大文字伝子が行く8

クライングフリーマン

大文字伝子が行く8

チャイムが鳴って伝子と高遠が出てみると、福本夫妻が立っていた。

隣の人と揉めている。福本の足下には犬がいる。これが原因か。

「だから、犬は駄目なのよー。」「すみませんね、うちの客人は事情を知らないので。福本。済まないが、そこの角曲がった所の公園に行ってて。すぐ追いつくから。」

福本が不承不承妻と犬を連れて移動した。「犬は駄目なのよー。」

「うちは飼ってません。よく言っときますから。」伝子は睨み付けるように言った。

10分後。公園に伝子と高遠が合流した。「福本。お前が悪い。何で犬のこと言わずにうちに来た?」と伝子が詰め寄ると、「だって、先輩のところのマンションは分譲マンションでしょ。」

「決めつけるなよ。賃貸マンションは組合が煩い。うちの場合は、さっきのババアが煩い。」

「昔、噛まれてトラウマになったとか?」「さあな。あれは?」

「せんぱああああい!!」と言って走って来たのは愛宕夫婦と久保田刑事。次いで、南原、依田。

「どうしてここが?」と高遠が言うと、「隣の親切なおばさんが、公園の方に行ったって。」とみちるが言った。「あの人、親切でしたっけ?伝子さん。」「親切とは言わないな、学。」と伝子と高遠のやりとりを聞いた一同が、「伝子さん?学?」と一斉に叫んだ。

「な、なんだよ。吉本新喜劇か?いつ練習したんだ?」と伝子がむくれて言った。

「練習しなくても、みんな同じ反応しますよ。」と南原が言った。

「いつも、高遠、先輩、だものな。」と依田げらげらと笑った。

「夫婦なんだから、いい加減改めろ、って言ったのはヨーダじゃないか。」と伝子は依田に抗議した。

「先輩は素直になった、ということさ。な、みちる。」「うん。大文字先輩が夫をこよなく愛していることは先刻ご承知。」「先刻ご承知?こういう時に使う?」と愛宕が首を傾げた。「式もあげたことだし、新しく出発、ということですよね、大文字さん。」

「そ、そう。流石久保田刑事は分かっておられる。」

「じゃ、そろそろ出発しましょう。我が家へ。リフォームなんで、新居と言うのは少し恥かしいんですけどね。」と福本がはにかんで言った。

「英二さんの実家と私の実家の支援が無かったら、実現出来ませんでした。」

「とにかく行こうよ、『新居』へ。」

一同は歩き出した。「福本、その犬、何て名前だ?」「サチコです。」「雌か。」

「雌ですね。老犬ですが、僕のおじさんが入院して、しばらく預かることになったんです。一軒家だから、『犬は駄目なのよー』って言う人はいませんよ。」

途中、川の土手に差し掛かり、一同は休憩した。

サチコは喜んで走り回り、伝子を相手に遊んだ。「随分、気に入ったみたいだね。」と福本に高遠が言うと、「犬ってさ。人間に優先順位付けるらしいよ。優先順位っていうより地位だな。」「地位?」「詰まり、大文字先輩が一番偉いってことさ。」「なるほど。」と皆は納得した。

スマホで電話していた福本祥子が言った。「おかしいわ。何でスマホにも家電にも出ないのかしら?」福本も電話してみて「ホントだ。今、祥子の母が留守番している筈なんだけど。」

愛宕が、「他の連絡手段は?メールは?linenは?」と福本に尋ねた。

「Linenはやっていない。メールは・・・。一応送ったけど。」

「愛宕。警邏頼むより、我々が急いだ方が良さそうだ。」「はい。急ぎましょう。」

普通に歩けば15分の道のりを、一行は5分で到着した。

「た・・・学。Linenの使い方は覚えているな?」「はい。」

「私と祥子が入ろう。祥子は適当に合わせてくれ。」「はい、先輩。」

伝子は祥子と一緒に玄関から入った。祥子が鍵を開けて。

「ただいま-。お義母さん、帰ったよー。」

出てきたのは福本の母、明子だけでは無かった。

「お客さん?」「祥子ちゃん、ごめんなさい。」

二人の男の内、一人がナイフを明子の背中に突きつけていた。

「どういうことかしら?」「お前は誰だ。」「他人に名前を聞く前に、まず名乗ったら?強盗さんかしら?」

「名乗る積もりはないが、強盗じゃない。それに金目のものがないことは、もう確認済みだ。おい!」男は子分らしき男に命令した。子分は、廊下の突き当たりに伝子と祥子を連れて行き、ビニール紐で縛った。「用意がいいのね。」「そこに転がっていたのさ。」

「あああ。土手で『向かい風』にあって散々だったのに、強盗なんて。」

「強盗じゃない。金も無い癖に。引っ越したばかりなのか?」

「その通りよ。残念ね。」「としまの方はよくしゃべるな。」「と・・・としま。」

「この家はリフォームしたのか?」「はい。」と祥子が応えた。

「どことどこだ?」「2階の窓以外は知りません。」「誰なら知っている?」

「主人です。会社から帰るのは8時です。」「まだ、3時間あるな。じゃ、帰って来てから聞こうか。こっちのとしまは?」「あ、主人の姉です。」

「腹減ったな。おい!何か出前取ろうと思うが、って言ってこい。」

子分は、2階に確認に行ってきた。「寿司がいいそうです。」

「よし、若い方。お前は寿司を3人前・・・いや、4人前とれ。」

「数が合わないわ。」「なに?」私たち3人の分は?」「はあ、数に入れる訳がないだろう。言わば人質だ。それに、俺たちが去った後は死体だ。死体に飯はいらんだろ。出前が来たら、としまが受け取れ。」

伝子は鼻歌を歌い出した。「おい、うるさいぞ。」「暇だもの。どうせ、死ぬんでしょ。歌ぐらい歌わせてよ。」

「勝手にしろ。おい、奥の部屋は調べたのか?」「まだ半分くらい。」

「何してる?さっさと探せ!」

30分後。チャイムが鳴った。「まいどー。お待たせしましたー。」子分はビニール紐を解いた。玄関の内鍵を開けた伝子は、「ご苦労さまお幾らかしら?」

「ラッキーですね、お客さん。今日注文20件目なので、お代は無料です。」

「え?そうなの?助かるわー。」「これ、クーポン券です。次回お使い下さい。」

「クーポン券頂いたわ、あなた。」子分は思わず覗き込んだ。伝子はすかさず子分の首を叩いて、『落とし』た。

「何をする。」と、伝子に襲い掛かったリーダーだったが、祥子が叫んだ。「おじさん、伏せて!!」出前の寿司屋がしゃがむと同時に、祥子が足元の『箱馬』を蹴った。リーダーは体のバランスを崩した。伝子は『大外刈り』で、リーダーを投げた。その時、階下に気づいた三人目の男が階段上に現れるや、犬のサチコが飛びかかった。三人目は転がり落ちて来た。伝子は数発リーダーにパンチを入れた。

久保田刑事らが雪崩を打って入って来た。「久保田さん、祥子の紐をお願いします。」と言いながら、伝子は手首をさすった。愛宕が福本の母の紐を解き、福本は寿司屋から寿司を受け取った。「代金、払いますよ。」「いや、いいよ。滅多に見られない捕り物見たし。これ、クーポン券ね。これからもよろしく。」と寿司屋が帰って行った。

後から来た刑事達が、次々と暴漢達を逮捕して連れ出した。

「久保田刑事。『ブツ』は?」警視庁の刑事が言った。「これから福本氏に確認します。」

サチコは伝子の顔をペロペロ舐めて、尾を振っている。

「リフォームしたってことは、いろいろ老朽化していたんですね。」と、久保田刑事。

「ええ。2階の手すり。塀、浴室回り。それくらいですよ。業者が廃材持って行ったけど、小道具に使えるかな?と思って・・・。」福本は伝子たちが縛られていた階段下の小部屋の扉を開け、雑多なものの中から『手すりの残骸』を取り出した。

「ん?何か入っているぞ、福本。」久保田刑事が注意深く観察して、SDHCカードを取り出した。「これですかね?と久保田刑事は警視庁の刑事に見せた。

「間違いありません。ご協力感謝します。」敬礼して出て行った。

「何です?久保田さん。」「外にでましょう。高遠さん達が待っています。」

福本の母明子以外は全員出てきた。

「いやー、高遠さん。名推理でしたねえ。」と久保田が感心すると、照れながら高遠は応えた。「『向かい風』っていうのは、私たちが合宿の時に決めた『SOS』なんです。レンタサイクルでサイクリングしたんですが、向かい風が強くてね。先輩が珍しく弱音吐いたので、私とヨーダと福本で決めたんです。」

「じゃあ、鼻歌が犬のことだっていうのは。」「先輩の、あ、伝子さんのおじさんから貰ったレコード。ばんばひろふみ、って言ってももう誰も知らないだろうけど、ばんばひろふみのヒット曲『さちこ』。2曲目が童謡の『さっちゃん』。どっちも古いからなあ。でも、伝子さんは時々鼻歌で歌ってます。」

「夫婦だからな、それくらい分からなきゃ締めてやる。」「怖っ」と口々に言った。

「さっきもリーダー格の強盗にパンチ入れてましたもんね。」と祥子が言うと、「それは過剰防衛では?」と愛宕が言った。

「あいつはなあ。私に『としま』って言ったんだ。しかも、4回もだ。」

「そりゃあ、あいつが悪い。」「相手を知らないから、そんなことを言う。」「差別だ。間違いない。」と、高遠、依田、福本が口々に言った。

伝子がサチコを犬小屋の近くのポールに連れて行くと、南原、愛宕、久保田に依田がこっそりと言った。「実は、翻訳部は部長が病気で殆ど出ないから副部長が威張っててね、二言目にはその禁句を言ってたんですよ。」「つまり、『としま』と。」と南原が言った。

「気をつけよう。愛宕もな。白藤も。」「了解です。」

「何内緒話している?」と伝子は依田に詰め寄った。「い、いやー。そのー。」

その時、車椅子に押された老人が来た。「おーーい。」

「何の寄り合いだ?あ、サチコ。」サチコが激しく尾を振り老人を見るので、祥子がサチコを連れてきた。サチコは車椅子の老人の前にちょこんと乗り、尾を振っている。

「おじさん、サチコは強盗を撃退いたんですよ。」と、福本が説明すると、車椅子を押してきた警察官制服の男性が、「またお手柄か。久しぶりに表彰状だな。」

「おじさん・・・いや、管理官。」「ふふ。お前が頑張っていることは聞いているよ。」

不思議がる一同に、福本が言った。「紹介しよう。叔父の福本日出夫だ。」

久保田も紹介した。「叔父の鳩山管理官だ。」

「福本と私は警察学校の同期でな。刑事時代は相棒だった。」

「もう辞めたんだからいいじゃないか。警察も辞めたが、先日タクシードライバーも引退した。」「所轄の警察署長就任式の帰りに福本の病室に行ったら、揉めている。甥の新築祝いに行きたいんだって。で、私が責任を持つからって連れ出した。」

「そうだったんですか。」「はい、これ。」「また見合い写真ですか。」「愛宕刑事のように、もう身を固めろ。白藤巡査みたいな、可愛い嫁さん貰え。」「はあ。」

「あー、可愛い。久保田先輩、見合いして下さいよ。」

「うん、確かに可愛い。」「無骨な久保田刑事には勿体ない位。」久保田がむっとしていると、祥子が「ピザ届いたみたい。」と言った。

「じゃあ、お寿司と一緒にみんなで食べましょう。」と福本が言った。

2日後、伝子に久保田から電話が入った。「あの3人組はいわゆる『転売ヤー』だったんですよ。ひょんなことから手に入れたあのカード。半グレの持ち物だった。またややこしいことに反社もあのカードを狙っていて、両方から狙われることになった。あのグループの親玉は危険を感じて警察に逃げ込んだ。『気に入らない医者だ』と言って、クリニックのガラスを割って。診察に行ったこともないのに。」

「親玉に回収を命じられた、あの三人がリフォームした後だから、途方にくれていた、ってとこですか?」「そういうことです。あのリーダー格の男は肉離れだけだそうです。」

「骨は避けたからな。」「お手柔らかに頼みますよ。」「久保田刑事。式の時は呼んでくれるんでしょう?」「考えときます。」電話は切れた。

「先輩、メシ出来ましたよ。」「そんなことより大事なことがある。」「何です?」「セックスだ。子作りだ。」高遠は、返す言葉がなかった。

―完―

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