第三話
水瀬さんの娘は今年高校三年生になったとのことなのだが、高校三年生と言えばちょうど高田さんが亡くなった年齢と重なってしまう。それが偶然なのか意図されたことなのかは僕にはわからないが、水瀬さんは自分の娘が高田さんの亡くなった年齢になってから夢に出てくるようになったのは偶然だと思っているようだ。そう思わなければ耐えられないと言った口調で説明していた。
水瀬さんも娘さんも高田さんの夢を見ることはそんなに多くなかったようなのだが、水瀬さんが事あるごとにアルバムを見せていたりしたので娘さんも高田さんの事は認識はしていたそうだ。娘さんは高田さんの事を高校生の時に亡くなったお母さんの親友と聞いていたので夢に出てきても怖くはなかったようなのだが、何も言葉を発せず身動きもしないのに自分の事をただ黙って見ている高田さんの事がだんだんと恐ろしくなり、ある日の夕食のタイミングでそれを打ち明けたそうなのだが、その夢を見た日は高田さんの命日だったそうだ。
水瀬さんの娘も桑原さんの娘のように法要についてきたこともあるので高田さんの命日を覚えているという事もあるだろうが、わざわざそのタイミングで水瀬さんを怖がらせるような事をするのだろうかという疑問が残る。それについては他の人も同じように思っているようなのだが、大西さんだけは少し別の見方をしていた。
「それってさ、大人になった美緒の代わりに郁美が美緒の娘と遊びたいって思ってるんじゃないの?」
「そうなのかな。でも、それだったらどうしてそんな風に夢で出てくるんだろう?」
「さあ、それは郁美じゃないとわからないけどね。でも、私だったらそんな風に娘とも仲良くしてくれるって思うと嬉しいけどな。だってさ、私には娘がいなくて息子だから郁美とも話が合わないと思うしね。それに、まだうちの息子は中学生だから知らないお姉さんとは仲良く出来ないと思うんだよね。だからさ、美緒のところで郁美と遊んであげるような環境を作ってあげたらいいと思うよ。その方が美緒も郁美も嬉しいでしょ。だって、二人はずっと親友だったんだし、今日の法要に参加しなかったんだからそれくらいしてあげた方がいいと思うな」
「私もそう思うけどさ、最近では夢に出てくるのが普通の状態じゃないからあんまりそういう風に思えないんだよね。郁美には悪いと思うけど、新しく生まれ変わってくれたらいいのになって思う事もあるよ。それで郁美の事を忘れるって事もないけど、出来ることならもう一度元気な郁美に会いたいって思ってるんだ。みんなもそうだよね?」
水瀬さんの問い掛けに頷いていたのは桑原さんだけだった。僕も高田さんには新しい人生を歩み直してほしいとは思うけれど、そこまで仲が良かったわけでもないので即座に反応することは出来なかった。大塚君も僕と同じような事を思っていたと思うのだけれど、僕とは違って少し遅れてちゃんと反応を返していた。
大西さんは何故か水瀬さんから目を逸らしていたし、鵜崎さんは何も言わずに水瀬さんの肩のあたりをじっと見つめていた。そこに何かあるのかなと思ってみていたのだけれど、僕には何も見えなかった。何もない空間がそこにあるだけだった。
「ちょっといいかな?」
僕は妻に呼ばれて本堂から廊下に出たのだが、そこで鵜崎さんについて色々と聞かれることになるのだった。
「水瀬さんの肩に何か違和感を覚えたの?」
「いや、そんな事はないけど。どうして?」
「だって、将也君が水瀬さんの肩をずっと見てたから」
「それはね、鵜崎さんが水瀬さんの肩のあたりをずっと見てたから何かあるのかなって気になって見ただけだよ」
「そうなんだ。じゃあ、将也君は何も見えてないってことで良いんだよね?」
「何も見えてないというか、そもそも僕にはあっちの世界の事は何も見えないんだよ。だから、教えてもらったとしても見付けることは出来ないと思うな」
「残念だな。私達と一緒に居るからそろそろ見えるようになるんじゃないかと思って期待しているんだけど、見えないなら見えないままの方がいいかもしれないよね。で、その見えない将也君に言ってもしょうがないと思うんだけど、水瀬さんに憑いている高田さんなんだけど、何か伝えたそうにしているのよね。それが何なのかわかればいいんだけど、私もお父さんも会話をすることが出来ないから如何することも出来ないんだ。水瀬さんも夢の中で高田さんは黙って立ってるだけだって言ってたし、どうにかして会話をする方法って知らないよね?」
「まあ、何も見えない僕に会話をすることなんて無理だと思うけどね。でも、鵜崎さんが見えてるって事は幸子とお義父さんと力を合わせれば高田さんの伝えたいことが何となくわかるんじゃないかな?」
「それはいい考えだとは思うよ。あの鵜崎さんって私とお父さんよりもはっきり見えてるっぽいんだよね。もしかしたら、私達にはぼやけて見えている高田さんの姿を鵜崎さんはより鮮明に見えているのかもしれないのよ。それって、表情もちゃんと読み取れるって事なんじゃないかな。ねえ、ちょっと鵜崎さんに協力してもらった方がいいんじゃないかな」
「そうだね。後で頼んでみるよ」
僕たちが本堂に戻ると、全員の視線が僕たちに集中していた。何か隠れて悪いことをしていたような気になっていたのだけれど、それは僕の思い過ごしだった。
なぜか水瀬さんは鵜崎さんの手を握ってお礼を言っていたし、お義父さんも鵜崎さんにお礼を言っていたのだった。
「ねえ、何かあったの?」
「幸子と将也君が出て行った後にこの鵜崎さんが水瀬さんを抱きしめて何かを言うと、水瀬さんに憑いていた高田さんの姿が見えなくなったんだよ。水瀬さんも言葉に出来なかった圧迫感から解放されたみたいだし、きっと鵜崎さんが高田さんを説得してくれたんじゃないかな」
「水瀬さんに憑いていた高田さんがいなくなってるんで、それが嘘とは思わないけど、そんなに簡単に祓っちゃっても大丈夫なのかしら?」
「高田さんには申し訳なのだけれど、対話が出来ない以上はこうすることも仕方ないと思うしかないんじゃないかな。私達はなるべく相手の気持ちに寄り添ってあげることを是としているのだけれど、鵜崎さんはその対象になっている水瀬さんを助けるために行ったようだしね。どちらが正しいとか間違っているという事ではなく、水瀬さんが楽になれたという事の方が重要なんじゃないかな。そう言った方面の事だったら私達よりも教会の方が慣れているだろうからね」
水瀬さんは持っていた高田さんの写真に向かって手を合わせて何度も何度も謝っていた。水瀬さんは何も悪いことなんてしていないし、むしろ高田さんのために色々おこなっていたと僕は思う。今日の法要だって高田さんが嫌いだから行きたくなかったという事でもないし、そこまで謝ることなのだろうかと感じてしまった。でも、その謝ってしまうという気持ちは僕にも理解出来た。
「ねえ、郁美の霊が美緒に憑りついていたって事なの?」
「うーん、あんまりうまく言えないけど、高田さんの霊っていうよりも水瀬さんが作った高田さんのスペアみたいなもんだと思うよ。だから、高田さんがどうこうって話じゃなくて、水瀬さんの中にある高田さんに対する気持ちが水瀬さんと娘に影響を与えたって事だと思うよ。大体さ、高田さんが亡くなってからもうどれくらい経っていると思っているのよ。そんなに長い間こっちの世界にいるなんてそんなのかわいそうじゃない」
「そうよね。そう考えるとそうかも。さすがは教会の娘よね。私に何かあった時もよろしくね」
「何かあった時はね」
霊が見えない僕が戸惑っていると、僕の妻は水瀬さんに憑いていた高田さんが消えているという事を説明してくれた。
鵜崎さんと大西さんが水瀬さんと桑原さんのもとへ近づいて水瀬さんの写真に手を合わせていたので、僕と妻もそれに続いて手を合わせた。大塚君は少し腑に落ちない様子ではあったが、一緒に手を合わせていたのだった。
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