60ページ目.抱きたい背中
「あれ、
ビックリしたオレは尋ねる。
「アタシ達、ライバー部の出番は終わり。今はチアリーディング部のダンスコーナーになってるから。後片付けの時間まで自由時間。ってか、ゆらっち、アタシのショー見に来てくれてたでしょ?」
観客席にいたオレに阿舞野さんは気づいていたようだ。
「まあ。ちょっとどんな感じなのか気になって……」
「あはっ、ありがと! だからアタシも漫画部の出し物が気になって見に来たんだけど。ゆらっち案内してよ!」
オレも案内してあげたいけど、いまは部員はオレひとりだ。
「先輩、交代の時間です」
ちょうどその時、後ろから声を掛けられた。
振り返ると、ふわりちゃんだった。
「あっ……」
阿舞野さんに気づいたふわりちゃんは小さく声を上げる。
「ふわりちゃん、やっほー!」
「阿舞野先輩、こんにちは」
ふわりちゃんはぺこりと頭を下げる。
「そっか、じゃあ、ふわりちゃん、オレの代わりをお願いしてもしていいかな……?」
「はい」
了承してくれたものの、何故かふわりちゃんは浮かない顔だ。
「ゆらっち、行こ!」
オレは阿舞野さんに腕を掴まれる。
「う、うん」
後はふわりちゃんに任せることにしたオレは、阿舞野さんに引っ張られてホラーノベルハウス内へと連れて行かれた。
「これって怖いんでしょ?」
「まあね」
でも自分達で作った出し物なので、先の展開を
知っているオレは怖くも何ともない。
「ゆらっち、離れないでよ……」
黒いカーテンで仕切られた薄暗い部屋の中を阿舞野さんと一緒に歩いていく。
ホラーノベルハウスのストーリー設定は、田舎にある病院でマッドドクターが死亡した人を実験に使いゾンビ化させるというもの。
「うわっ! マジ、この絵怖いんですけど!?」
阿舞野さんは一人で声を上げている。
まあ、絵を描いた側としては、見た人が怖がってくれてるってことは成功か。
「ぐわっ! 顔が超ただれてるし!」
「ひっ! 血が……血が……飛び散ってる!」
阿舞野さんはかなり怖がりのようだ。
オレの背中の後ろに隠れながら、押すようにして進んでいく。
「ゆ、ゆらっち、これ、急になんか飛び出てきて驚かすとかないよね??」
彼女は震えた声でオレに聞く。
オレは一瞬迷った後「……ないよ」と答えた。
ちょっと嘘をついてしまった。
もしかしたら部屋から出た後に、阿舞野さんに怒られるかもしれない。
いよいよ出口に差し掛かる。
ラストは倒したゾンビが実はまだ生きていて、後ろから冷たい手で襲われるというもの。
ラストの文章と絵を見た阿舞野さんは「えっ!? まだゾンビ生きてたんだ」と呟いた。
その次の瞬間、
「ギャー!」
凄い悲鳴を上げて、彼女はオレに後ろから背中に抱きついた。
その阿舞野さんの想定外の行動に、オレもつられて驚き飛び上がる。
上を見ると、吊り下げられたウエットティッシュの束があった。
ふわりちゃんが阿舞野さんの首筋にこれを落としたのだろう。
阿舞野さんと二人でその場でしゃがみ込む。
阿舞野さんは驚いてどうやら涙目のよう。
その時、黒いカーテンが開いて釣竿を持ったふわりちゃんが顔を覗かせた。
オレに阿舞野さんが抱きついている様子を見たふわりちゃんは、より一層、寂しそうな顔をしていた。
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