第9話 女王陛下への拝謁

その場に“存在”しているにも見え―――ながらも、その場に“存在”していないにも見える……この雑踏ひしめき合う中、誰一人としてその者(女)に関しようとはしない……関わることすら出来ない。

それはまた、何かしらの作用がこの者(女)から為されているのだろうとリルフィは直感するのでした。


       * * * * * * * * * * *


一方―――そのリルフィの意を汲み、スゥイルヴァン城の城門まで辿り着いた者は……


「す、すみません―――どうかここを通してください!」

「うん?何だお前は。」 「ここから先は王城だ、特に約束をしていなければ早々に立ち去るがよい。」


容易に城へ入ることを拒まれてしまった―――けれどそれも、自分が鳥の獣人族だから……と言う事ではない事をバルバリシアは理解するのでしたが、ではなぜ彼女は拒まれたのか。

それは入城の正規な手続きを踏んでいなかったから―――しかし彼女は自分の主人から言われたとおり、渡されたモノを差し出し……


「あ、あの―――を!」

「(!)こっ…コレは―――」 「ああ―――うむ…」


城門を護る衛兵が、を見るなり緊張の色を濃くした……その事をバルバリシアは―――


「(えっ―――どうしたの、この人達……私はただ、リルフィ様から言われたとおりにこの装飾具を見せただけ……なのに。)」


その装飾具の事を知らない者は、ただそう思うだけ―――そう、『装飾具』と。

しかしこの城に仕え、この国に仕える者達からすれば知り過ぎるくらいに知っている……いや、知っておかなければならない、その装飾具が持つ本来の意味を。

すると―――門前で何かしらのトラブルが発生したとの報告を受けた者が…


「どうしたのだ。」

「ああ、これはシュターデン将軍。」 「いえ、実は……こちらの娘が―――」


その者とは、この衛兵たちの上官と見られる『将軍』―――黒豹人の『シュターデン』と呼ばれる人物でした。

その将軍閣下が部下だと思われる城門の衛兵とトラブルになっている獣人族の娘が手にしているモノを見て。


「それは―――『エヴァグリムの誇り』…」

「えっ?!今なんと……?」

「いや、なんでもない、こちらの事だ。 それよりどうしたのだ娘、その様なモノを。」

「あ―――あのっ、し、至急女王陛下様にお取次ぎを!」


入城の約束や許可なく入ろうとし、あまつさえこの国の女王に拝謁しようと願ってくる、ず知らずの獣人の娘。

しかしその手には“ある王族”から託されたモノがある―――だからか


「判った。 ワシについてまいれ。」


「(おかしい……私、この人達の事なんか知りもしないのに、なのに皆この装飾具を見ただけで、どうしてこんなにも……)」


この国の一軍をあずかる将軍ですらも、何かしらの意図を汲み取り流れるように運ばれて行く事柄に関しバルバリシアは不思議な感覚に陥っていました。

そして、あれよあれよという間に玉座の間まで通され―――


「あちらに居られるのが当国の女王陛下にございます。」

「(あ……)は―――はい…」


自分のような庶民では畏れ多い―――全くと言っていいほど場違いであることはバルバリシアでも判っていました。

この国の権威の象徴であり、魔界の権威と比肩するくらいの権限を有せし者……『スゥイルヴァン女王』。

その威光にあたり、足をすくませてしまう一人の獣人の娘に対し、玉座に腰を据える者は…


「どうかしましたか。」


意外にも、投げ掛けられた言葉は穏やかにして和やかな声色だった。 その事にいかばかりかの緊張の糸がほぐれたバルバリシアは。


「あ―――あの…コレを。」

「―――それは、『エヴァグリムの誇り』……」


「(このお方も、先程私を案内して下さった将軍様と同じ様な事を……)」


やはり―――この装飾具にはそれだけのものが隠されている……と、思っていたのも束の間、実は―――…


「そう言う事ですか。 ならば陛下ご本人にお目通りする許可を与えてあげましょう。」

「(……)えっ? あ―――あの…あなた様が女王陛下様ではないのですか??」

「私はあの方の“影”―――陛下の身に危険が及ばぬよう、こうして“身代わり”“代役”をこなしているのです。」


その、玉座に収まっていたのは女王陛下ではありませんでした。 そう―――『影武者』……

国家の最重要人物に危害が及ばないよう、仕立て上げられた“身代わり”であり、また女王不在時には政務をこなす“代役”―――名を『シルフィ』と言いました。

そして女王の“影”にいざなわれるがままに通されたのは寝室でした。

薄い緞帳どんちょうを巡らせた寝台の上で、目覚めたばかりと思われる本物の女王陛下―――


「御目覚めでございますか、シェラザード様。」

「どうしたのです、シルフィ。」


声の張り、抑揚、そのどれをとっても“同じ”―――バルバリシアも最初に会ったのが女王の“影”である事を知らなければ、全く同じ人物が2人いるのではないか―――と、疑わしくなったものでした。


「実は、こちらの獣人の娘が、リルフィーヤ様のモノと思われるモノを……」


すると、やにわに緞帳どんちょうが開かれ、女王陛下ご本人の表情が伺われました。

眉目秀麗にして国家最重要の要人であり、当代きっての名君とも讃えられているその容姿おすがた

そして自分の“影”から装飾具を受け取ると。


「そう……そう言う事ね。 判りました、では手筈通りの段取りを。 私はこれから“彼女”に会いに行きます、その間シルフィはこれまで通り私の代役を。」

「御意―――」

「それからあなた―――…あなたの名は?」

「えっ?あっ??バ……バルバリシアと申します。」

「そう、バルバリシアと言うの、いい名前ね。 ではバルバリシア―――あなたの同行を許可します。」

「えっ??ど―――どうして……」

「その装飾具は、我が王族がしんに認めた者にしか譲渡をしないモノ。 それをあなたが持っている―――あの子があなたの事を信じたからこそ、それだけの信頼モノを与え、こうして私の下に繋げた―――これ以上の説明はいるかしら?」


なぜ―――どうして―――この城に勤める人達がず知らずの庶民である自分に対し慇懃に接し、また疑いだにすらしなかったのか、その真実は知れました。

知れはしたのですが、先程女王陛下は“誰”かに会いに行くと仰られていた、一体“誰”……に? すると―――…


「(えっ?あれっ?? 女王―――様??)」


女王なる方が誰かに会いに行くにしても、その際には“影”の人と同じく一見しても王族だと判るような服飾なのだろう―――と、バルバリシアは思っていましたが。


「(女王様……が、どうして(冒険者)と同じ様な格好を?)」


この時のシェラザードの出で立ちとは、まさしくの“あの頃”―――彼女自身その血をたぎらせた冒険者としての服飾だったのです。


「そう言えばバルバリシア―――あなたの獣人としての種属は?」

「えっ、あの―――ハルピュイアになります。」

「そう、それじゃ丁度いいわね。」

「(え?)丁度―――いい?」

「私はここから出て行くから、あなたは形態フォームを変化させて、窓から飛び出しなさい。」

「…………はい?いえ、あの、そのーーーわ、私が窓から飛び立つと言うのは判るんですけど……この窓がある場所、結構な高所ですよ?」

「ん?ああーーーその事、その事なら心配いらないわよ。 これでも昔取った杵柄なんとやら、まあ見ていなさいな。」


「(えっ?ロープ??どうしてそんなモノ……)」


「そーれじゃシルフィ、あとの事はヨロシクぅ~~☆」

「えっ?あっ!? 女王様ぁ~~~!」


ちょっと言っている意味が分からない―――自分の様に身体の一部が翼に変化させたり、元から背中に翼を持っている種属でなければ結構な高さ(地上150m)がある窓から出て行こうとはしないものなのに?なのになんと目の前の女王様はたった一本のロープのみで、颯爽さっそうと窓から―――飛び下りた???


「ウフフフフ…あらあら、シェラ様ったら。 私に“身代わり”を押し付けた時と全く変わらない手法で、このお城から脱出とびでちゃうんですからね。」

「えっ?あ―――あのぉ?」

「私もね、自分から志願してあの方の“身代わり”をしようとしたワケじゃないの。 まあ……運悪くと言っていいのか、良かったと言っていいのか、あの方自身が開催ひらかれた『晩餐会』であの方のお目に留まってしまってね、それからあの方の“身代わり”をするようになって……そしてあの方が最初に城から出奔でられた時、見事な『ラペリング』で一気に地上まで降りた事があってね―――」

「ラペリングぅ?! あの…それって冒険者が持ってるスキルじゃありませんか…?」

「そうね。 そう言えば、あの時はまだあの方は冒険者になっていなかったハズなんですが……」

「え?え??えええ~~~???あの、ちょっとそれおかしくありません?女王様になられるお方が冒険者―――だなんて……」

「ああ、言っておきますけれど、今でもあの方は『現役』ですよ?」


勢いよく近くにあった窓から飛び降りた女王陛下にも驚かされたものでしたが、この影武者の来歴を聞かされて再び驚いてしまうバルバリシア。

しかも、女王までになっている人物が、どうしてか冒険者が有しているスキルを持っているのか―――の疑問もそこそこに、衝撃的な告白に一瞬頭の中が真っ白になってしまうハルピュイア……だったのでしたが。


「それはそうと、早く追いかけた方がいいわよ。 空を舞えるあなたでもあの方の速度はやさについていけるかどうか―――」


そう言われてみれば、女王陛下に同行する許可を得ていた事をすっかりと忘れていた。 しかもすでに女王陛下が窓から出て数分以上も経っていると言う事に、ハルピュイアは悩める頭もそこそこに窓から飛び立って行ったのでした。


        * * * * * * * * * * *


あれから…………どのくらいの時間が経ったのだろう―――

見知らぬ女性が、自分の事をただ“じっ”と見つめたままでいる―――

ただその事ばかりに気が捉われ、いつしか外は闇のとばりが下りていた事にリルフィは気が付きませんでした。


「(そんな―――…いつの間にか辺りが暗くなっている事に気が付かなかったなんて。)」


リルフィは、不思議な感覚に陥りながらも、その者(女)から注意を逸らしませんでした。

しかし、―――いつ間にか…


「(―――えっ??!)」


いつの間にか、その者(女)は自分の目の前にいた。

その事に身の危険を感じ、飛び退こう―――と、したものの……


「(う―――動かない!いや、動けない??! まるで……ッ、金縛りに遭ったかのよう……!)」


その者(女)の、深紅の眸に映り込んだ自分の姿を視てしまった時、リルフィは身体の自由が奪われてしまった感覚に陥りました。

しかしこれでは―――


「(まっ……まずいっ―――これじゃ逃げようにも逃げられない……ッ!抵抗しようにも、抵抗できない……!!)」


もう、自分の人生は終わってしまうのだと、リルフィは観念しました。

……が、不思議な事と言えば、その者(女)からはそれ以上の特段な行為は何もなかった、何も―――されなかった……ただ、自分の事を……


「(このひと……一体何がしたいんだろう。 この私をただ見つめるだけだなんて。 それより、バルバリシアは無・事―――?)」


この街(マナカクリム)に戻って来るなり干渉(視線)を受けた―――その挙句の果てには、どうやらその者(女)の作用によって未知みしらぬ場所に連れ込まれてしまったみたいだった。

それでも自分の身に危機が迫るも、心配をしていたのは従者であるハルピュイアの身の上でした。

まだ冒険はし足らない―――自分の冒険はこれからだと言うのに……それが一時いっときであったとしてもあまり長居はしたくはなかった生まれ故郷で遭難の憂き目に曝されるなんて……そんな、後悔とも思える念がリルフィを覆った時。


「その子が、私の跡取りだよ―――」


いつも聞き慣れた声―――けれども身に纏っていたのはいつもの母ではない、また違った印象の服飾。

すると、ここで初めてこの者(女)から……


「シェラ―――元気そうね。」

「そうね。 そう言うあんたは、少しばかり生っ白くなっちゃった?」

「ええ…陽の当たらない処にいたお蔭でね。」


それは奇妙―――“奇妙”と言うにはあまりにも奇妙な出来事でした。

この自分が身の危険を感じる程の雰囲気を醸す存在が、自分の母である女王と何とも親しげに会話を交わしている。

ここで一体何が起こっているのだろう……その疑問はすぐにでも晴れました。


「けど、そのお蔭で美貌が一層際立っているんだものね。」

「フフ―――不思議よね、私達が仲間内だった頃には一言もそんな事を言って来なかったものなのに。」

「言っちゃったら―――もうその時点で敗けを認めてしまうようなものだものね。 だから敢えて言わなかったの……だってさ―――私達、同じひとを愛していたんだよ……恋をしていたんだよ、だから私もあんたも、互いの美貌を認めなかった……そうでしょう?」

「シェラ……私はどんなにかこの日が来る事を待ち望んだ事でしょう。 彼の者達を―――我等にとっては厄災そのものを討ち払う新たなる可能性の誕生を。」

「そっか―――それで?あんたのお見立てはどう映ったの……クシナダ。」


『クシナダ』……『アンゴルモア戦記』を暗記するまで読み込んだ者なら知らないはずのない、悲劇の英雄の名。

ある折に未知の悪意に取り込まれ、結果として魔界この世の存在でも、別世界の存在でもなくなってしまった者―――【エニグマ《誰でもない者》】。

けれどどうしてかその存在は、物語の主人公達とは敵対をしなかった―――そればかりか少なからぬ助力をし、ついには最終的な難敵である『アンゴルモア』を討ち果たす手助けをしてくれた……けれどその後、自らは共によろこべる身ではない事を覚り、靜かに身を引いた―――…


「(そんな人が……私の事を見つめていた―――と言う事は……)」


「それにしてもあなたの跡取り娘、あの頃のあなたに生き写しね。」

「そう、ありがとう―――それじゃあ思い切っていうわね……。 私が心から信じ合える宿命の友よ、私の娘の命、あなたに預けるわ。」

「ええ、任せておきなさいな。」


今回の事案の発端は、永らくの間『次元の澱み』に隠棲かくれていた者が、新たな『光』の誕生を祝う為にと、その場所から這い出てきた事に在りました。

そして彼の者は、新たなる『光』を―――“じっ”と見つめていた……それも関わるか関わらぬべきかを見定める為に。

そして今では『宿命の友』とまでに成ってしまった者からの紹介により、新たなる契りは交わされたのです。



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