8ページ目.吾輩の家である

 女子を家の中に入れるなんて初めてだ。


 阿舞野あぶのさんと一緒に歩く帰り道、なにか見られてまずいものはなかったか、今朝起きた時の部屋の様子を必死に思い出す。


 どんな感じだったか、はっきりとは思い出せない。


 ふだん見慣れている風景は、意外と細かいところまで覚えてないものなんだなと、我ながら感心してしまった。


 脳の半分は阿舞野さんの話を聞き、もう半分は部屋の様子を思い出してるうちに、家に着いてしまった。


「ここ」


 オレは自宅を指さす。


「へぇ、一戸建てかぁ。うらやましい」


 阿舞野さんはオレの家を見上げて言った。


「そう?」


 オレは訊く。


「アタシの家さぁ、マンションだから、二階とかないんだよねー。歌やダンスの練習も周りのお家に気を使わなきゃいけないしさー」


 なるほど、阿舞野さんのようなアクティブな人にはうちみたいな家の方がいいかも、と納得した。


 オレなんて無言で絵を描いてるか、ネット見てるかだから、マンション暮らしでも問題ない気がする。


「ただいま」


 家の鍵を開けて中へと阿舞野さんを誘う。


「おふぁえりー」


 母さんがだらしなくあくびをしながら、玄関に出てきた。


「お邪魔します、お母さま」


 阿舞野さんが笑顔で、丁寧に頭を下げる。


 女子の声にびっくりしたのか、母さんの眠そうな目が丸く見開いた。


「あ、あら、いらっしゃい! えっと、どちらさま? あ、もしかしてみことのお友達? まあ、意外と礼儀正しい方!」


 母さんは陰キャのオレが女子を連れてきたことで、パニクっているようだ。


 しかし意外と礼儀正しいは阿舞野さんに失礼だろう。


 ギャルの外見をしてる阿舞野さんのイメージから、つい思わず言っちゃったんだろうけど。


「まあまあ、汚い家ですが、どうぞどうぞ」


 しどろもどろの母さんに促され「失礼しまーす」と阿舞野さんは靴を脱いだ。


 オレは母さんといるのが恥ずかしくなったので、さっさと二階の自分の部屋へ彼女を案内することにした。


「あ、意外と殺風景!」


 オレの部屋を見た彼女の第一声。


「そうかな?」


 阿舞野さんはもっと漫画のコミックやポスターが多い部屋を想像していたのかな。


「へぇ、きちんと片付いてるじゃん! アタシの部屋より綺麗」


 阿舞野さんはオレの部屋を見回す。


 他人に自分の部屋を紹介するのって、すごくドキドキするものなんだな。


 自分の部屋にいるのに、オレはリラックスできず、緊張しっぱなしである。


 むしろ、さっそくオレのベッドに腰掛けてる阿舞野さんの方がリラックスしてそう。


 なんだか落ち着かないので、早く阿舞野さんに絵の描き方を教えようと、オレは小さなテーブルや、その他必要な物の準備を始めた。

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