第65話 三十一歳 秋・弦月中旬-4
衛兵たち三人が、私達を危険から遠ざけようとしてくれていたのだと思い至り、少しだけ安心した。
そして、私とレトリノ、シュレミスの三人は、衛兵ひとりと聖堂脇の小さな部屋に入りこのまま待っていてくれと言われた。
聞きたいことがあるのだろう……多分、私に。
あの男達のひとりから、まるで何かの取引のように物品を渡されたのだ。
関係があると疑われても仕方ないし、今、シュレミスとレトリノに睨まれているのも……当然だろう。
「ああ、君達、そんなに緊張しないでくれ」
衛兵が私達を刺激しないようにしてか、穏やかな口調で話しかけてくる。
口を開いたのは……レトリノだ。
「何故、私達だけがこの部屋に連れて来られたのでしょうか?」
「……あいつ等が、アトネストに話しかけたからですか?」
シュレミスもそう続ける。このふたりはきっと、私の巻き添えだろう。不快に思うのは、当たり前……
「アトネストは、何も関係ありません」
私の思考を遮ったのは、レトリノの強い声だった。
「こいつは確かに魔力も少ないし、魔法も正直役に立たないし、他国籍だ」
シュレミスも頷いている……
「だが、あのような不埒者と連む愚か者ではありません!」
「ほぅ?」
「そうですよ、僕も……それについては同意です。こいつのことは嫌いですが、こいつの今の判断は正しい」
「嫌いなのに正しいのかい?」
「正しさを、個人的感情で判断しないだけですよ。アトネストは人の顔を無遠慮にじっと見て話すし、何も考えずにポロッと自分のことも喋ってしまう。こんな間抜けで裏のない奴が、見るからに怪しげな奴等を使って何か画策できるとは思えませんからね」
「ふん、おまえは他国から来たから、自分も疑われたくなくてそう言っているのだろう! アトネストは、おまえのように回りくどく嫌味を言わぬ正直者なのだから関わるわけがないというだけだ」
「君こそ『他国からの者を庇う元従者家系の心が広い自分』というのを演出をしているだけだろうが。アトネストを味方に付けて、こき使いたいのか? アトネストが優しくて君に文句を言わないからといって、そのようなことはさせないからな!」
「ふむ、君達はなかなかよい友人関係のようだねぇ」
「「違いますっ!」」
私は、胸がつまって何も、言えなかった。
庇って、くれているのだ。
ふたりとも、こんな私を。
魔力が低くて、他国人で、無遠慮で気遣いができなくて間抜け……というのに。
それは彼等は私をちゃんと見て、ちゃんと受け止めてくれているということだ。
誰のどんな評価より、こんなにも嬉しい。
「……ありがとう、ふたり、とも」
絞り出すようにそう言うのが精一杯だった。
涙がこぼれそうで。泣いてしまったらこれからずっと、ふたりに泣き虫だと言われるのだろうなぁと心に中で少し……笑ってしまった。
「……勘違いをするなよ。僕は僕の感じたままをいっただけで、別に……」
「俺だってお、おまえと友人、だなどとは」
多分、泣いてしまっていた私を見てふたりがしどろもどろにそう言うと、衛兵がふたりの言葉を制止する。
「そういう気持ちを照れなどで誤魔化したり、心に反する言葉で嘘にしてはいけないよ」
ふたりは一瞬だけ顔を見合わせ、横を向く。
照れくさそうに。
そして、私とその衛兵の間に立ち、シュレミスが衛兵に向き合った。
レトリノは私が持ったままになっていた紙の袋をひったくり、衛兵に差し出す。
「この袋がなんだかは知りませんが、アトネストも、俺達も、この教会も何も関係ありません」
「そうですよ。テルウェスト司祭様の攻撃だって、タクト様とアトネストを護るためのものだ。咎められることではないはずです」
「君達……その袋、毒物だったらどうするの? そんな風に乱暴に扱ったら……」
衛兵の指摘に、私は勿論、ふたり共吃驚して身体をのけぞらせレトリノは掴んでいた手を開いて引っ込めてしまった。
落下する!
だが、その紙の袋は衛兵の手の中に収まった。
「ああ、ごめん、脅かしてしまって。毒じゃないことは解っているんだよ」
レトリノが衛兵を睨み、シュレミスが安堵したのか強ばらせていた身体を弛緩させた。自分達も驚いただろうに……ふたり共、私をその袋から遠ざけようと庇ってくれている。
「私達がそれを知っているか……反応をみようとなさったのですか?」
まだ、全員が疑われているのだろうか。衛兵は……面白そうに笑う。
「悪かったね。君達がまったくその袋を警戒していなかったので、ついからかってしまった」
私だけでなく、ふたりも呆けた表情になる。
衛兵は本当にまったく、意に介していないという顔だ。
「申し訳ないが、君達の魔力量ではこの国で何か悪だくみできると思えないし、某かの利があるとも思えない」
衛兵のその言葉に私達は既にこの町に入る時に、すべてを開示していることを思い出した。
ここは『直轄地』なのだ。町に入る者達の身分証は必ずすべて『国境並みに』鑑定、記録される。
衛兵隊は私達の何もかもが解っていて当たり前だったのだ。
……私はこの国に来た時に『密入国』だったから……そのことを失念していた。
滞在証をもらう時に、役所でも聞いたはずだったというのに。
「だからそんな君達が、あの男達の支配系魔法などにかかる方が厄介だったのでね」
「……!」
「し、支配系、あいつ等が、そんな魔法を……?」
「もしも持っていたら、だよ。並位の【従属魔法】だと、禁止される前の方陣が他国に出回っている可能性があるからね。君達、頭痛や目眩はないだろうね?」
なんとか頷いた私達に、衛兵も小さく頷く。
「支配系は魔力が千五百以下で【耐性魔法】が特位になっていなければ、ほぼ確実にかかってしまう。そうなった場合に、奴等が君達を『仲間』に仕立てて罪を逃れようとしないとも限らない。ま、たとえ君達に罪を着せようとも逃れられないんだがね」
私に視線を傾けた衛兵の言葉に、背筋が冷たくなった。
そうだ、私達は魔力が低い。その中でも、一番低いのは私だ。
「かけられていてもその魔法を無効にする手っ取り早い方法は、距離を取ることだったので早々に隔離させてもらった」
「で、でも、支配系というのは、かけられたら強制的に操られてしまうのでしょう?」
シュレミスの疑問と同じ事を私も考えていた。
レトリノもだろう。
だが、その衛兵はそれについては、近々発表があるから、と詳しくは教えてもらえなかった。
その時、扉が開いてさっきテルウェスト司祭を止めたリべェラーム様……とガイエスが言っていた衛兵が入ってきた。
すると部屋にいた衛兵は『彼等は大丈夫です』と伝え、リべェラーム様は頷く。
「ごめんねぇ、もう大丈夫だから」
そう言って、私に近づいてくる。
「あいつ等は、君がアーメルサス人だから近寄ってきたと思うんだ。アーメルサスの最近のこと……知っている範囲で教えて欲しいんだけど、いいかな?」
そしてレトリノとシュレミスが振り返ると、もうひとりの衛兵が部屋を出るように彼等を促す。
リべェラーム様はふたりに笑顔を向け、大丈夫、と彼等を部屋から出して扉を閉めた。
「座って、ゆっくり話そうか」
私は、頷くだけだった。
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