第14話

やがて、疑惑の夜は終わり、真実の朝がくる。

真っ暗な空が紫色に染まり、海原から太陽が登り、海をオレンジ色に染める。



ネバーランドは、二体のスーパーロボットの戦いに巻き込まれた結果、そのほとんどのモニュメントやアトラクションが破壊されてしまった。

ホテルやお土産屋、そして入り口の入場門といった人が密集している場所が無事だったのが、せめてもの救いか。


そんな、瓦礫の山と化したネバーランドの中に蠢く、一つの小さな影があった。

モリタだ。



「私の………私のネバーランドが………夢の島が………!」



自身の築きあげたネバーランドを破壊され、意気消沈し狼狽えるモリタ。

生じた負債はどれほどなのか。

保険でカバーできるのか。

復興までどれ位の損失が。


そんな不安が頭の中を回転していたが、そんなモリタにトドメを刺すように追い討ちが襲いかかる。



「………なッ!?」



朝焼けの向こうから小さく聞こえてくる、ウゥーウゥ、ウゥーウゥというサイレンの音。

アトラクションやモニュメントが破壊された事によって見通しがよくなり、モリタはネバーランド向けて走ってくる数台のパトカーの存在を、遠くに見える赤い光で知った。


これだけの事件が起きたのだ、警察ぐらい来るだろう。

しかし、モリタには警察の目的がそれだけでない事が、なんとなく解った。



「まさか………ウォッカぁぁ………!!」



この時、モリタが浮かべた悪い予想は、その全てが当たっていた。


モリタの悪行は、配信と共に、怪盗ウォッカがネットにテトラグループの経営資料やデータを流した事で、白日の元に照らされる事となった。

劣悪な労働環境や、従業員への虐待同然の待遇。

そして、プリカに代表されるような違法行為の数々。


さらに言うと、怪盗ウォッカは同じ物をテレビ局の電波をジャックし、流していた。

日本ではネットのみで悪を処断できないと考えた故の行動であったが、これでモリタの悪行は日本の中枢であるテレビしか見ない老人達も知る所となった。


去り際に怪盗ウォッカが言った「おおよその目的は果たした」という言葉の意味。

モリタの命こそ無事だったが、それまでターゲットにしてきた権力者や金持ちのように、失脚させる事には成功したのだ。



「ま………まずい………早く逃げないと………!」



それが、法治国家たる日本では罪を重くする事にしか役立たないと知りながら、モリタは迫り来るパトカーから逃げようとする。

海の上に、逃げ場などないと言うのに。



「どこに行くんです?」

「な………!?」



ガツン、と、シルフィードの下先端が地面に突き刺さる。

ここから先には、行かせないと言わんばかりに。


そこに立っていたのは、僧侶アコライトの名が示す通りの白い装備テイカールックに身を包んだアズマの姿。

その表情からは、僅かであるが怒りを感じる事が可能だ。

怒りに歪む、という程ですら無いにしろ、確かな怒りを感じているのは見るに明らかである。



「き、貴様!どけ!どかんか!!」



自分の庭をここまで破壊した相手に、最早見せる見栄も建前もない。

モリタは普段従業員にやるように、声を荒げてわめき散らした。

もしここにいるのが、このネバーランドの従業員だったなら、恐怖で萎縮しただろう。



「………モリタさん、僕は、日本人の若者ですよ」



だが、ここにいるのはアキヤマ・アズマ。

テトラグループとは、コラボ動画以外接点のないほぼ第三者。

そして、モリタの悪行に対して、公平な立場から否定を突きつけられる人文学部。



「このまま大きくなれば、いずれあなたが利益の為にぐちゃぐちゃにした社会で、苦しみながら生きていく事になる人間です」

「ひぃ………っ!」



そして、怒りを燃やしているのはアズマだけではない。

瓦礫の山となったネバーランドから、モリタと同じ作業着を着て集まってくる、このネバーランドの従業員・作業員達。


自分達に生き地獄を味会わせ、踏みにじりながら甘い汁を吸い続けたモリタ。

その破滅が確定した今、もう生活に怯えて従う義理はないのだ。



「………逃がすと思いますか?あなたを」



無数の怒りの視線に身を焼かれながら、モリタは家事で焼け落ちるボロ屋のように崩れ落ちた。

ハリボテの夢の島ネバーランドで、甘い言葉に騙されてやってきた弱者を食い物にし続け、利益と妄想で醜く肥え太ったピーターパンの最後を、その当事者達と配信用ドローンが見届けた。






………………






森田泰造モリタ・タイゾウの逮捕が日本を騒がせるのは、その日の夕方のワイドショーからだが、既にネットではお祭り騒ぎが起きていた。


日本の暗部の一つであるブラック企業の元締めが捕まる様が生配信で報じられた事もあるが、結果的ではあるがそれに貢献したスカーレットとアズマのはみだしテイカーズに対しても、称賛の声が集まった。

特にアズマが、モリタに対して突きつけた一連の台詞が、日々労働に苦しめられてきた人々の心に深く突き刺さったらしく、あれだけ批判を浴びていたはみだしテイカーズは、今や英雄扱いであった。



「おーおー、ざまあないわね」



ほくそ笑むスカーレットの視線の先には、彼女の携帯電話スマートフォンに映った件の「スカーレット・ヘカテリーナを救いたい」という動画。


モリタとコラボしたスカーレットを批判する目的で上げられた動画であったが、スカーレット達の評価が逆転すると同時に、今度はこの動画が炎上する事となった。

おそらく、明日あたりには謝罪動画を上げる事になるだろう。


ざまあみろと思う一方で、ネット民の手のひら返しっぷりに複雑な気分にもなった。



「スカーレットさん!」



そんなスカーレットの元に、アズマが戻ってくる。

その手の中に抱き抱えられた、コーヒーの入った二つの紙カップと、包み紙に入った二つのハンバーガー。

従業員の人が、お礼として持たせてくれた、二人の朝食である。



「どうぞ!」

「ありがとう」



アズマから、自分のハンバーガーとコーヒーを受けとるスカーレット。

朝焼けに照らされて食べるハンバーガーは、作り置き品だった為に冷たかったが、あの張り付いたような笑顔の中で食べたネバーランドの軽食よりはずっと美味であった。



「結局、今回も怪盗ウォッカには逃げられて、私とウォッカの戦いはこれからも続く、と………はぁ」



モリタを警察に突きだし、はみだしテイカーズの人気と面子もなんとか守り抜いたが、それでも怪盗ウォッカに勝てなかったという事は、スカーレットにとっては遺恨の極みだ。

いつも、あと一歩の所まではいくのに、いつも、逃げられてしまうのだ。



「今度までに、ニクスバーンの変形マスターしないと………」

「………あっ!」



そんなスカーレットの呟きを聞いて、アズマはある事を思い出した。



「怪盗ウォッカって、僕のニクスバーンをコピーしちゃったんですよね!?」

「え、ええ」

「それって………大丈夫なんですか!?」



アズマの不安はごもっともだ。

一度コピーした以上、怪盗ウォッカがやろうと思えば、彼女はブラックニクスバーンを何時でも呼び出せる。

ニクスバーンの性能も驚異も知っているアズマからすれば、不安に思うのは当然だ。



「ええ、問題ないわ」

「即答!?」



しかし、スカーレットの返答はこれであった。

ノープログレム、すなわち問題なし。

しかも、即答。



「いい?たしかにウォッカは泥棒だけど、手に入れた力を悪用するような奴じゃないわ」

「そうなんですか?」

「そうよ、一番あいつと戦った私だから解るわ」



そうだ、怪盗ウォッカが力を振るう時は、あくまで悪党を成敗する為。

弱き立場の人々を救う為だ。

間違っても、私利私欲の為にブラックニクスバーンを暴れさせるような事はしないだろう。

それは、ライバルとして何度も刃を交えたスカーレットだから、言える事。



「………少なくとも、私達よりは立派に正義のヒーローやってるわよ、あいつ………」



対する、いくら称賛を浴びようと乳と尻と魔力で投げ銭を稼ぐ卑しい自分を恥じるように、スカーレットは吐き捨てる。

朝焼けが、瓦礫の山と化したネバーランドを照らし、今日もまた一日が始まろうとしていた………。

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