第32話
屍人を誘き寄せる、という目的を果たし真冬の下まで戻る僕ことナイ。
「真冬! すぐ、ここから離れるぞ!」
「え、ええ!」
真冬の手を引いてその場から離れ迂回しながら、真冬の望みでもある大樹の下へ駆ける。
大樹が見えてきた! この辺りの道なら分かるのが幸いだ。
一度だけ、大樹の下へ辿り着いたことがある。その際に、道順を覚えておいて助かったな。屍人も、囮作戦が上手くいったのか群れに出くわすことがなく進めている。このまま屍人に出くわすことがなければいいんだが。
「ナイ! 後ろから屍人が数体、追ってきているわ!」
「ちっ! やはりそう運よくはいかないか!」
真冬の言葉に背後を振り返れば、囮作戦に乗らなかった屍人が五体、僕らを追いかけてきているのを捉える。
『アアアアアアウウウウウウウウッ』
『アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ』
くそっ! 追ってきている屍人共、足が速いじゃないか! このままだと追いつかれる!
両腕を左右前後に振り回し走る屍人共。その速度は僕らより速く、開いていた距離が確実に縮み逃げ切れる保証がないっ。
「真冬! 鞭を貸せ!」
「ナイ⁉ どうするつもり⁉」
「決まっているだろ! ここで僕が足止めをする。真冬は、そのまま振り返らず走れ! 大樹までは一本道だ! 行けっ!」
ここまで来て、屍人に喰われて死にました、なんていう結末はごめんだ! なんとしても、真冬を大樹まで行かせる! そのために、僕があの屍人共を相手にする!
「嫌よ! ナイも一緒じゃなければ意味がないわ!」
「はあっ⁉」
こんな時に何を言っている! 二人一緒にいたら追いつかれて喰われるだけだろ⁉
「バカなこと言うな! お前が行かないでどうする! いいから早く行け! 大樹までの案内はここで終わりだ!」
「だったら、追加依頼よ!」
「なっ⁉」
「私と一緒に大樹まで来なさいっ!」
坂道で、立ち止まり距離を詰める屍人を目の前にそんなやり取りをする僕と真冬。
こんなことをしている場合じゃないってことは分かっているだろうに!
その間にも屍人は向かってきているんだぞ!
くそっ、こうなれば真冬をここに置いて僕が自ら屍人に突っ込むしかない!
真冬から視線を外し屍人共を睨み数歩踏み出す。
「ナイ! 私も……」
「バカ言ってんじゃねぇ! わがままを――」
言うな、そう怒鳴ろうと振り返った僕の視界に映るそれを見て言葉が止まった。
真冬の背後から、どこから現れたのか分からない屍人が二体、掴もうと手を伸ばしている。何もかもがスローモーションに映る光景に僕の判断が遅れた。
真冬から離れた分の距離、判断が遅れたことで間に合わない。必死に手を伸ばし、真冬に駆け寄りたいのに脚は鉛のように重くて、屍人の方がゆっくり動く光景の中でも早い。
頭の中に、最悪な結末が過ぎった。
真冬も背後に迫る気配に気づき振り返る。眼前に迫る屍人の存在に固まり、動けなくなる真冬に僕は……。
――ダメ! 消えないで! 死なないで! 生きて、真冬ちゃん!
幼少の自分自身が、僕の中で叫ぶ。
どうすればいいのかという考えなんて出てくるわけもなく口から発した言葉は、
「――クロ、アカ! たらふく肉を食わしてやるから真冬を護れ!!」
……だった。
『オオオンッ!』
『ガウッ!』
その叫びに、獣たちは嬉々として姿を現し真冬に向かって手を伸ばす屍人を左右から頭に噛みつく。そして、クロとアカは頭を左右に激しく振り乱し壁に目がけ投げ飛ばした。
「えっ………………」
その光景に言葉をなくし立つ竦む真冬。
「真冬!」
ようやく視界がスローモーションから抜け出し、真冬に駆け寄り腰に手を回して抱き上げ走る。
「えっ? ちょっ、ナイ⁉」
まだ終わりじゃない! 背後にも屍人はいる! この場で立ち止まっている場合じゃない!
「喋るな! 舌を噛むぞ!」
真冬にそう言い、背後に視線を配らせる。
まだ追ってきているな。
「クロ、アカ! 後ろの屍人共も殺せ!」
『グウウッ……』
『ガウガウッ……』
肉の追加がないとヤダって……。
――あー、はいはい! 分かった分かった! お前たちの好きな焼肉も用意してやるから今だけは素直に命令を聞いてくれ!
『ウウウゥォォオオオオオオオンンンンッ!』
『アアアァォォオオオオオオオンンンンッ!』
現金な奴らめ! 嬉しそうに咆哮まで上げやがって!
だが、これでここにいる屍人は片づく。
そばにいたクロとアカは、僕の言葉にやる気を起こし背後から未だに襲いかかる屍人を殺しに胴体が伸びた。口を開け、屍人の肩や脇腹に牙を立て地面や壁に叩きつける。残りの三体のうち二体は脚に噛みつき電柱に串刺し、最後の一体は宙へ舞い上げ空中で腕や脚をもぎ取る。
地面に夥しい血がこぼれていく音が聞こえるが振りからない。きっと、臓物も地面に落ちていっているだろうし……。
真冬を抱き上げ走らずともいいのでは、と思ったがまたどこからか屍人が現われても困る。そう思い、息も上がり苦しい中でも走り続けた。
坂道になっている一本道を駆け上がり遂に大樹の下まで辿り着く。
大樹の木の幹に真冬を下ろし、膝から崩れ落ちる。
「はあっ……はあっ……はあっ……。ごほっ、げほっ……。すっー、はっー……」
咳き込み、なんとか息を吸い込む。
や、やっと着いた……。ひ、人一人を抱き上げ、は、走るのきついぞ……。
大樹の周囲は何故か屍人が近寄らず静かだった。
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