アカツキは天光を待つ

磯風

天光を待つ

第1話 二十五歳 春-1

擲手てきしゅ


 二十五歳の成人の儀で、身分証に示されたその職業に視線が釘付けになった。

 それはただ、絶望の扉の重く軋むように開く音だけが、耳に届いた瞬間だった。


 *****


 教会から、家までの道をとぼとぼと歩く。

 つま先がなかなか持ち上がらず、乾いているはずの歩道に粘りがあるのではと思う程重く感じてすり足になる。

 春の日の彩りに満ちた景色が吹雪の中のように色を失い、やたらと肌が冷たく感じる。

 今この世界で、自分はたったひとり孤独に彷徨っているかのような錯覚に囚われる。


 黯然あんぜん銷魂しょうこんとしたまま、大通りの端を歩く。

 全ての望みが潰えたのだ。


 俺は、アトネスト。

 たった今、成人の儀を終えた。


 父はアーメルサス教国では五家系しかない神職であるカティーヤ家の傍流であり、充分な魔力量と技能、適性職さえあれば神官にもなれる一族だ。

 司祭・神官になれる家系は、アイクォフ、カティーヤ、リャシャウ、フォンナフ、シャフワトムの家系だけ。

 姓を名乗ることが許されているのも、この五家系だけである。


 長子だった俺は裕福な家庭で特に不自由なく、それなりに愛情をかけられて育った。

 ……五歳で初めての『神認かむとめ』が行われる迄は。

 その儀式は生まれて初めて加護神が示されるものだが、まだ確定ではない。

 なのに、その『仮』のはずの儀式で俺は両親から見放された。


 俺の加護神は、このアーメルサス教国では最も下位とされる『聖神二位』だった。


 主神が最高位なのは当然だが、主神の加護というのは大地くにに与えられるもので個人には出現しない。

 個人に授かる加護神で最高位は『賢神二位』であり、国を支える五司祭は必ずこの加護神でなくてはいけない。

 神官には『賢神一位』『聖神三位』の加護を持つものもなれるが『聖神一位』は神従職止まり。

『聖神二位』は……いずれも許されていない。


 つまり、五歳の時点で俺はカティーヤ一族に相応しくないとされたのだ。

 だがそれで虐待されたり、肉体的な暴力を受けたりなどはなかった。

 ……『憐れまれる』だけなのだ。


 抱きしめられることがなくなり、微笑みを向けられることがなくなり、言葉をかけられることは極端に少なくなった。

 食事を与えられ、衣服にも寝床にも不自由はなく、だが、かけられる言葉と向けられる視線は『可哀相に』という含みがあるものだけ。

 いつしか母の後を追わなくなり、父の言葉に期待することもなくなり、離れていった俺のことを気にかける家族はいなくなっていった。


 それでも身体を鍛え、勉学に励み、少しでも自分を高めていけば次の十歳の『神認かむとめ』では、加護神が変わっているかもしれないと頑張った。

 魔法と技能も努力さえすれば、きっと高位といわれる『黃魔法』『緑魔法』が手に入るかもしれない。


 九歳の誕生日の時に同じ母から生まれた第二子は魔力量が高く、父母を喜ばせた。

 十歳の時、期待した魔法も技能の手に入らず、青系の水魔法だけを獲得してまたしても周囲を落胆させた。


 俺の努力は……残念ながら全く報われなかった。

 勿論、加護神も変わることはなかった。

 体力と力だけが、少しばかり良かったくらいだ。


 しかし、まだ望みはあった。

 次の神認かむとめは十七歳。

 その時までには……と鍛錬に励んだ。

 もう、家の者達は誰も俺に話しかけなくなっていた。


 その二年後に妾腹から生まれた第三子は、生まれつきこの国では喜ばれる緑魔法を持って生まれた。

 俺は相変わらず、魔力、魔法、技能と何をとっても平均以下、ただ力だけが強かったがそんなもの神職では役に立たない。

 そして、十二の時にもうひとりの妾から生まれた妹には、緑魔法より上とされる黃魔法が宿っていた。

 ますます俺は、一族全体から『恥』とされた。


 無視されていた訳ではない。

 こちらから声をかければ、答えは返ってくる。

 だが、俺が黙っていれば名前を呼ばれることもなく、挨拶さえもされない。


 いつしか食事は部屋に籠もってひとりきりで食べるようになり、誰とも目を合わせないどころか誰かの姿さえ見ない日が続いた。

 弟妹達の笑い声が聞こえると、その光景はまるで別世界に思える程俺の知っている『家』とは違っていた。

 二番目の弟に小さい頃一度会っただけで、それ以外のふたりとは顔を合わせたことすらない。


 ……淋しさは、あった。

 だけど、それ以上にこの状況に屈したくないという思いが強かった。

 最後の神認かむとめも、やはり暗澹あんたんたる気持ちのまま終わった。


 最後の希望は『職業』だった。

 アーメルサスでは、加護神や魔力より『職』による身分の違いが明確だった。


 上から『司祭』『神官』『神従職』……ここまでが、神職と呼ばれるものだ。

 それから『法職』は魔法師、魔剣士など『魔』のつく場合は高位職である。

 その次に階位が上なのは『師職』で、剣技師、技巧師、鍛冶師などの上位職。

 次の『士職』は書士、技士、剣士などの普通職だが、たとえ『士』であっても『騎士』や『衛士』は上位職となる。

『兵』『工』『手』など『士』や『師』のつかない職が、下位職と呼ばれて一般市民達ですら神に愛されなかったと憐れみの目を向ける。


 二十五歳、成人の儀。

 それは『職』が、神々から示される儀式。


 俺に示されたのは『擲手てきしゅ』……技能も魔法も関係ない、ただ力のみの職。

 神職の家系でこのような下位職が出たのは、おそらく歴史上俺が初めてだろう。


 絶望以外、何があるというのだろうか。





 ********


 少々、暗めのやる気が見られないムカつくタイプの主人公かと思いますが、暫くはどうか……見守ってあげてください(^_^;)

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