第17話
いよいよ本格的な冬がやって来た。領地は文字通り雪と氷に閉ざされて、遠出は命の危険を伴う寒さとなった。草木も眠ったように凍っている。
しかし、温泉のある城は常に温かく、リデルはそこで書類仕事と領地経営の勉強に忙殺された。実家の領とは違い広大なのでその分やることも山積みだったのだ。冬支度が終わったからと言って気が抜けない。
もちろん合間に休憩も取った。ときにはドロシーとお喋りしながらお茶を飲み、工房を訪ねてフィーに不足はないかと聞いたり、息抜きに城の大きな書庫にある本を読んだりして過ごした。リデルにとっては初めてことのばかりで、学ぶ楽しさに目覚めた。春になったら、何を始めようかと計画を立てた。
戦地に無事届くかどうかはわからないが、領の運営のこと、新しく始めた工房のことなどをフリードリヒに定期的に手紙で知らせている。リデルの裁量に任せると言われているが、黙っているのも気持ちが悪い。
そして手紙には季節の花を押し花にして添えた。彼は存外領地を愛しているようで、慰めになるとおもったのだが、自分は感情が欠落しているといっていたので、あっさり捨てているかもしない。勝手にやっていることなので、リデルはそれでも構わないと思った。
◇◇◇
長いと思っていた冬も勉強や仕事、温泉のある快適な環境のおかげであっという間に終わった。
雪解けの時期になるとリデルのもとへ王都から一通の手紙が届いた。従兄のトルクから詫びの手紙だった。
――私がいない間に父母や妹が君に散々な仕打ちをしたと聞いた。つらい思いさせしまって申し訳ない。また君の結婚については、いま父母にどういった経緯でそうなったのかを問いただしている最中だ。
君からの知らせを聞き急ぎ実家に帰ってみれば、なぜか君の婚約者だったギルバートが妹と結婚することになったと聞いて驚いた。
家族の話をまとめるとギルバートが心変わりをして君との婚約を解消し、妹のイボンヌと結婚することになったという。いろいろと情報が錯綜していて私自身もまだ事実をつかみかねている。
そして我が家の資産状況を見ると私が留学した後、借金が膨らんでいた。それが君がウェラー侯爵家に嫁いだ直後に補填されている。君は北の将軍に家の借金のために嫁がされたのだね。
しかし、その後愚かな両親は再び散財し、借金を作っている。イボンヌの結婚問題もひと騒動あり、今もめている最中だ。落ち着きしだい君には正式に詫びたい。
そちらの領地は極寒の地にあると聞いている。ウェラー将軍は誉れ高い方だが、冷たい方といういう噂もきく、君がつらい思いをしていないとよいのだが――
従兄のトルクは苦労しているようだ。少し心配にもなるが、今のリデルにはどうすることもできないし、フリードリヒからは実家のことは構うなと言われている。それにあの家にはもうリデルの居場所はないので、彼女に出来ることは何もない。
結婚についてもめていると書かれているが、ギルバートとイボンヌの子供はどうなったのだろうか。そのことに関して何も触れていない。いったい、何がどうなっているのか。クルト自身も混乱しているようで、いまひとつ要領を得ない。
リデルは故郷への思いを打ち切り、手紙をしまうと執務を片付け始めた。
◇◇◇
領地に本格的な春が訪れリデルはフィーの工房を訪ねた。彼女は勤勉なようで見事な飾りがいくつも並べられていた。いずれも丁寧に作られたものだ。
「これほどの高品質のラピスラズリを扱ったのは初めてです」
緊張した面持ちで言う。彼女はこの冬で衣食住に恵まれ、やせぎすだった体もいくぶんふっくらとしていた。
「素晴らしい出来だわ。でもこれだけの量を一人で作るなんてそうとう根を詰めたんじゃない? あまり無理をしないでくださいね」
「とんでもないです! ここには怒鳴る親方や兄弟子もいないし、のびのび仕事が出来ました。私ほんとに細工の仕事が好きなんです」
そういってフィーが晴れやかに笑った。
リデルはフィーが作ったラピスラズリを使った銀のネックレスや耳飾りを領都の小売店に卸して売ってもらった。すべて地元でとれたものなので、輸送費がかからないぶん安くできる。王都の貴族や金持ちの商人ではなくとも手が届く値段だ。
最初はどきどきしながら売り上げを見ていたが、町の評判は上々で思いのほか収入が入ってきて驚いた。これならば、投資した分をすぐに取り戻せるだろう。近々利益も出そうだ。
これで領地に観光客を呼べたらと思うが、いかんせん宿が少なく街道も整備されていない。これでは金払いの良い金持ちや貴族は来ないだろう。
どのみちその件に関してはフリードリヒが帰ってきてから、お伺いを立てるしかない。今は領地の仕事を粛々とこなし、彼の無事を祈り帰還を待とう。
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