大樹の下で真実を
第28話
東三番街の風景は、崩壊した住宅街に苔や蔓の他にも草木にまみれた廃墟の街。樹木が生い茂り、地面から幹が這い出て足場も悪く不安定な道の箇所が多い。
真冬の手を引きながら慎重に進む。
五感を研ぎ澄ませ、足音や呻き声を聞き逃さないよう耳を立てる。曲がり角で出くわすことも想定しながら歩くため進歩は遅くなるが。
街に入って三分でさっそく事が起きた。
「ナイ……」
「数が多いな……」
前方、距離はおよそ一キロくらいか。視認できる数は五十を越えている。その群れがこちらに向かって歩いてきている。
あの数を相手にはできない。
「真冬、こっちだ!」
真冬の手を引っ張り、三階建ての一軒家に入る。玄関を静かに閉め、鍵もかける。そのまま三階へと上がり一室へ。窓ガラスが割れ、ボロボロであちこち穴が空いたカーテンを頭に被り少しだけ顔を出して外を見る。
「ナイ?」
「しっ! 声を出すな」
「…………」
人差し指を立て小声で真冬に言うと何度も頷く。
外には屍人の群れがぞろぞろと、僕らが隠れる家の前を歩いて行く。足を引き摺る足音、中には手に鉄パイプを持ち地面を引き摺る屍人、布を握りしめる屍人、どこから得たのか分からない人の腕を喰いながら歩く屍人、歯を鳴らし口から涎を垂らす。
そんな屍人が五十以上。
真冬も僕と同じように、かがみ込み窓から外を伺うと「ひっ……⁉」と小さな悲鳴を出し咄嗟に手で覆うと共に顔を真っ青にする。軍隊ほどの数の屍人を見たことのない真冬から見れば行列を作り、目の前に恐怖と死を撒き散らすそれに対してそういう反応になるわな。
通り過ぎるのを息を殺して待っていると、屍人の一体が急に首を僕らがいる部屋の方へ向けた。
「「――――っ⁉」」
僕と真冬、あまりの予想外なことに窓から顔を離しその場にへたり込む。
なっ……⁉ い、今……こっちを向いた⁉ ま、まさか見つかったのか⁉ カーテンで頭を覆い隠して、少し顔を覗かせていただけだぞ⁉ それだけで気づいたとでもいうのか⁉
目玉が飛び出しそうなほど開かれ血走った目が! 首が折れるのではと思うほど勢いよく九十度に曲げてこちらへ振りむいたぞ!
心臓が早鐘を打ち、全身に冷や汗と血が駆け巡る。
どうする? もう一度、覗いてみるか? いや、危険すぎる。このまま――。
『アアアアッ、ハハッ、アッハッアハッ、アアアアアアアアッ』
不気味な声というより笑い声が木霊する。
その瞬間に、この家の玄関に押し寄せる屍人の群れ。
「ナイ⁉」
「くそったれ! 気づかれた!」
ドンドンッ! と玄関の扉を叩く音、いくつもの呻き声が下で響く。
立ち上がり、真冬の手を取ったと同時に聞きたくもない音が家中に鳴り響く。
バーンッ! ドドドッ! という扉がぶち破られた音と共に、階段を駆け上がってくる足音が一斉に。
「ナイ……!」
「くそが!」
部屋の扉を押さえる物を探して塞ぐ、などという思考は押し寄せる屍人の恐怖にかき消え、真冬を連れてベランダに出る。
「ナイ⁉ ここからどうするの⁉」
「真冬、僕に掴まれ!」
「えっ⁉」
「早く!」
真冬に向かって手を広げる。真冬も、すぐそこまで押し寄せてくる屍人の足音と声に考える暇もなく僕に抱きつく。腰を抱き寄せかかえ上げると、全身に力を込めベランダの壁が壊れ飛び超える物がない箇所から、隣の家の屋根へ飛び移る態勢を取る。
「――っ!」
「えっ、ナ、ナイ⁉ もしかして――ひっ、きゃぁあああああああああああああっ!」
僕がしようとすることに気づき怖がり叫ぶ真冬を抱きしめたまま飛ぶ。
その背後から、屍人たちが扉を押し開け流れ込んでくる音が聞こえた。
真冬は僕の首に腕を回ししがみつく。浮遊感、内臓がキュッと締まる感覚、僕の視界は屋根を捉え真冬を落とさないよう強く抱きしめ着地。
「……いっ!」
足から全身に伝わる着地の衝撃。体勢を崩すことはなくそのまま走る。
「ううっ……。ジェットコースターに乗った気分だわ……」
涙声の真冬。
仕方がないだろ! あんな数の屍人を相手にできるわけないんだから!
「ジェットコースターの気分を味わうのと、屍人に襲われるの、どっちがよかった⁉」
走りながら問えば、即答で返ってくる。
「ジェットコースターの方がずっとマシよ!」
「なら、我慢しろ! それより、追ってきているか分かるか?」
屋根から屋根へと飛び越え移動する。背後を見る余裕はなく、抱きかかえ背後を確認できる真冬に訊く。
風に靡く髪を押さえ答える。
「来てるわ! ベランダから雪崩のように落ちて、それで倒れてくれれば良かったのだけど……。そう上手くいくわけもないわね。倒れ込む屍人がクッションになって無事な屍人の群れが押し寄せてきてる!」
「そうか!」
くそっ! やり過ごせると思ったのに……! このままだと死の鬼ごっこになる!
身を隠そうにも、屍人たちの視界から消えなければどこに行っても同じだ!
「ナイ。あの獣たちは使わないのかしら?」
「クロとアカはそんな便利なものじゃない! 空腹でなければ呼んでも意味はないし、命令も聞きやしない!」
それに、クロとアカ自身が殺したい喰いたいと思わない限り出てこない。意志があるからこそ、全てのことに言うことを聞かせるこはできない。
「条件つき、ということなのね……」
「ああ、そうだ」
屋根を走るが、一軒家が次で終わり地面に降りる。
東三番街の地図が頭に入っているわけじゃないせいで、どこに何があって、どう逃げればいいのか分からない。が、ここで立ち止まるわけにもいかず右手の曲がり角を曲がり走る。
だが、その選択が余計に僕らを窮地に陥る。
「なっ⁉ 冗談だろ!」
「な、なに? どうしたのナ……」
真冬も言葉が止まった。
くそっ! まさかその先が行き止まりだったとは!
「ナイ……。どうするの……?」
震える声で僕に問うが、僕は何も答えられない。
曲がって進んだ先が行き止まりなど、こんな余裕のない時に考える暇もなかったがこれは僕の失態だ……。
前に進み道はなく後ろは屍人の群れに挟まれる格好になった僕らだった。
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