狸に嫁入り

さやか

0・序章

 ゆっくりと歩く。闇に呑まれそうな、暗い、昏い、冥い場所。夏特有のじめっとした感じと謎の肌寒さ。


“おまえはきっと、すぐに死ぬ”

“あと5年か10年か”

“早くこっちにおいで”

“なにせ、おまえは、”


「…っ!」


 逃げないと。走らないと。そうしないと。そこにあるのは、死。

 もつれる足を必死に動かす。ワンピースのスカートでは走りにくい。


“お待ち”

“おまえがいると皆不幸だ”

“親が死んだのもおまえのせい”

“おまえのせいだ”


「やだ!!助けて!!誰か…っ!」

「えれな!こっちだ」

 

 明るい方にいる祖父が手を差し伸べていた。


「おじいちゃん‼」


 祖父にかけより、えれなは祖父に抱きついた。


「おじいちゃん。あれは何?パパとママが死んだのは、えれなのせいなの?…えれなは何なの?」

「えれな。えれなは何も悪くないよ。あれは事故だ。えれなはえれなだ。パパとママの娘で、じいちゃんの孫。櫻井えれなだよ」

「お、おじいちゃん。えれなは死んじゃうの?えれな、まだ死にたくないよ…」


 祖父は少し目を見開き、そしていつもの顔にもどった。


「大丈夫。えれなにはじいちじいちゃんが守ってやる。えれながお嫁に行くまではじいちゃんが絶対に守る」


 そして祖父はえれなを強く抱きしめた。


「だから。もっと生きて。おまえはまだ十歳だ。まだ子供だ…。えれな。運命を呪うなよ。じいちゃんがなんとかしてやる。おまえが十八になるまでには、必ず…っ!」


 最後のほうはよくわからなかったが、祖父が守ってくれる、という安心感にえれなは目を閉じた。




 ゆっくりと、意識が覚醒する。昨日はひどく泣いたので瞼が重い。

 私は。櫻井えれな。十七歳。パパとママの娘でおじいちゃんの孫。私をおいていった、パパとママとおじいちゃんの。

『じいちゃんが守ってやる』

 昨夜葬式が済んだおじいちゃんに、いつか言われた言葉。


「…嘘つき」


 櫻井えれなは肉親を亡くした。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る