第56話 三十一歳 秋・弦月 五日-1
翌朝早く、司祭様からレーデルスの教会へ書簡を届けて欲しいと依頼があり、久し振りに『お使い』に出ることになった。
朝食を食べてから教会を出て、昼前にはレーデルスに着いた。
レーデルス教会で書簡を渡した後、次のシュリィイーレ行きの馬車まで少し時間ができてしまった。
まだ昼食には早いので、ここでも魔法師組合に行ってみることにした。
実は先日、方陣についてガルーレン神官に教えていただいた時に『方陣札』が魔法師でなくても普通に買えることに驚いたのだ。
そして、魔法を学ぶにはまずは方陣札で試してみてはどうだろうか、とミオトレールス神官にも言われたのだ。
魔力量が低くて、自分の魔法を一日に数度しか使えない程度では、鍛えることも学ぶことも難しい。
だが、方陣の
千年筆での筆記とあわせて無理なく、と言われていたので方陣札を買っておきたかったのだ。
シュリィイーレの魔法師組合で探そうとも思っているが、レーデルスでも見てみよう。
私は子供でも発動できるような、少ない魔力で使える方陣札がないだろうかと探した。
しかし、魔法師組合組合長に、少し残念そうな顔をされてしまった。
「うーん……そうだねぇ、皇国人だと、簡単な方陣で使えるような魔法は割と持っているから……札が作られていないんだよ」
「やはり、そうなのですか……」
「札としてはないけどね、方陣の登録はされているから……あんたが真似して書いてみたらどうだい?」
「わたしが、ですか?」
そしてもの凄く簡単な『灯火』と『採光』のふたつを教えていただけた。
これは最近登録されたもので、今まで使われていたどの方陣よりも簡素であるというのに、最も効率が良くて『使える』方陣なのだという。
「『使える』とは、どういうことなのでしょう?」
「灯火も採光も色々な修記者が方陣を登録しているんだけどね、中には複雑なのにもちが悪いとか面倒なほどの
魔法師であれば、自分が作ったり書き替えたりした方陣を組合に登録して、売ることができるのだという。
でも、魔法師でない者が方陣を描いても、魔力を溜めることができなかったり溜められても長持ちさせることができない。方陣札として成り立たせるには、魔力を留めておける処理が必要なのだ。
その『処理』は、魔法師であれば誰でも『解っている』ことで簡単に行えるのだという。
逆に言えば、それができる者が魔法師であり、できない者は魔法師ではない。
魔法師というのは『学ばずとも神を感じられる者達』であり、最も神々に近い存在なのかもしれない。
「方陣を描くのは初めてだろう? ちょっと描いてみてごらんよ」
組合長に促され、持っていた千年筆を取り出した。
すると組合長が『いいものを持っているじゃあないか』と破顔する。
「千年筆で描けば『線』にも『文字』にも、魔力が入っている。魔法師じゃなくても、綺麗に描ければ一回くらいは魔力が溜められる方陣になるよ」
「……! そうなのですか?」
「やってみて」
差し出された羊皮紙に『灯火の方陣』を描いてみた。
多分緊張しているのだろう、陣の形が少し歪む。
なんとか描ききり、ふぅ、と一息ついた。
そして方陣に触れて魔力を流す……
ぽっ
ほんの一瞬、小さい炎が灯った。
私が全く獲得できていない『火』の魔法が発動したのだ。
本当に燈火の種火のような、小さい灯火だったがそれは私の心に大きな光を与えた。
「これは……とても感動的です……!」
「ホントにねぇ、この千年筆ってのは、凄いものだよ。正しく方陣さえ描けたら、持っていない魔法でも誰でも使える。子供達の魔法の練習には、これほど良い魔具はなかなかないよ」
「私のように魔力が少なくとも、魔法が出せる方陣が描けるなんて思ってもおりませんでした」
「方陣は、魔力が少ない者のための魔法でもあるからね。しっかり練習して覚えたら、もっと長持ちするものが描けるようになるよ。頑張んな!」
「はいっ!」
これは、大変良い方陣を教えていただけた。
このような方陣を幾つか覚えれば、課務の仕事でもお役に立てることが増えるだろう。
今までは必要な魔法が使えずに、できないことも多かった。
皇国では日常生活でさえ魔法が使えなければ、アーメルサスなど比較にならないくらいかなり大変だ。
折角の研修で、できないことばかりでは申し訳ないから。
こんなに魔法を使ってみたいと思えたのは……初めてだ。
少し、楽しみだな。
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