第20話

 

「奥様、ここは私どもが」

「夜も遅いですし、奥様はお休みくださいませ」

 そういって、ハワードとドロシーがリデルを守るように前に出る。


 使用人たちは平民出身だ。帯刀している傍若無人な貴族がどれほど恐ろしいものか知っている。健気な彼らのためにも、リデルも動揺を悟らせないように指の震えを隠した。


「お客様方のお荷物をお部屋にお運びしてください」

 そう声をかけると、こんなに起きていたのかと思うほど、使用人がわらわらとでてきて驚いた。


 皆がリデルを心配していることが伝わってきて、胸が熱くなった。なんとしても領地と使用人を彼らから守らなくてはならない。



 ◇◇◇



 次の朝、目覚めるとドロシーの姿がなかった。彼女はいつもリデルが目覚める頃にやってくる。嫌な予感がして手早く身支度を終えると、急ぎ執務室に向かった。

 すると案の定騒ぎが聞こえてきた。二階の廊下に男の怒鳴り声が響き渡る。

「おやめください!」

 ハワードが叫ぶ。


「うるさい! それ以上の邪魔だては許さない!」

「貴様ら、貴族に逆らうのか!」

 リデルが慌てて務室に入ると、ひどい有様だった。引き出しという引き出しは開けられて、整頓されていた書類が荒らされて散乱している。ハワードをはじめとする使用たちが、親戚たちの狼藉を必死に止めている。


 しまいにはサムが剣を抜き、彼らを脅しつける。

「貴様ら、邪魔だてするならば、切り捨てるぞ」


「何をなさっているのです! おやめください!」

 リデルは荒事になれていない。怖くて仕方がなかったが、サムと使用人たちの間に入る。


 貴族である自分なら切り捨てられないはずと信じて一歩前に出た。怯えをけどられないように。


 彼らを守るのはまさに命懸けだ。いまさらながらフリードリヒから与えられた潤沢な小遣いに納得がいく。


「サム、やめておけ。そいつはいまのところ、侯爵夫人なのだから、傷つけるのはまずい」

 オニールが舌打ちをする。サムとリデルがしばらく睨み合う。やがて悔しげに彼は剣をおさめた。


「私の許可なく勝手に執務室に入らないでください」

「なんだと!」

「私は主人から留守を預かっています。今は当主代行です」

 サムが再び柄に手をかける。かなり気が短いようだ。恐怖を感じるが、ここで悲鳴を上げて逃げ出そうものなら、彼らに好き放題されてしまう。リデルは怯える内面を押し隠し、昂然と頭を上げた。


「やめておけ、その女が威張っていられるのも今のうちだ。そのうち娘のハンナが王都からいい知らせを持ってくる」


 そういうといやらしい笑みを見せオニールはサムを引き連れて去っていった。彼らが完全に見えなくなるとリデルは膝が震えて立っていられなくなった。

 

 まだ、親戚が増えるのかと思うとめまいがする。

「奥様!」

 すぐにハワードとドロシーが駆け寄ってくる。


「申し訳ございません。奥様、お守りできなくて」

 いつも朗らかなドロシーが悔しそうに言う。そして、体を支えてくれているハワードの腕を見てはっとした。シャツが破れ、血が滲んでいる。


「ハワード、あなた切られたの!」

「大丈夫です。たいしたことはありません」

 ハワードは慌てたように腕を隠そうとする。

「誰か治療を。それからほかにけが人は?」


 実は昨晩から門番も含め、けが人が数名出ていたらしい。サムは止める使用人に剣を振りまわし、貴族の身分を盾にこの城へ入り込んできたのだ。

 そういことは逐一報告してくれとリデルは彼らに頼んだ。

 

 彼らを守るが彼女の仕事だ。気を引き締めてかからねばならない。




 今までは静かで穏やかだった城が、親戚の襲来で蜂の巣をつついたように騒がしくなり、常に緊張感に包まれていた。フラニーはちょっと目を離すと若いメイドをいびるし、オニールとサムは夜中まで酒を飲みさわいだ。

 リデルは危険を感じ女性の使用人を彼らから遠ざけた。


 そればかりか、何かというと執務室に押し入ろうとするので、リデルは自室に戻るのをやめ、執務室の続き部屋にある仮眠ベッドで休むことにした。

 女主人であるリデルでなければ、勝手に侵入してくる彼らを止めることはできないのだ。

 

 いつも彼らは昼過ぎに起きるので、彼らが来る前に仕事を終えようと朝早くから頑張った。


 ◇◇◇


 傍若無人な親戚の滞在も十日を過ぎるころ、若い下級使用人たちが勤めをやめたいと言い始めた。何とか引き留めるも、リデルは親戚たちの横暴に頭を悩ませた。


 やはり領主代行ではなめられてしまうのだ。何とか彼らを追い出せないだろうか。あいにく代行でしかないリデルには裁判権までは与えられていない。


 彼らの不当行為を訴え王都で裁判を起こすしかない。だが、それには金も時間もかかるし、ここを留守にして王都に行ったりしたら、それこそ彼らの思うつぼだ。


 そして、何よりフリードリヒの安否が心配だ。

 リデルは使用人たちの前では笑顔を絶やすことはなかったが、毎日、心休まることなく不安な日々を過ごしていた。かいがいしく働いてくれるドロシーもハワードもそれは一緒だろう。


 そんなある日、リデルが執務室で書類整理のついでに簡単な朝食をとっていると、上機嫌のフラニーがやってきた。

 リデルは彼女を執務室の中まで入れないように、さっと扉に近づいた。


「ここへは入らないでください」

 と告げる。


 すると廊下の端から下卑た笑い声が響いてきた。振りむくとオニールとサムがいる。そしてその後ろには、リデルと年の近い可憐な女性がいた。



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