第4話

それから、二人はサロンで向かい合わせに距離を取って座った。侯爵はなぜか伯父夫妻や従姉の同席を断った。




 メイドが茶を淹れて出て行くとおもむろに口を開いた。


「君と婚約するうえでまず言っておきたいことがある」


「なんでしょうか」


 この人と相対すると緊張してしまう。侯爵はさきほどから無表情で感情がないのかと心配になる。それとも何か気に食わないことがあるのだろか? 




「私は君を愛せない。だから、君も私を愛そうと努力をしないでくれ」


 第一印象は最悪だ。




 彼の言葉には驚かされたが、それほどショックは受けなかった。資産があるのに24歳まで婚約者どころか女性の影もないとなると……。




 それにリデル自身ギルバートの裏切りから立ち直っていないので、誰かを愛するなどできないと考えていた。




 だがそれにしても、こういうことを初対面で正直に言うのはどうかと思う。あまりにも失礼だ。もう少しオブラートに包めないものだろうか。




「なぜ、そのようなことをおっしゃるのです?」


 恐れとなけなしのプライドと好奇心がいりまじり、震える声で尋ねる。この人の威圧感は苦手だ。




「君は婚約を解消したばかりで、婚約者に未だ心が残っていると聞いた」


 ぶしつけで失礼な人。




「はい」


 そのせいかすんなり肯定していた。




「ずっとその恋心をいただいていてもかまわない」


「はい?」


「お互いに干渉しあわない結婚が望ましい。これはいわば契約だ。いまからいう私の条件を聞き、証書を交わしてくれるのであれば、君の家の借財は肩代わりしよう」




 淡々と語るその顔には感情らしきものは全く浮かんでいない。本当に氷のように冷たい。先行きが思いやられるが、借財があるのでこの婚約は断れない。




「承知いたしました」


 リデルが了承すると侯爵はうなずいた。




「私は寝室に他人がいると眠れない。仕事ならば割り切れるが、自分のプライベートに他人を入れたくはないのだ。だから、君には敷地内の別邸を与える。私が本邸にいる時に用もなく入ってきてもらいたくない」


 つまり本邸にリデルを入れたくないということだ。




「それではまるで私が囲われている愛人のようですね」


 最初に感じた恐れより、怒りと疑問が大きくなる。何のための結婚なのだろう。しかし、侯爵の表情は微動だにしない。




「君のことは妻として丁重に扱う。屋敷にいる使用人たちは、私を理解してくれている。その者以外は近づけたくないのだ。だから、閨は別にしてほしい」


 いくら期待していなかったとはいえ、衝撃的だった。




「それは、私との間には跡取りの子を設けないということですか?」


「そうだ。この件に関しては君の名誉が傷つかないように全力で守るつもりだ。私はこの国の騎士でもあるから戦いの傷が原因で子ができないことにでもしよう。そして、適当な時期に親戚から養子を選ぶ。


 だから、この結婚が嫌ならば、破談にしてくれてかまわない。君には選ぶ権利がある。その代わり、不自由な生活はさせないつもりだ。新しい恋人を作ってもかまわない。もちろん大っぴらにしてもらっては困るし、その男との間に子が生まれてもウェラー家の人間として認めない」




 女として完全に否定された。自分に魅力がないことはギルバートからふられたことでもわかる。本当に求められていないのだと、心が冷えた。しかし、自分の血を残さないというのは貴族としてどうなのだろうか。




「そこまでして、どうして……」


 結婚しようと思うのか不思議だった。

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