
「違うよバカ!? どうしてそうなるんだよっ!? 誰がそんな事をしろって言った!?」
思わず布団をはねのけ、吉久は起きあがる。
すると彼女は、真顔で言ってのけた。
「貴方が四ヶ月と三日と三時間前に、私を七時間三十二分バイブで責め立て絶頂寸前で止め、思考能力を極限まで落とした状態で洗脳なのか愛なのか分からない囁きと愛撫と共に命じたではありませんか」
「…………そうだったっけ?」
「そうですよ」
「というか、なんでそんなに細かく覚えているワケ??」
「吉久君から与えられた愛の内容は全て覚えてるのは当たり前じゃないですか」
「…………」
「…………」
訪れる沈黙、彼女の頭の良さは知っていたが。
ここまで細かく覚えているのは、幾ら何でも異常の一言である。
(もしかして僕は本当にヤバい存在を目覚めさせてしまったのでは?)
冷や汗が一筋、逃げたい、今すぐ逃げたい。
だが何処に逃げると言うのだろうか、ここはその逃げる先の吉久の部屋だと言うのに。
(安全地帯いいいいいいいいいいいっ!?)
その上、彼女と向き合ってしまった。
もう寝ているフリも出来ない、否、本当にそうだろうか?
嘘も突き通せば真実となる、ならば今からでも寝直せば夢で通せるのではないか?
だから。
「――――これは夢だな、お休み」
「お目覚めのフェラをご所望ですか?」
「畜生っ!? どうしてそう君はエロに走るんだい!?」
「そう躾たのは吉久君じゃないですか、僕のエッチなお嫁さんになれって心から言うまで繰り返させて、事ある毎に執拗に言わせたのは貴方ですよダーリン?」
「…………相も変わらず反論出来ないっ!?」
因果応報とはこの事か、祈るように天を仰いだ吉久は。
疲れ切った顔で、初雪に問いかけた。
「それで、何しにきたのさ。セックスならしないよ、恋人にもならないし結婚だってしない」
「金欠なのでしょう? だからご飯を作りに来たんです」
「………………そう、か。憎い僕を毒で殺すんだね。つまり最後の晩餐と」
「お望みとあらば今すぐ生きたフグを手配して、口移しで食べさせますけれど?」
「それ君も死ぬやつっ!?」
「貴方の居ない世界に、何の意味があるのでしょう……」
強い、これ程までに強い存在だったか。
吉久は初雪の強さに戦慄した、もはや無敵と言って過言では無いだろう。
そうたじろぐ彼を前に、彼女はその手を両手で包んで微笑んだ。
「私は貴方が心配なんです、今の状況は私が仕組み誘導した結果とはいえ。元より吉久君は私優先で、食費すら削って愛してくれたでしょう? ――今度は私が貴方に愛を返させてください」
「……っ」
何で、とも、どうして、とも言えなかった。
初雪の目を見れば分かる、吉久には理解できる。
彼女は、己の事を本気で心配しているのだと。
(僕は初雪さんを受け入れて良いのかな、こんな僕が、傷つける事しかしなかった僕が、どこまでも一方的だった僕が、こんな、こんな――)
(――――やっぱり、貴方はそういうヒトなんです。罪を悔いる事が出来る優しい人、本当は女の子を強姦する事すら考えない普通のヒト)
だからこそ、と初雪は心の中でほくそ笑んだ。
もう一押しすれば、吉久はこの場を受け入れると。
確信がある、彼女には絶対の確信が。
(ええ、だって――私は貴方好みに魂の底まで染め上げられてしまったのですもの、優しい私が好きなんでしょう? 聖女の様に清らかな私を好ましく思うのでしょう? 可愛くおねだりする私にグッとくるのですよね?)
演じる、と言うには少し違う。
表に出す心を取捨選択するだけだ、彼の愛を求める自分ではなく、彼を慈しむ自分だけを出すのだ。
「お夕飯、作らせてくれませんか? もう何日ももやしだけで過ごしているじゃありませんか……」
「なんでご飯の内容まで知ってるか聞いて良い??」
「……」
「……」
またも沈黙が流れる、思わぬ返しに初雪は言葉に詰まる。
そして吉久は、笑顔のまま固まる彼女の視線が泳いだのを見逃さなかった。
(こ、コイツっ!? 合い鍵やスマホのハッキングだけじゃなくて盗聴盗撮までしてるでしょ絶対っ!? 僕が寝てる間に不法侵入してるまであるよ!? いやまぁ犯罪については僕はとやかく言えないけどさぁ!!)
(聖女のフリは失敗ッ、こうなったら他の手を――)
(いやどうしよう、力付くでも合い鍵取り上げて無理矢理追い出す? うん、そうするべきだよね?)
(色仕掛け……は駄目です、今の吉久君には効果ありません。なら、そう、罪悪感、罪悪感に付け込んで……)
交わる視線、吉久が動く寸前で初雪の行動が間に合う。
ほろり、彼女の右目から涙が一つ。
勿論、切なそうな、悲しそうな表情も添えて。
「酷い……、狡いです吉久君…………。私にお嫁さんという夢を見せた癖に取り上げて……、分かってます、貴方が私を愛してない事は、でも……もう一度、もう一度だけ、その甘い夢をと、……その夢すら見せてくれないのですね、身も心も弄んだ癖に……」
「ぁ、っ、そ、それは――(泣いたあああああああっ!? い、いやそれ絶対に嘘泣きでしょ!? そうだよね!? で、でも本当だったら僕はっ、~~~~僕はっ!?)」
嘘だと断じて、冷酷に突き放せればどんなに良かっただろうか。
だが、それが出来ないから。
それをしてしまったら、吉久は本当の鬼畜生になってしまう。
(で、でも、初雪さんのコトを思えば僕は冷酷な畜生であるべきなんだ、だから)
しかし、口は餌をねだる鯉の様にパクパク動くばかりで、拒絶の言葉など一つも出てこない。
彼女はそれを見逃さず、彼の胸に抱きついて。
「嘘でも幻想でも良いんです、どうか、どうか私を少しでも好きなら、愛してるなら、此処に居ても良いって」
(泣きながら上目遣いは反則だよねえええええええええっ!?)
「お願いです、吉久君――――」
(い、一度だけ、そう、一度だけ、たった一言だけ言うだけだから、そうすれば初雪さんは満足するから)
ごくりと、吉久は大きな唾を飲み込む。
胃が痛い、きりきりと痛む、穴すら開いている気がする。
上手く呼吸が出来ない、どうやって肺を動かしていただろうか。
(言え、言うんだ、言えば終わるんだ)
(――――これは落ちましたね)
吉久は錆び付いた機械の様にぎこちない動きで、初雪をしっかりと抱きしめて。
「側に居てほしい、好きだ、愛してる初雪、僕のお嫁さんになって欲しい」
「……はい、しっかりと録音できました。言質は取らせて頂きました」
「ですよねぇ!! だと思ったよ畜生ううううううううううううううう!!」
敗北だった、完全なる負けだった。
虚ろな目でへなへなと座り込む吉久とは対照的に、初雪はルンルンと上機嫌で録音を再生。
『側に居てほしい、好きだ、愛してる初雪、僕のお嫁さんになって欲しい』
『側に居てほしい、好きだ、愛してる初雪、僕のお嫁さんになって欲しい』
『側に居てほしい、好きだ、愛してる初雪、僕のお嫁さんになって欲しい』
「なんで繰り返し再生するんだよっ!?」
「ふふふッ、もう言い訳は聞きませんよ吉久君、貴方が言ったんですからね? 他ならぬ【今の】貴方が側に居てくれって。――さ、お夕飯の支度するのでテレビでも見て待っててください。ちなみに今晩は記念としてすき焼きですッ!!」
台所へ歩いていく彼女の背に向かって、吉久は敗北感にまみれながら問いかけた。
「…………所でさ、マジでさぁ、何しに来たの? 言質を取るだけの為に?」
「え、そんなのオマケですよ」
「じゃあ、何?」
「お嫁さんになりに来ました、ああ、心配しないでください父は貴方がくれた脅迫材料で説得しましたから。あの家に帰らずに、これからはずっと一緒です」
「…………え、…………は??」
足取り軽く部屋を出て行く初雪、残された吉久は呆然と大口を開けて。
(どうしてこうなったああああああああああああああっ!?)
「そうそう、言い忘れていました。――これからも宜しくお願いいたします吉久君。……どうか、今の私を受けれて末永く愛し可愛がってくださいね、朝も昼も夜も、――――貴方に逃げ場なんて無いと思ってくださいまし?」
うっとりと告げられた言葉に、吉久は絶句し頭を抱えるしかなかった。
なお、夕食のすき焼きは美味しかった。
箱入り娘で調理なんてした事が無かった彼女ではあるが、半年に及ぶ調教生活の中で料理の腕もあげていたからである。
――――そして、夜半。
(わ、忘れてたああああああああああっ、初雪さんって何処で寝るんだよ!! 予備の布団とか貧乏な僕にあるワケ無いし、というか絶対にベッドの上で待ってるよね?? セックスしようと待ちかまえてるよね?? 風呂場から出たく無いんだけどっ!?)
彼女が泊まる、正確に言えば同棲を開始したという事は。
吉久を愛すると宣う、彼女面したというか一度は性奴隷にした彼女が夜に何を望むかなんて明白であり。
パジャマに着替えた吉久は、恐る恐る自室を覗くと。
「ふふっ、――――はァ……、今日は久々ですし、もしかして獣の様に――――」
(ですよねぇ!!)
彼はベッドの上の光景を見て、何もかもを忘れて実家に帰りたくなった。
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