第10話

 戸田が見つかったという報告はなかった。一度は断ったが、結局、俺は弓野と会った。

 弓野は俺の家に行ってもいいかと言ってきたが、さすがにそれは無理だ。大掃除と模様替えをしなければいけなくなる。

 人目につかないところに行きたいと弓野が言うので、俺たちはカラオケボックスにいた。

 弓野は、USBを渡してきた。今日はスカート、白シャツのスーツ姿だ。グレーのジャケットのボタンをきっちりと留めている。考えてみれば、弓野と吉持は、なにで生計を立てているのだろう。「協会」で生活しているとは思えないから、普段は別の仕事をしているのだろうか。

「アカネさんとの通話記録です。すみません、ご依頼主様との通話は録音しているのですが、意識していなくて忘れていました」

「いいんです」

「タブレットを持ってきたので、今聞きますか?」

「いえ……」

 死を覚悟しているアカネの声を、どんな気持ちで聞けばいいのか。

 俺はUSBを鞄に仕舞う。

「弓野さん、戸田のことを本当に知りませんか?」

「戸田さんは、片海さんの大切なお友達なんですね」

「いえ、そんなんじゃないです」

「どういうお知り合いなんですか?」

「あなたには関係ないことです」

「そうですよね」

 弓野は素早く立ち上がり、壁のスイッチに触れて照明を薄暗くした。

「なにするんですか?」

 弓野は無言で迷いなく身を寄せてくる。目の前の顔は、唇がかすかに光を反射しているのもよく見える。しかし、外からは俺たちのことはよく見えないだろう。

 弓野は自分のジャケットのボタンをはずし、シャツのボタンも素早くはずした。下着はつけていなかった。胸の谷間の上には、曼荼羅模様。左の鎖骨の下には、鳥の翼。右の鎖骨の下には、鳥の翼よりも二回りほど小さい、蝙蝠の翼。

 彼女は俺の前腕を両手で優しく捕まえ、胸を俺の二の腕に押しつけてきた。乳房が大きいので、片方の乳房だけで俺の二の腕は広範囲に柔らかく圧迫され、もう片方の乳房はまったく隠れず、丸い乳首が俺のほうを見上げている。

「ちょちょっと、なにするんですか」

 外には聞こえないだろうに、思わず声を潜めてしまう。

 顔を近づけてくるが、キスはしない。

「吉持はどうだか知りませんけど、わたしは、あなたの敵じゃありません」

「そ、それはわかって――」

「わたしのことを愛してなんて言いません。一瞬だけ寂しさを埋めてほしいだけなんです」

「待ってくださいよ」

 彼女はジャケットを床に脱ぎ捨てると、俺の手を掴んでスカートの中へ導く。ストッキングも履いていない生足だ。

 俺は抜け道を思いついて安堵した。

 しかし、彼女は同意を取らずに俺のベルトをはずそうとしてくる。

「やめてください。指でしてあげますから――」

 彼女の手を振り払う。

「だめです。わたしの中に入ってほしいんです」

 彼女の熱を帯びた声に俺の血はさらに暴走してしまいそうになるが、どうにか理性を鼓舞する。頑張れ、本能に勝つんだ。

「いやいや、十代の子供じゃないんですから、こんなところで――」

「関係ありません。ほら、硬くなってるじゃないですか」

 俺は目をつぶり、この状況から自分を切り離そうとする。だめだ、こいつだけは。こいつが、おかしな肩書や異常な活動とはまったく関係のない女だったら、どんなによかったか。こんなにいい女に迫られるなんて、そうそうない。

 そうだ。この状況は異常だ。

 俺は弓野を突き飛ばした。ソファーに後ろ手をついた彼女は、俺を湿った目で見つめた。まだ諦めないか。

 スカートをめくり上げ、俺に向かって脚を広げる。こいつは、自分の持っている武器を最大限に利用することを知っている。賢い。それが彼女の戦い方なのだから、汚いと思うのは間違いなのだろう。でも、本能的に汚いと思ってしまう。

 そう思うと、少し冷静になれた気がした。しかし、やはり熱くなった血を鎮めることはできなかった。

「お前の目的はわかってる」

 俺は思わずそう言ってしまった。ジャケットを拾い、彼女の体の上に投げる。

 彼女はジャケットを抱きしめ、ため息をついた。

「じゃあ、もう正直になりましょうよ」

「お互いにな」

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