第6話

 ……んっ。


「……今、何時だ?」


 壁掛け時計を見れば深夜の二時……。


「喉、渇いた……」


 冷蔵庫から水を取り出し半分ほど一気飲み。


 ……真冬は眠れているだろうか?

 何故か、彼女のことが気になった。右も左も分からない街、慣れないことも多いだろうこの街での過ごし方、いくら僕が何もしないといえど不安がないとは思えない。

 足音を消して二階の自室へ。そっと扉を開け中の様子を伺う。


「……ううぅっ」

「……?」

「……ぐすんっ」

「…………」

「……ひっく」


 これは、すすり泣き? 真冬、泣いてるのか?

 静かに近寄る。横を向き布団を抱きしめながら涙を流す真冬。眠りながら泣いていた。

 ……枕が濡れてる。


「……かげ……」

「――っ!」


 唐突に口にした名前に驚き固まる。

 び、びっくりした……。今、名前を呼んだのか? 景、って真冬が会いたがっている人。


「……景」

「…………」


 何度もその名を呼び泣き続ける。

 これ、どうすればいい? 頭を撫でた方がいいのか? それとも、なにか声をかけた方がいいのだろうか?

 いざ、誰かが泣いている場面に遭遇するとどうすればいいのか分からないっ……。


「……会いたい」

「…………」


 手を伸ばし頭を撫でてみる。とりあえず、泣かないでくれと思いを込めて。すると、すすり泣きが徐々に止まり寝息を立てる。

 涙を拭い、顔を近づける。


「死ぬなんて許さない。生きろ、真冬」


 真冬を見つめ、そんなことを言う。僕が言う筋合いなんてないし、ここまでする真冬のことを知らないのに勝手なことを言うなと怒られるかもしれない。

 それでも、僕は死んでほしくない、生きてほしいと思った。


「……さて、とっ⁉」


 泣き止んだ真冬から離れ、部屋を出ていこうとする僕の腕を掴まれる感覚に体勢を崩しベッドに倒れ込む。


「な、なんだ……って⁉」


 目の前に真冬の顔が間近に……! おいおい、なにしてるんだよ!


「おい、離せ! 真冬!」


 僕に抱きつき、布団の中へ連れ込まれる。左手で、肩を揺らし起こそうと試みるが真冬は寝息を立て起きない。


「うそだろ……」


 頼むから、起きてくれ! お願いだから、真冬!

 くそうっ! 引き剥がせない! ええい! 足まで絡めてくるな! こ、これじゃあ身動きが取れなくなる……!


「ま、真冬! おい、起きろ! まふ――んぶっ⁉」

「んっ、んんっー」


 ま、待て待てっ! 頭を抱き寄せたら顔に、頬に豊満な胸の弾力が当たって……! あっ、柔らかくて温かいしなんかいい香りがして……。

 ……って、そうじゃない! 包まれる感覚が良いとか同じシャンプーを使っているはずなのにどうしてこんなに香りが違うんだ? とか抱きしめられてラッキーだし、頭がクラクラして変な気分になんか考えてる場合じゃない!


「……ま、まふゆ、はなしてくれ……」


 い、息ができないっ……。これ、顔を埋められて呼吸がっ……。

 か、顔だけでも、谷間から離れられたらっ……。


「……っ。ぷはぁっ……」


 し、死ぬかと思った……。なんとか、顔だけは離れられたが……。まさか、背中に手を回されるわ、足は絡められて動けないわ。

 このまま、夜を過ごす羽目に……。


「なにも考えないようにしよう。僕は抱き枕、抱き枕の役割を果たすだけ……」


 呪文のように言い続け眠りにつく。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る