第102話 三十一歳 冬・待月中旬-6
昼食が終わったあとに、テルウェスト司祭から明日は教会を一時閉鎖して、全員で遊文館に行きますよ、と知らされた。
だが……全員、とはいっても、私達神務士三人は『移動の方陣』の目標を遊文館に置いていない。
外は歩ける状態ではないし、どうやって行くのだろう?
「大丈夫です。今回は『同行者登録』をしてありますからね。これなら、あなた達の魔力量でも、問題なく一緒に移動ができます」
あ、以前も市場で使ったものだ。
司祭様達は、私達を『同行者』としてなら移動していいというご許可をとってくださっていたのだ。
ただし、遊文館の建物の中ではなく、入口の前だが……充分だ。
聞くところによると遊文館の敷地内には、一切雪が積もっていないらしい。
一歩外に出た紫通りは腰くらいの高さまで雪が積もっているのだという。
「流石、タクトさんの【付与魔法】ですねぇ……」
アルフアス神官の仰有るには『範囲』を明確に指定するからこそできる、大変高度な【付与魔法】なのだという。
一等位魔法師というのは、そこ迄できなくてはいけないものなのか……
「いえいえ、タクトさんは……というか、セラフィエムス卿とタクトさんは、一般的な『一等位』とはまったく違う……ただそれ以上の等級がないからそう呼んでいるだけで、あのお二方は……そうですね、まさに『極冠位』とでも言いたいくらいの実力なのですよ」
アルフアス神官は苦笑いしながらそう仰有った。
な、なるほど……制定されていないからその等級というだけで、実力的には……皇国一位、と二位……といって過言ではない、ということのようだ。
「しかし、どうして全員で遊文館に?」
レトリノは嬉しくて堪らないという感じだが、やはり気になるのだろう。
だって、私達では神官の皆様のようにあそこで子供達に何かを教えることも、お手伝いすることもできないのだから。
「明日は、大変重要で今後の我々の指針となる『講義』が行われるのです。これが『大人』にまで公開されるのが、明日の初回のみなのですよ!」
テルウェスト司祭の真剣で重い声に、神官の方々も大きく頷き姿勢を正す。
そもそもは『シュリィイーレの子供達』だけがその講義を受けることが許されているらしく、初回のみどのようなことをどう学ぶかを親たちにも見て欲しいからと、公開されるようだ。
「ですから、その部屋に入ることができるのはシュリィイーレの子供達だけ。我々は外から見学させていただくのです」
「一体……どなたの、どのような講義なのでしょうか?」
シュレミスは、大貴族のどなたかか、聖神司祭様だと思っているのもしれない。
私も……そうだったら素晴らしいと思い、テルウェスト司祭の言葉を待った。
「講義をしてくださるのは……タクトさんです」
え?
確かに優秀な方だというのは解る。
だが、いくらなんでも、適性年齢にも達していない方が……何を『教える』と……
あ、もしかして、あの簡易方陣の書き方のようなことか!
あれならば、私もいくらでも習いたい!
あの裏庭での子供達のように、描きたいと思っている子達はきっと多いだろう。
えーと、確か『七角形』の書き方に使った、四角い紙……『折り紙』!
あれの作り方とかも、やるのだろうか。
いいなぁ、シュリィイーレの子供達は冬中退屈せずに、遊んでもらえるということだ。
でも……司祭様や神官の方々の『指針となる』……ほどなのだろうか?
方陣は魔法師ではないのだから、そんなに描くこともないしそもそも描けても弱い魔法なのだから『指針』とまでは……
いやいや、先入観で決めつけてはいけないんだった。
自分の常識の範囲で、はるかに優秀と解っている人を量れるわけがないのだ。
いったい、どんな講義になるのだろう。明日はどれくらいの子供達が来るのだろうなぁ。
翌日の朝食後、聖堂の掃除だけを終わらせ、私達は全員で遊文館に向かった。
こんなに早い時間から始めるのだろうかと驚いたが、どうやら違うらしい。
昼前はヒューエルテ神官が子供達に『算術』を教える時間が取られているから、それを一緒に受けてみてどう感じたか教えて欲しいといわれた。
「まあ、理解はできるのですよ。基本が解ってしまえば、計算はそんなに何度もやらなくてもできてしまいますしね……」
だけど、算術の楽しさをもっと解って欲しいのですよね……と溜息をつく。
私もアーメルサスにいた頃、算術は少しだけやったのだが確かにあまり沢山は必要ないのではと思った。
だがシュレミスが、ヒューエルテ神官その通りですよ、と大きく頷く。
「確かに算術というものは理解されにくい学問であろうかと思います。しかしっ! それは基本となる『計算力』が備わっていないからです! 算術を軽んじて計算を繰り返し行うことを億劫がる者達は、算術を『楽しむ』という『道』を自ら閉ざし、未来の可能性のひとつを潰している愚かな行為であると私は思いますっ!」
「おお……! 解ってくれるかい、シュレミス!」
「私は算術ほど、学問として面白いものはないと感じております」
ふたりが熱く算術について語り出してしまったが……正直、私とレトリノには……少し解りづらい感情だった。
でも、神々について学ぶことも、人によっては『そこまでしなくても』と思うことなのだから、きっと同じなのだろう。
それを『好き』な人達にとっては、最高の楽しい学問であるということだ。
楽しめるか楽しめないかは、計算力が高いか低いか、なのかもしれない。
どうやら……最近、子供達は算術に興味が全くないらしく、来る子が減っているのだそうだ。
それもあって、いつもの小部屋ではなく、書架の近くにある大人数で座れる大机でやることになった。
そして何人かの子供達と一緒に聞いた『算術』は……やはり、私とレトリノにはとんでもなく退屈なものだった。
残念ながら……これは私の『好き』には、なりそうもないなぁ。
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