15ページ目.イニシエーション・キャラ

 月曜日の朝。


 昨夜「登校したらエントランスで待ち合わせ」と、阿舞野あぶのさんからメッセージが届いたので、オレは彼女が来るのを待つ。


 オレは約束通り、体操服を二着持ってきた。


 一つは自分用。もう一つは阿舞野さんが着る用。


 それを教室に入る前にこっそり阿舞野さんに渡すのだ。


 うちの高校はジャージには名前が入ってるけど、体操服には名前がない。


 だからもしジャージを阿舞野さんが脱いだとしても、オレの体操服を着ていることはバレないと思う。


 サイズがぶかぶかで周りの女子に変に思われるかもしれないけど。


「おっはよー、ゆらっち!」


 阿舞野さんがオレを見つけるなり、笑顔で声をかけてきた。


 そばに来るなり、彼女はオレの背中をバンバン叩く。


 オレはすぐに人目のつかない階段の踊り場へと彼女を誘い、素早く阿舞野さんに自分の体操服を渡す。


「きゃー、今日ゆらっちの体操服で授業出ちゃうんだ〜」


 何故か阿舞野さんはテンションが上がっているようだ。


「これ、自分で考えといて言うのも何だけど、そんなに楽しいかな?」


 オレは首を傾げる。


「他のクラスメイトが気付いてない秘密があるってだけで、ドキドキするじゃん?」


 体操服をバッグにしまいながら、阿舞野さんはあっさりと言う。


 つまり、オレと二人だけの秘密を行うのは、他人にバレないかどうかのスリルを楽しんでるってことか。


 人狼ゲームみたいな楽しみ方?


 オレの漫画は、彼女の退屈な日常を非日常にチェンジさせるアイテムなのかもしれない。


 ◇ ◇ ◇


 体育の時間。


 今日は体育館でバレーボールだった。


 阿舞野さんは赤いジャージを着ているので、その下の体操服は見えないけれど、約束通りなら今オレの体操服を着ているのだろう。


 阿舞野さんは運動神経が良い。


 だから体育の授業はアクティブだ。


 今日も他の誰よりも動き回っていた。


 翻って陰キャ漫画部のオレは、あまり動き回らない。


 比較的、省エネで時間をやり過ごす。


 だからあまり動かないオレは、今日は頻繁に女子の授業の方へ目をやっていた。


 阿舞野さんが気になるから。


 笑いながら元気にボールを追って動き回る阿舞野さん。


 ゴールデンウィーク前のこの時期は、すでに初夏の暑さを備えている。


 阿舞野さんが動くたび、オレの体操服が彼女の肌に触れ、汗が染み込んでいるのだろう。


 汗だけじゃなく、彼女が使う香水や制汗スプレーや元から持つ体臭とか、それらがオレの体操服に移ってゆく。


 時間とともにオレの体操服が彼女に染まってゆく。


 そのことに気づいたオレは彼女から目が離せなくなっていた。


 自分が作ったキャラクターの気持ち、今日の体育のおかげで、作者自身ようやくわかった気がする。


 ◇ ◇ ◇


 その日の放課後。


 手招きする阿舞野さんに導かれ、人気の無いところで、体操服を返してもらった。


「大丈夫って思っていても、やっぱり周りの子に男子の体操服着てることバレないかって、ちょっとドキドキしてヤバかったよ」


 そう言って、オレに貸した体操服を渡す阿舞野さん。


 受け取った体操服は、手触りも普段と何も変わりない。


 でもこいつは、今日阿舞野さんが着てバレーボールをしていた体操服なのだ。


「ありがとう。漫画の参考になるよ」


 オレはお礼を言う。


「参考になったならいいけど、家に帰って匂い嗅いだりしないでよ〜?」


 阿舞野さんが怪しげな笑みを浮かべて、オレを肘で小突く。


「そ、そんなことしないよっ!」


 オレは咄嗟に否定する。


 と否定したものの、本当にしないよな……? オレ。


 体操服を手にしたら、授業中の阿舞野さんの様子が目に蘇ってきて、自分でも自信が無くなってきた。

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