エピローグ
ポーン、ポーン、ポーン………
真っ暗な海中に、無機質なソナー音が響く。
魚すら滅多に見つからぬ寒く暗い海を、その黒く巨大な鉄の塊は、我が物顔で進んでいる。
ここは、日本海の深海。
日本海といっても、日本の領海の外であり、法律も通用しなければ文句も言われない。
だから、ここを某国の原子力潜水艦が航行していようと、日本にとやかく言う事はできないのだ。
………まあ、普通に近隣諸国の領海は侵犯している上に、核ミサイルまで搭載しているので、明らかになればどっち道どこかしらから文句は言われるだろうが。
「航路は予定通り、時間も遅れはなし、全て予定通りです」
「ウム」
副長と思われる男性が、潜水艦の艦長と思われる初老の男性に報告する。
将来的に彼らも、この潜水艦も国家間の争いの為に使われるだろうという事は、この潜水艦のブリッジにいる全てのクルーが理解していた。
相手に外交のテーブルにつかせる為の抑止力ではあるものの、他国に脅しをかける為という事を考えると、ある意味では戦争の兵器と変わらない。
だが、現状の彼等の任務は、他国を攻撃する事でもなければ、核を撃ち込むぞと脅しをかける事でもない。
そもそも、今回の任務は非公式かつ極秘裏なミッションだ。
そんな目立つ事はしない。
「………ん?艦長、それは」
「ああ、こんな任務だと暇で仕方なくてね」
艦長らしき男性が持っているのは、モンスターの生態について記した本。
暇潰しに持ってきた本ではあるが、表紙はボロボロで、長年読み返しているのがよく解る。
副長らしき男性は、丁度彼が読んでいるページの記載に目がいった。
「魔王級生物、ですか………」
「ああ、魔力やモンスター達の故郷には、こんな恐ろしい存在がいるらしい」
魔王級生物。
それは、モンスターの生態系を紐解いてゆくと、その存在が浮かび上がってくる、異世界にいるという未確認のモンスターの一種。
ありとあらゆるモンスターの生態系の頂点に立つ、いわば「神」とも言うべき存在。
地球においては未だ未確認ではあるが、このまま魔力やモンスターが存在し続けた場合、収縮進化によっていずれ現れるとされている。
とはいっても、それは今より何億年も先の話であるが。
「この艦が性能通りなら、世界の勢力図は一瞬で塗り変わる………魔王級生物も、恐れるに足らずだよ」
そしてこの潜水艦はついこの間に某国がロールアウトしたばかりの、生まれたてホヤホヤの新兵器だ。
国家の秘密兵器として開発されただけはあり、装甲からネジ一本に至るまで、某国の持てる全ての技術が結集されている。
彼等の任務は、その新兵器がカタログスペック通りの性能かどうかを見極める為の、試運転だ。
なんて事はない、指定された航路を他国に見つからないよう泳いで、帰ってくるだけの簡単な任務だ。
仮に見つかったりすれば、世界のバランスが崩れる事になるだろうが、この艦に装備されたステルス機能ならどこの国にも見つかる事はない。
ましてや、国民が一流のくせに三流の政治家しか選べず、挙げ句の果てに
潜水艦のクルーは皆、そう考えていた。
どうせ、見つからない。
皆、無事に帰れると。
………だが、こうした楽観的な予測ほどよく外れるのが、よの常である。
「ソナーに反応!」
「何ッ!?」
クルーの一人が血相を変えて叫び、途端に艦内の空気が緊迫する。
まさか、見つかったか?と。
「距離、1200m!」
「早すぎる………避けられない!」
「接触します!」
因果応報、だとか。
天罰、だとか。
御天道様がみている、だとか。
そんな言葉で片付けようとは、とてもじゃないが思えない。
何故なら、彼等が出会った「それ」は、間違いなく「災厄」なのだから。
彼等にも、彼等の国にも、そして世界全てに対して等しく死と破壊をもたらす「災厄」。
暗く冷たい海の底で、力を蓄え続けた「それ」が、ついに目を覚まそうとしていた………。
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