第67話 三十一歳 秋・弦月中旬-6
夕食の咖哩を作る為に、食料庫に材料を取りに降りた。
もう、ひとりでもなんの恐怖もなく、地下に降りられるようになったことに自分でも驚いている。
……それでも、二十日ほどかかってしまってはいるのだが。
もう少ししたら、司書室で本を読んでいても平気になるかもしれない。
「おや、アトネスト。今日の咖哩は赤茄子ですね!」
野菜を持って厨房に上がると、ミオトレールス神官が顔をほころばせる。
ミオトレールス神官は、赤茄子が大好きなのだ。
「はい。見本で食べた赤茄子とイノブタの咖哩が、とても美味しかったので」
「そうですよね、あれは絶品です!」
野菜を水で洗っている時に、ふと、野菜の表面を見て『これは大丈夫』と感じた。
なんだろう……?
今までこんなことは思ったこともない。不思議に思った私は、作業台周りも見渡すとこの部屋のすべてに『大丈夫』という安心感が広がった。
「あの……ミオトレールス神官、食材や物品を眺めて……安心感を覚える、なんてことはあるのでしょうか?」
ミオトレールス神官は一瞬、なんのことだというような顔をなさったが、すぐにぱっと明るい表情になる。
「アトネスト、すぐに身分証を開いてご覧なさい!」
え、身分証?
「君は元々『毒物鑑定』を持っていましたよね? その段位が上がったのだと思いますよ!」
私は慌てて身分証を取りだして開く。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
名称 アトネスト/
年齢 31 男
在籍 ドォーレン
父
母
魔力 738
耐性魔法・第一位 俊敏魔法・第一位
水流魔法・第二位 強化魔法・第二位
【適性技能】
〈特位〉
計測技能 毒物鑑定
〈第一位〉
投擲技能 水性鑑定
〈第二位〉
体術技能 登攀技能
〈第三位〉
唱述技能 調味技能
裏書
聖神二位
ラーミカ教会許可 神従士第四位
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
特位になっている技能がふたつもある!
それに『調味技能』……!
魔力が二十、上がっている。
「凄いですよ、アトネスト! 緑属性の技能が特位になっていて、新しい技能も緑ですから、もしかしたら魔法も使えるようになるかもしれません」
「緑属性の、魔法……ですか?」
「それは解りませんけど、可能性はありそうです。魔力をもっと伸ばして、備えなくてはいけませんね!」
「はい!」
そして、新しい技能と鑑定を使うように意識しながら、簡易魔具の魔法を発動させるのですよ、と言われて改めて調理台に向き合う。
切った野菜を手に取ると、いつものように鍋に入れる量が解るが、塩や香辛料に触れた時に今まで感じたことがない『これでいい』という確信の分量を計ることができた。
きっとこれが『計測技能』と『調味技能』だ。
そしてそれを入れると、またふわりと『これは安全』という安堵感がある。
毒物ではない、と鑑定されたのだろう。
そして、調味が終わり、鍋に蓋をして一息ついた時にミオトレールス神官から魔具の魔力量を見てご覧と言われて驚いた。
初日には一品作るどころか、手伝うだけでも殆どなくなってしまっていた魔力が、今は一品すべて自分で作り上げたのに半分も減っていない。
「自分の技能の段位が上がり、新しい技能を獲得したことで魔法を効率よく使えるようになったのですよ」
「効率よく……こんなにも、技能で変わるのですね……」
「緑属性は、特に顕著だそうです。僕は自身があまり緑系がないので、実感はできていないのですけどね……」
賢神二位の加護なのに、どうしてでしょう……と、ミオトレールス神官は溜息をつく。
ミオトレールス神官は、どちらかというと赤属性が得意なのだと仰有る。
加護神だけで、すべてが決まる訳ではないのだな……
今日は、色々なことが沢山あり過ぎた。
咖哩を食べて、少し落ち着こう……考えなくてはいけないことが、沢山、ある。
なのに、考えても、どうにもならないことばかりに囚われている。
赤月の彼等は何が本当の目的なんだろう。それを全員が、ミレナは……知っていたのだろうか?
知らなければ身を投じるはずがないという気持ちと、知らないからこそ大胆なことができるのではないかと思う気持ちがある。
どうして、アーメルサスを救おうとしているはずの彼等が皇国で人さらいのような真似を?
その名前を利用されているだけで、全然別の組織なのではないか?
……違うのだとしたら、赤月を貶めたい誰か……首都の、連中だろうか。
どちらもアーメルサスなのに、なぜ他国を巻き込もうとするのだろう。
そんな中にいて……ミレナは疑問に思わないのか?
いや、まさか、彼女に……なにか……?
「アトネスト?」
「どうした、心配事でもあるのか?」
ミオトレールス神官とガルーレン神官がお気を遣ってくださる。
「何でもありません、いろいろあって……少し疲れてしまって」
そう言って、私は咖哩を食べきった。
美味しいと言っていただけた今日の咖哩だったのだが、殆ど味がしなかった。
ここで何を考えても何もできない。ただ、ミレナの無事を……祈るしかないのだ。
そして、彼女の『アーメルサスを救うため』という想いが、本物であって欲しいと願うしかないのだ。
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