淑女教育その三

 

 コクッ。


「……完璧です」


「はい!」


 紅茶の淹れ方は満点をいただきました。

 良かったです。


「バーバラ嬢は誰に紅茶の淹れ方を教わったのですか?ここまで完璧な『ゴールデン・ティー』は久方ぶりです」


 えっへん!

 私、お茶の淹れ方には少々自信があるんです!


「お褒め頂きありがとうございます。基礎はお母様から習ったのですが殆ど自己流です!」


「……じこりゅう?」


「はい!ミレニウス先生に認めてもらえる味で嬉しいですわ!」


「そうですか……」


「先生?」


 思案されるミレニウス先生。先ほどまでは朗らかに紅茶を飲んでいましたのに……どうしたのでしょう?


「バーバラ嬢、なにかコツのようなものはありますか?」


「コツですか?」


「えぇ、自己流と言いますがとても偶然に出来たものとは思えません。計算し尽くされたかのような淹れ方です」


 流石、ミレニウス先生です。

 そこまで評価してくださるとは!


「実を言いますと……どうしても美味しい紅茶を飲みたいと願ってやまなかったものですから個人的に淹れ方の研究を始めたのです。これはその成果ですわ!」


「研究ですか?」


「はい!私一人だけではなく屋敷の皆にも手伝ってもらいました。お陰で、今ではこのように美味しいお茶を淹れることが出来るようになりましたわ!勿論、屋敷の者ならば殆どの者達が『ゴールデン・ティー』を淹れることが出来るのです!」


 何とも言い難い表情のミレニウス先生。

 はっ!

 これは『ゴールデン・ティー』の解説をせよ、と言うことですね!

 お任せください!




「私が編み出した『ゴールデン』には幾つかのルールがございまして、そのポイントさえ押さえておけば決して難しい事ではありません。

 まず第一に、ポットとカップをあらかじめ湯通しして温めておきます。

 第二に、人数分の茶葉を温めたポットに入れます。一杯分の茶葉の量は2.5g~3gまでが一番ベストな目安であることは実験結果で分かっております。勿論、茶葉にもよりますので多少のズレはありますのでそこは御了承ください。細やかな茶葉の場合はティースプーンを中盛り一杯に、大きめの茶葉の場合は大盛り一杯にするとベストですわ。

 第三に、沸騰したお湯を注いでフタを致します。湯の量は……そうですね、一杯当たり150ml~160mlが丁度いいですわ。

 第四に、茶葉をしっかり蒸らしておきます。ここでのポイントはやはり茶葉の大きさでしょう。茶葉の大きさによって蒸らす時間が異なりますので、そのあたりは特に注意が必要ですわ。蒸らし時間ですが、細かい茶葉では2分半~3分、大きな茶葉は3~4分がベストな目安です。

 第五に、スプーンでポットの中をひとかきいたします。そして仕上げが、茶こしでこしながらお茶の濃さが均一になるよう注意しながら最後の一滴までカップに注ぐことが重要なのです」



 ふっ~~~~~~。

 要点だけ絞って伝えるのは中々難しいですね。



「バーバラ嬢は最後の一滴まで残さずに淹れるのですか?」


 ミレニウス先生は目を丸くして驚かれていますが、流石というべきでしょう。表情は一切変わりません。目だけで驚きを表現できる、これが淑女の驚きなのですね。


「はい。本来は最後の一杯分は捨てるのが当たり前とされていますが最後の一滴まで注ぐ事でより深みが増すのが分かったんです」


「そうですか。作法通りという訳ではないのですね」


「はい。作法以上に美味しいお茶を入れることが出来ます」


「そうですね。本当に美味しいですよ」


 お気に召していただいて良かったです。

 ミレニウス先生の目元は緩やかになり、紅茶を飲み干した後は何故か私を真っすぐと見つめると、何かを決意した表情になりました。


「バーバラ嬢、これは素晴らしい発見です。いいえ、貴女の研究成果といった方が正しいでしょう。今の『ゴールデン』の作法では最後の一杯は“出涸らし”といわれ捨て去ることが基本です。ですが、バーバラ嬢の入れた紅茶は他とは違い、まろやかでいて奥深い味を出しています。どうでしょう、これを世に広めてみませんか?」


「広めるとはどういう事でしょう?」


「今ある作法を辞めて、バーバラ嬢の入れ方を新たな主流とするのです」


 な、なにやら……とんでもない事態になってきました。


「そんな大それたこと出来るのでしょうか?」


「それはやってみなければ分かりません。ですが、勝算は十分あると思いますよ。勿論、最初は非難されるでしょうけれどバーバラ嬢に覚悟があるのなら私はお手伝いします。これは実に画期的なことなのですから!」


 些か、興奮しているミレニウス先生の言葉に対して「無理です」とは言えません。

 こうしてミレニウス先生主導でお茶の作法が変動する一歩を踏み出したのです。




 その後、私が考案したルールは『ゴールデン・ルール』と呼ばれ、最後の一滴を注ぐ行為を『ゴールデン・ドロップ』と呼ばれるようになったのです。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る