第37話 訓練終了―――と共に現れた者の真意

不落要塞イモータブル・フォートレス”―――この一種異様な名称を私は目にしたことがある。 あれは確か私がまだ70歳の折、まだラプラスの魔がこの魔界に跋扈ばっこしていた頃、その対応に苦慮していたお母様が確かその宛先に手紙を出していた事があった。 あの当時はその字面じづらの物珍しさから、その“称”の持ち主がギルガメシュおじ様の様な屈強な男性だと思っていた。(それもこの時まで)


しかし一つ蓋を開けてみれば、ひ弱そうでたおやかそうな印象を与えがちなクローディアさんがあぁああ???

「“不落要塞イモータブル・フォートレス”―――って…」

「一度たりとて“陥落おち”た事のない要塞か―――その噂の真偽確かめてみなくてはな。」

「だがこれでこの私も本気になれるというモノだ―――覚悟は…いいな。」


「無駄口を叩いていないで、すぐに行動に移すべきですよ?それに命令・伝達のたぐいは簡潔に―――凝った作戦や策はこの際命取りとなります…何より私は、もう、誰を最初に行動不能に陥れるかを決めていますからね。」


その瞬間、目の前にいたクローディアさんが……消えた?


「気を付けろアルテイシア!彼女はお前の―――」

「大丈夫、視えている!それに私を“最初”にとは…光栄と言っていいのかな。」

「実に、良い反応です―――ですが、この私の初動は…」

「むっ?!いかん―――バルバリシア、そこにいては危険だぞ!もっと…もっと上空に……!!」


「―――ふえっ?!」


「『星海を渡るハヌマーン』―――これでまず“一人”…」


なんて跳躍力??いや、それ以前になんなんなのあの踏み込み!一気にお姉ちゃんの近くまで詰め寄るなんて……けれど、それでさえもデコイ―――ものの見事にクローディアさんの仕掛けた戦術にはまってしまったお姉ちゃんは身を護る為の体勢になってしまい、その隙を縫ってクローディアさんは上空へと回避待機していたバルバリシアを一撃で伸してしまった。 いや…それにしても最初の標的がバルバリシア―――って……


「まず…聞いておこう、クローディア殿どうしてバルバリシア殿を…」

「この際―――戦力外から排除…と言うのはほんの冗談。 私が一番危険視しているから最初の標的にしたまで…です。」

「バルバリシアがクローディアの一番の障害になると??判らんの…まだ戦力外と言うてくれた方が納得が―――」

「(はッ!)唯一の航空戦力―――…」

「フフフ―――ベアトリクスさん、正解。 今は戦力にならなくても上空からの攻撃は脅威―――これは覚えておいても損はありませんよ。」


彼女は…クローディアさんは一つとして間違えていなかった。 最初にバルバリシアを見定めたとはしても、それを察せられないようにワザとお姉ちゃんに敵意を向け、それによってバルバリシアへの警戒を薄くさせてしまった、それに加えてバルバリシアも上空に回避していれば私達に迷惑がかからないと思い込んでいた事もあるのだろう、そうした裏を掻いて彼女は上空高くへと飛びあがった…それに―――それに、彼女を阻む者はもう誰も…


         * * * * * * * * * *


「では、続けましょうか―――そしてここからは敢えての“指名制”で参ります。 どうぞ、邪魔をしたい方はご存分に…アルテイシア様、今度は囮ではありませんよ。」

「クローディア…奇しくもだが私はあなたの体術のもととなった者と対峙した事はある。 あの時は不意討ち同然だったから優位には立てていたものだったが…」

「正直でよろしいですよ、アルテイシア様。 不意で討たねば例え複製品だとて敵わないと思っていたあなたの戦術は―――ですが…」


その時私は有り得ない光景をまたも目にした。 そう、お姉ちゃんが繰り出す剣技の総てをクローディアさんはで打ち返していたのだ。


「まさか…私の剣が総て打ち落とされようとは!しかしそうか…あなたのその両の拳にあるのが―――」

「そう、これが今の私の主武器メイン・ウエポン、魔王カルブンクリス様直々に拝領したオリハルコン製ナックル・ガード…その名も『カイザー・ナックル』」


「オ……オオオオオリハルコンとな?」

「し―――しかも魔王様ご謹製の??」


「それよりよろしいのです?私の戦闘スタイルは超近接戦闘であることは理解できたはず…ですればもっと距離を取らないと―――」

「あっ…ああっ―――」


「ダメだよお姉ちゃん!その言葉は誘いだよ!!」


「な……に―――?」

「フフフ―――リルーファ様、正解。 ですがその的確なアドバイスにより素早い対処は出来はないはず―――そしてこれで2人目。」


あああ…私の余計なアドバイスの所為でお姉ちゃんが!!けれど、悔しいけれどクローディアさんはここまでの事を綿密に計画を立ててきている、今はそれをただ実行しているだけ…だとしたら次の標的は誰なの?私?アグリアス??ラ・ゼッタ???それともトキサダ―――…


「ぐ…くうっ―――なるほどな、“次”は私だったか…だが、私とて『アルテミス』としての意地がある!そう易々と―――」


         ―――『巨象神を倒す竜尾の一撃』―――


な…ッ?!ひ、膝裏を??ぐっ…た、立てない―――こ、これでは……


「あなたの手強さは私がよく知っています。 『アルテミス』とまで讃えられた超一級の冒険者―――あなたは優れた素質とたゆまぬ努力の上に今の地位を確立させたのです、私が油断をするとでも思っていたのですか。」


超一級の冒険者でもある『アルテミス』最大の強みであり、また最大の泣き所を奪われてしまい、アグリアスは立てなくなってしまった…そして事実上の“3人目”―――残すは私とラ・ゼッタとトキサダのみ、そして私の読み通りクローディアさんが狙いをつけてきたのは……


「今だよッ―――ラ・ゼッタ、トキサダさん!」

「応さ―――!」

「悪く思わんでくれよ~一対一じゃと敵わんでな。」


「(ク・ス)。」


「な…もしかして読まれてた?」


「それに私、一言も一対一での正々堂々の直接対決―――などとは言っていませんもの。」


「そう言う事であったか…迂闊であったわ、その間拙者たちはまんまとこの者の術中にはまり―――」

「間抜けにも…貴重な戦力を失ったじゃとお~?!」


悔しいなあ―――と言う思いがつのる一方で、なんて戦闘経験が豊富なんだろうと感心さえしていた。 その本来なら、元いた世界から逃避のがれ―――居ついた先の片田舎の教会の修道女などをして隠遁生活を望んでいたのだろうに、だけど運命が彼女をそうはさせてくれなかった。 なまじ元いた世界では『司祭』の地位を確立させるまでになっていて、支援・回復・補助魔術の練達ぶりをお母様が見逃さなかったのだろう、そうして私達に協力していく内にどこか別世界の技術を学んでしまった―――“不落要塞イモータブル・フォートレス”…決して陥落おちない要塞、しかもその要塞は“不動”ではなく、機を見て前線を押し上げる恐るべき戦力となり得ていたのだ。


「では…仕上げと参りましょう―――本来ならば残り3人を同時に相手してもよろしいのですが、それでは後学のためになりません。 よって個別指導です―――ああ、ですがあなた方は一斉にかかって来ても申し分ありませんよ?」


「ふっっざけるなああ!」

「その通りじゃああーーー!」


「トキサダ様―――あなたは“幻界”での実績はある…そうした事は大変な強みですが…それは逆を返せば枷にもなります。 そうした動きは身に染みついたモノとなり、それはクセとなって中々にぬぐえない……現にこうした激しい“縦”“横”の揺さぶりに付いてこられましたか?そしてラ・ゼッタ―――あなたは槍を使います、槍の長所は剣よりも攻撃距離リーチが長いから遠間からの攻撃で主導権イニシアチブを取れますが…このように、ふところに入られてしまうとその意味はなくなります。」


私達4人がかりでも彼女の身に髪の毛ほどの掠り傷を負わせる事は出来なかった。 そればかりか軽くあしらわれてしまう始末……私は―――いや、私は思い上がっていた、数々の難易度の高いクエストを解き、“ラプラスの魔”を撃退させるなどして強くなっているのだと勘違いしていた。 その証拠に、聖職者一人にすらかなわないでいる……


「ダメよ、何を挫けているの!」

「ベアトリクス―――けど…無理だよこんなの。」

「何が無理なの!全くかなわないからと言ってどうして諦められるの?!見損なったよ…あなたはどんな絶望的な状況でも決して諦めず、足掻あがくだけ足掻あがくものだと思っていた…こう言っちゃなんだけどこれから私も参戦するわ。」


「ベアトリクスさん、あなた―――自分が魔術を行使したら……」


「そんなの―――承知の上よ…」


どうしちゃったの?ベアトリクス…だってあなたは自分のユニーク・スキルを一番理解してて、それでいて一番に恐れていたと言うのに…なのに、??

しかしそれは、彼女にまつわる風評を逆手に取った戦略だった、そうベアトリクスは喩え初等魔術ですらも彼女自身の特性―――ユニーク・スキル『“陽”の魔法』によって効果範囲も術式自体の威力も超高等魔術並になってしまう…


「いけえぇぇ~~~! 〖コロナ・エクスプロージョン〗!!」


術式を詠唱となえ、これからトキサダの故郷でもあるラプラスの世界―――“幻界”の文明も崩壊させたと言う魔法が展開されて行く……誰もがそう思ったのですが―――


「今よ!リルーファ―――この隙に!」

「(はっ!)ベアトリクス―――ありがとう!」

「ふふふ―――これはこれは、してやられましたね。 まさかあなたの風評を逆手に取るなんて…」


「どう言う事なのですかぁ?」

「ラ・ゼッタからしてみたら不発の様にも見えるのだぞよ?」

「そう言う事か―――…」

「考えたものだな、自分の風評を囮として使い、あたかも―――…」

「魔術を発動させるかのように思わせた…」


「その通り、なまじ私も知っていましたからのはまた理に適った話し―――ですが…」

「ぐ・ふぁっ―――…」

「リルーファ!!」

「狙いは悪くはありませんでしたが、あなた様の矢が届くのは少しばかり遅かったようです。」


そんな―――私の乾坤一擲の策がかわされるなんて…確かに私は私にまつわる風評―――悪い噂を利用した、そしてそれで僅かでもいいクローディアに隙を生じさせれば…と思っていた、事実クローディアは私の実力を知っており、聖職者特有の身体強化(主に物理・魔法防御特化)をし、私の魔術に耐える為に身構えたものだったが…そうした隙―――つまり攻撃をしてくることは無くなった、動く事を止めた処にリルーファの矢を叩きこむ、それで形勢が逆転するものだと思っていた……はずなのに、何故かクローディアは立っていた。 しかしそれも実は理屈にかなっていた事で、簡単に説明してしまうとリルーファの攻撃力よりクローディアの防御力の方がまさっていたから…単に純粋な力の差―――だった…


         * * * * * * * * * *


ただ―――このままでは終わらなかったのです。 それというのも、そもそもこの依頼―――リルーファを筆頭とする私達のPTの実力の底上げの為にクローディアに依頼をされた方が…


「やっぱ―――敵わなかったってワケか。」


「お母様!」

「女王陛下―――」

「母様…無念です、この私の実力が足らないばかりに。」

「なんと…あれが―――リルーファのご母堂にして魔界一の大国と知られる…」

「スゥイルヴァン国現女王シェラザード様…」

「しかし~~~はて?現女王陛下にあらされる方がなぜしてこの場に?」


「ん~~~ま、訓練終了を報告されたからね。 そぉーれにしてもさあ、ちょおーっとヒドくなくない?」

「どこがでしょうか。 そもそもあなたの依頼には『手加減はするな』―――でしたはずですのに…」

「まあ~そうは言っちゃったケドさあーーーちょおっとは忖度そんたくするつもりなくない?」

「全く…仕方のない人ですね。 正直に申し上げたらいかがです、私と手合せしたいと。」

「あっははぁ~~~バレちゃったあ?」


「バレ…ちゃった―――って…(お母様)」

「まあ―――現女王陛下だからな。」

「日々官僚や元老共と陰湿な争いしているからな、たまには外で“思いっ切り”―――と言う事か。」

「なん…というか―――ぞよぉ~~」

「(アハハ~)リルーファ様のお母様…ですからねえ~」

「しかし、拙者は視てみたいものだな、拙者たちを赤子の手をひねるが如くにあしらった“元”『司祭』殿と、どう渡り合うのか…」


確かに―――トキサダが言っていたように私もそこの処の興味はあった。 私達7人が一斉にかかっても揺らぎすらしなかった“不落”の“要塞”―――そして私達への訓練の終了と共に現れたお母様。

私は…いや私が知っているのは、口伝えによって伝わって来た昔話し―――そうつまり、私達は直接視た事がないのだ、この魔界を我がモノとする為に侵略してきたラプラスと、そのラプラスを迎え撃った勇者達ひとたちの闘いぶりを。




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