episode7  ハクちゃんとケンちゃん

 サリーシャさんに渡した盾からハクちゃんが彼女が居る場所を検索しれくれた。

 宿を出て急いでそこへ向う。目的地までは2km程らしい。

 それにしてもほぼ全力で走っているのに随分楽だ。

 こちらに来てから妙に体が軽lい。

 これもハクちゃんのおかげかしら?


(主の身体能力は私ではなく主の元居た世界と現在のこの世界との身体にかかる負荷に違いがあるからと思われます)


(へー、元の世界の方が負荷が強かったと言う事かしら?)


(そうです、この世界の一般男性の身体能力を遥かに上回っています)


 道理で全然疲れないし動きがすごい軽いのね。


(ねーハクちゃん、今の防御壁だけど範囲的にするんじゃなくてもっと体にピッタリできないかな?例えば鎧みたいな感じで)


(わかりました体になるべく近くなる形での防御壁を構築してみます)


(ありがとう、いままでのも安心なんだけど細かい動きが制限されちゃうしね)


 体を覆う感じにできればさっき聞いた身体能力も発揮できるかもだし。

 そんな話をしていたら目的地に着いたらしい。

 サリーシャさんの家と思われる表に大きな影が動いているのが見えた。

 それは人ではないようだった。

 大きな豹のような獣が暴れている。

 その周りに数人が獣を取り囲んで応戦しているように見える。

 獣が向いているその先にサリーシャさんが居る。

 なんでこんな街中にあんな獣がいるのか。

 しかも体に光が走っている、ただの獣ではなく魔獣だ。

 魔獣が街中にいるはずもなく村長が何かをやらかしたに違いない。


 グァアー!


 獣は雄叫びを上げながらサリーシャさんを襲っている。

 しかし見えない壁に攻撃を反射され焦れている様だった。

 

 クゥオオー!


 魔獣が大きな雄叫びを上げた。

 次の瞬間、魔獣の口から大きな光が放たれてサリーシャさんに向かった。


 パシィーン!!


 光はサリーシャさんの前で大きな音を立て弾けるように消えた。


(サリーシャの防御壁が破壊されました)


「え、それってまずいよね⁈」


 魔獣がサリーシャさんに再度襲いかかる。


(大丈夫です、先程の主のご要望をサリーシャが持つ盾【純愛の加護】にもリンクさせました)


「要望?」


 ガキィーン!


 魔獣がサリーシャさんの体よりも大きい腕を振り下ろすが直前で大きな音をたて止まった。

 良く見るとサリーシャさんは鎧の様な物を付けていた。


「あ、あれね!体にぴったりの鎧のような物!」


 ような物というより鎧そのままだ。

 華奢なサリーシャさんの体に隙間なくフィットして他の冒険者達とは全く違う洗練されたシルエットの鎧を纏っている。

 桜色をしており薄明かりに妖美に輝いていた。


「すっごい綺麗だけどあの鎧の防御力は?」


(防御壁の5倍の防御力です。しかし反射はありません)


 ハクちゃんの分身みたいな物だしね。

 反射が無いと防御のみか…


「ハクちゃん、私も鎧にして!そしてなんでも切れる頑丈な剣が付いた盾を出せる?」


 もはやそれは盾でないのでは?

 という要求だけど…

 ハクちゃんなら行ける気がする。


(了解しました、主の防御壁を鎧に展開。切断力を特化した剣の付いた盾を召喚します)


 そう言うと周りの見えない防御壁がなくなった感覚がした。

 直後、体全体が白く輝く。

 かなり強い光だが魔獣は興奮しているのかサリーシャさんを攻撃し続けている。

 こっちに意識が向いてくれるとよかったんだけど…

 光が弱くなりカチャカチャと音を立てて体に鎧が張り付いて行く。

 自分では全身を見れないので鎧の全体はわからないが体や腕の鎧を見るとサリーシャさんの鎧を遥かに上回る気品に満ちた純白の鎧だった。

 まあ、ハクちゃんが白いから色は予想してたけど。白というかもはや白い輝きを放つプラチナのようにキラキラして神々しさが半端ない。

 鎧が全て展開されると目の前に少し細身で両刃の剣が浮かび上がって来た。

 剣身は青いまでに白く柄の中央に白いハクちゃんに似た盾が付いている。

 全てが実現化し全体が実体化した時その剣(盾?)から凄まじい存在感と言える気配が一体に放たれた。


 グア!!


 さすがの魔獣もこの気配は無視できないらしくサリーシャさんへの攻撃を止めてこちらを唸りながら睨んでいる。


「さすがにこの気配は無視出来ないわよね!」


 私には放たれる気配の凄さはわかるが全く嫌な感じはぜずむしろ安心感を覚える気配だ。

 これもハクちゃんと同じ私への絶大な忠誠心が備わっているからだろうね。


「名前を付けてあげる。君の名は…」


「ケンちゃん!」


 直子に名付けのセンスは無かった。

 名を告げられた剣の覇気が少し緩んだ感じがした。


「おいでケンちゃん」


 右手を剣に向かって伸ばす。

 剣はブルブルと一瞬震え出された手に飛んで来る。

 飛んで来た剣をしっかりと受け取った。

 右手に白き盾剣、ケンちゃん。

 左手に崇高の白盾、ハクちゃんを構える。

 こちら睨んでいた魔獣も同時に襲い掛かって来た。

 元の世界で見る豹の5倍は大きい黒い体が赤い光を滑らせながら向かって来ている。

 しかし何故か恐れも不安も感じず風のような魔獣の動きが遅く見える。小さくさえ見えて来た。

 魔獣は走りながら身を屈め一気に飛び込んで来た。

 左の盾、ハクちゃんを目の前に掲げて防御の構えを取る。


 ガキーン!!


 魔獣の鋭く大きい爪が盾で止まっている。

 いや、盾にさえ届いていない。

 盾の僅か外側に見えない壁がありそこで止まっていた。

 極力範囲を小さくした防御壁だった。

 ハクちゃんすごいな、盾だけど攻撃されても攻撃は盾に届かず傷さえつかない。

 綺麗なままだね。それじゃあこのまま…

 防御壁で止まっている魔獣の腕を盾で思いっきり押し返してみた。


 ガァ⁈


 魔獣は簡単に体ごと後ろに飛んで行った。


「わお! 随分力持ちになったのね私!」


 そのままケンちゃんの刃先を左から右へ滑らせた。

 

 ドサッ!


 何の抵抗も無くまた剣では届くはずは無い距離に居た魔獣の体が横一文字に両断されその場に崩れ落ちている。

 ええ! 

 これで終わり⁉︎

 切った感触もないんですが…

 ケンちゃんも凄いね、人に向ける時は注意しないと。


「な! あの魔獣を一振りだと‼︎」


 魔獣を連れて来たであろう一人が驚愕した。


「くそ!あっちだ!あっちの女を捕縛しろ!」


 この中のリーダーだろうかサリーシャさんを指差して怒鳴った。

 人質にするつもりなのだろう。

 …なんだろう自分の心の奥から湧き上がるものがあった。

 この者達は村長の差し金で間違いない。

 守るべく村民を蔑ろにして要求を断られたらこうやって襲い自分の欲望のままにか弱い女の子まで手に掛けようとするなんて。

 この世界に来る前のストーカー達や言い寄る男、それを妬む者達など自分勝手な人達の事を思い出して感情を抑えられなくなって来ていた。

 前の私ならじっと我慢していただろう…

 でもこの世界では欲望の為に命が簡単に奪われる… 思わず叫んだ。


【【【お前たち!! 何をしている!!!】】】


 人という理不尽な運命な生き物に対して、そして何より目の前にその犠牲になろうとしている人を…

 あるいは自分自身をその運命から解放したい。

 そんな思いが全身、そして心から飛び出した。


 ドサッ、ドサッ


 襲おうとしていた者達が全て突然倒れ込んだ。


「え、何?どうしたの?」


(倒れた者達は主の覇気により意識を失いました)


「はき?」


(はい先程の主の叫びと思いによりスキルを取得しています)


 ヴゥンッ


  【純命の覇気】

   目的対象に心身の負荷を掛ける覇気を

   発動する。発動者よりも心身が弱い者は

   動けなくなるか失心する。

   清らかな心身を持ち純の神より

   認められた者だけが行使できる。

   自身の運命に抗いその信念によって

   世界を変える者と言われている。

 

「確かに感情的になっちゃったけどね…世界を変えるか…」


「ま、サリーシャさんを守れたからいっか」


 サリーシャさんの所に駆け寄る。

 盾による鎧は既に消えておりその場に倒れ込んでいた。

 サリーシャさんも覇気に当たっちゃったかな?


(覇気は主が対象と定めた者以外には効果がありませんのでサリーシャには当たっていません)


 なら大丈夫か。


「サリーシャさん!」


 優しく倒れている背中を叩き呼んで見る。


「う、う〜ん、あれ?ここは…」


「よかった気がついた?」


「直子さん… 来てくれたんですか?」


 サリーシャさんは周りを確かめている。


「変な人達が来て大きな音がしたので外に出て確かめようとしたら… あの魔獣はどうしたんですか⁉︎ 」


「あれの事?」


 先程倒した魔獣を指差した。


「あれは!直子さんが倒しんたんですね…」


 信じられないという表情の後に呆れた顔をしている。


「怪しい人達は?」


 答えはわかっているが一応聞かなきゃという顔だ。


「その辺で寝てるわよ」


「こ、これも直子さんが…まさか死んでるのですか?」


「殺してないわよ!気絶してるだけだから今のうちに動けない様にしないとね」


 全部で8人、サリーシャさんを襲うにしては多いから魔獣を連れて来るのに必要だったのだろう。


「あんた達大丈夫か⁈」


 近隣の住民が騒ぎを聞きつけ来たようだ。

 ちょうどいい手伝ってもらいましょう。


「はい、なんとか。すみませんがその倒れている者達を拘束したいのでお手伝いをお願いできますか?」


 サリーシャさんがよろよろと立ち上がってやって来た男に向かった。


「役所に行って冒険者の方々を連れて来てもらいますか、まだ何人か居るはずなので」


「わ、わかった!おい、あんたサリーちゃんをお願いするよ」


 サリーシャさんと知り合いなのだろう良いご近所さんだね。


「はいおまかせ下さい」


 ご近所の男はそれを聞くと役所に向かって走り去って行く。

 それを見たサリーシャも自分の家に戻り縄を持ってきた。


「直子さんとりあえずこれで手足を縛ってしまいましょう!」


 怖かっただろうにしっかりした娘だね。

 教育がよかったんだろうな…

 そう思いながら倒れている者達を縛って行った。

 しばらくすると先程のご近所さんと共に数名の冒険者が来てくれた。

 役所の地下に牢があるとの事で縛られた者達を軽々と持ち上げて持って行ってしまった。

 魔獣はその場であっという間に解体され素材にされてこれも役所に保管するらしい。

 一応、事後処理は終わり今日はサリーシャさんがぜひにと言うので彼女の家に宿泊する事になった。

 あんな事があったんだから一人は怖いだろうしね。


「おかえりなさいませ、お嬢様。ご無事で!」


 部屋に入ると30前半と思われるメイド服を着た女性がサリーシャを待ち構えていた。


「メリーさん!お嬢様は辞めてね!」


 メリーさんと呼ばれたメイドは慌てた。


「も、申し訳ございません!」


「気を付けて下さいね、周りに気が付かれると面倒な事になりますから」


 んん?

 これってあれかしらね…サリーシャさんは良いところのお姫様とか…


「あなたも無事でよかったわ、家の中は大丈夫だった?」


「はい、サリー様が連れて行かれた時はどうなる事かと」


「そうね、私もこの方のおかげで助かる事が出来ました」


 後ろにいた私をメリーさんの前に半ば強引に連れて来た。


「そうですかこの方があのお忍びで来られている騎士様ですね」

 

 もう村中にお忍び騎士というのが定着してそうね…


「旅をしています堅譲直子です、因みに騎士ではありませんので」


 余計な事は言わない様にサリーシャさんを見つめてみた。

 察したのか少し慌てた感じのサリーシャさん。


「メリー、騎士である事はお隠しになっておられるので他言無用ですよ」


 ちがーう!


「そうでした、申し訳ございません」


 もう何を説明しても無理そうね。


「お茶を淹れますのでごゆっくりされて下さい」


 テーブルに案内され座ろうとした時だった。

 窓の外が強い白い光で包まれた。


「な、なんでしょうか?直子さん!」


 サリーシャさんもメリーさんも慌てている。


(主、外に高位の精霊と思われる者が来ている様です)


(精霊⁉︎ この世界精霊がいるんだ!)


(主が出て来るのを待っている様です、害意は感じられないので大丈夫かと)


(わかったわ、ありがとう。今夜はお客さんが沢山ね)


 窓の光に動かなくなっている二人。


「ちょっと見てくるので二人は中に居てね」


 不安そうな二人を残して外に出た。

 出た瞬間に強く光っていた白い光が消えた。

 周りを確認する。


「こっちだよこっち」


 凄い渋い深みのある声がした。

 キョロキョロと周りを探すが見当たらない…


「どこ見てんだよ、下だ下!」


 言われるがまま下を見てみるとそこには。

 きゅるんとしたチワワがいた…

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