71ページ目.なんとなく、クリスマス
阿舞野さんは応援してくれたファンに向けてお礼配信をするそうなので、オレも視聴した。
大勢のファンが予選突破を祝福している。
『みんなマジありがとー! いつも支えてくれて超感謝してる。決勝は相手の人も強くていつも無理ゲー、鬼モードなんだけど、でもやっぱりアタシ、夢を諦めたくないから、みんなもガチめで応援してね。それでさ、アタシの配信を一人でも多くの人に観てもらえるように、あちこちでメンションしてくれると超嬉しい!』
阿舞野さんのお礼も慣れたもので、堂々としていた。
いやが上にも、スマホの画面が盛り上がる。
いよいよクリスマスから決勝だ。
そのときこそオレのこの苦労が報われる時だ。
オレの貯めた小遣いとバイト代を合わせて阿舞野さんに全投入するつもり。
高校最後のイベントで絶対に彼女を優勝させる。
それがオレの夢でもある。
だけど、オレはその決勝が始まるクリスマスを、告白してくれた阿舞野さんじゃなく、何故かふわりちゃんと過ごすことになってしまった。
クリスマス当日、オレはクリスマスケーキ販売の臨時手伝いの仕事をした。
そのバイトが終わった後に会おうとふわりちゃんにSNSで伝えた。
バイトが終わる時間が少し遅れてしまい、オレは大急ぎで待ち合わせした駅の中央口へと向かう。
少し遅れることをふわりちゃんに伝えてはいるものの、やはり待たせてしまうのは気が引けるものだ。
駅に着くと、オレは辺りを見渡しふわりちゃんを探した。
えっと……、いた。
彼女は大きな柱のところに立ち、寄りかかっていた。
クリスマスらしい白いモコモコのボアジャケットを着ている。
「ごめん、待たせちゃって」
「いえ、わたしもさっき来たところですから」
たぶんけっこう待たせたと思う。
「とりあえず、どこかでお茶でも飲む?」
オレが提案するとふわりちゃんは「はい」と明るく頷いた。
それからオレ達は駅前すぐのカフェに二人で入った。
オレはホットココアを、ふわりちゃんはホットコーヒーを頼んだ。
「ふわりちゃんってコーヒーはブラックで飲むんだ?」
なんか意外に思ったオレは聞いた。
「はい。苦味が強い方がコーヒーを飲んでるって感じがして好きなんです」
ふわりちゃんは甘いものが好きじゃないかと勝手なイメージを持っていた。
人というのは複雑なものだから、自分が抱いたイメージとは違うことが多々あるものだ。
なんて、独り感心する。
「ところで今日、会おうと言ってくれたのはどういったご用件で?」
オレはふわりちゃんに尋ねる。
「あっ、あの、それなんですけど、今日クリスマスですよね……。なのでこれを先輩に……」
ふわりちゃんが鞄から赤い包装紙に包まれたものを取り出し、オレに渡してきた。
「これは?」
「その……、クリスマスプレゼントです……」
ふわりちゃんは恥ずかしいのか俯いてしまった。
「プレゼント!?」
オレに告白した阿舞野さんがくれるならともかく、ふわりちゃんがプレゼントをくれるなんて。
彼女はもしかして周りの男子全員にプレゼントを配ってるとか?
まるでサンタクロースだ。
「あ、ありがとう」
「ど、どういたしまして……」
「開けてみていい?」
「はい」
プレゼントの箱を開けると、そこにはカーキー色の手袋が入っていた。
「これを……くれるの?」
「先輩には漫画を描くから、手をいたわって欲しいので……」
おっとりと、そしてはっきりとふわりちゃんは言った。
そう言えば、ふわりちゃんが漫画部に入部してきたときは早口で聞き取りにくい話し方だった。
やっぱりあれは自信の無さの表れで、子供のときのトラウマを取り払い、自信をつけた彼女は変われたってことなのかな。
いや、そんな感慨に浸ってる場合じゃない。
ふわりちゃんのこの優しさ。
それに応えて、オレもクリスマスプレゼントのお返ししないと。
とは言え、いまのオレにはお金がない。
使える分はなるべく阿舞野さんへの投げ銭に使いたい。
これはジレンマだ。
「ありがとう、ふわりちゃん。とても嬉しいし、ありがたく使わせてもらうよ。ただ、プレゼントのお返しなんだけど、本当は今日中に買って渡したいんだけど、ちょっと急なことでオレ、いまお金がなくて……、だからお返しはちょっと待ってもらえないかな?」
なんとも情けない返答だ。
「別にお返しなんていいですよ。わたしがプレゼントを押しつけたようなものですし。先輩にはいつもお世話になっているので」
ふわりちゃんは両手を左右に振った。
うぅ、どこまでも優しい後輩。
でもやっぱり貰いっぱなしというわけにはいかない。
いつかは必ずお返しをしないとオレの気が済まない。
こりゃ、受験の当日もバイトしないといけないかもな。
それから店を出て、二人で漫画専門店『
ここなら彼女との共通の話題も多い。
「ここに来ると、わたしいつも時間が経つのを忘れちゃうんです」
ふわりちゃんが言った。
オレも同じだ。
だけどオレはいつの日か、店頭に自作の本を並べて、時間が経つのを忘れさせる側になりたい。
「そうだ『美少女同心アスカ事件帖』の新刊、今日発売だから買わなきゃいけなかったんです。ここに来れてちょうどよかった」
確かそれは以前、阿舞野さんの配信で話していたふわりちゃんの好きなアニメだ。
ふわりちゃんは新刊コーナーで目当ての漫画を一冊、手に取った。
……そうだ。
レジに並び、お金を払おうとするふわりちゃんの手をオレはそっと抑える。
そして自分の千円札を店員さんに渡した。
数百円の漫画なら今の予算でも買える。
ふわりちゃんの手袋の金額は全然及ばないけど。
まあ、とりあえずお返しの一部だけでも……。
オレに手を触れられたふわりちゃんは目を丸くしていた。
レジから離れたところでふわりちゃんに買った漫画を渡す。
「はい、これ。あの、とりあえずのプレゼント。残りの分は必ず今度するから」
オレは両手を合わせてふわりちゃんに謝る。
「いいえ、とんでもない。これはわたしが絶対欲しいものだから、他のものよりもプレゼントしてもらえてなにより嬉しいです! 大切に読みます!」
ふわりちゃんをオレに頭を下げて満面の笑みを見せた。
おお、どうやら本気で喜んでくれてるようだ。
やっぱりプレゼントは相手の欲しいものを渡してあげるのが一番かな。
二人でお店を出ると、時刻は夕方の4時を過ぎていた。
まずい、5時から阿舞野さんの決勝の第一回目の配信だ。
「あの、先輩、よかったら夕飯も一緒に食べて帰りませんか? うち門限ないので……」
ふわりちゃんは恥ずかしそうにオレに言った。
うっ!?
せっかくのお誘いだが、彼女と食事に行ったら、阿舞野さんの決勝配信を観られない。
阿舞野さんの配信は何がなんでも観てあげたい。
どうする??
オレは知恵を絞る。
そうだ!
ふわりちゃんと二人でファミレスで阿舞野さん配信を観るというのは?
……って、ふわりちゃんと食事に来てるのに、二人でスマホで配信をじっと眺めてるっていうのもどうなんだ??
それってなんか変だな。
「ごめん! 今日はちょっと帰らなくちゃいけなくて。また今度、食事に行こう。それもプレゼントのお返しとしてオレが奢るから!」
オレはまた手を合わせてふわりちゃんに謝った。
ふわりちゃんは一瞬、暗い顔をしたが、すぐに笑顔で「はい!」と言ってくれた。
よかった。
とはいうものの、何かと彼女に応えられず、後ろ髪を引かれて辛い。
それから二人でまた駅へと戻ってきた。
「ふわりちゃん、今日はありがとう。また今度残りのお返しするからね。じゃあ、お疲れさま」
ふわりちゃんに挨拶して去ろうとするオレを「あっ、あの!」と彼女が呼び止める。
オレが振り返ると、ふわりちゃんはなにやら言い淀んでいる様子。
「どうした?」
オレは聞く。
「あの、その……、えっと……、そう、阿舞野先輩、優勝できるといいですね」
やっぱりふわりちゃんも阿舞野さんのイベントのこと知ってたのか。
「優勝するさ。オレも協力して絶対優勝させる!」
オレはふわりちゃんを安心させるように言った。
ふわりちゃん微笑みながら地面に視線を落とすと、小さく頷いた。
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