「私の異常な一日」―星海くじら
私は人より、少しだけ運が悪い。
例えば信号が五つあれば半分以上は赤信号に引っかかるし、ガラポンを回してティッシュ以外は見たことがない。買ったものが不良品なことは月に一回はあるし、大事な時に限って電車は止まる。
不幸なことを挙げていけばキリがないが、死ぬような目にあったり身内に不幸があったりはないので、もの凄く運が悪いというほどではない……と思いたい。
そんな私に奇跡が起きた。
「今日の一位は、牡羊座で辰年でO型の人です!」
始まりは朝の情報番組の占いコーナー。この番組の占いは条件が細かすぎることで有名で、一部では一位になるのは宝くじに当たるより難しいと言われていたりする。組み合わせが多すぎるため発表されるのは十位までだが、私が番組を見初めてから自分が十位以内に入っていたことすらない。
そんな私が一位である。あまりに驚きすぎてまだ夢を見ているのかと思ってしまう。
「あれ? 牡羊座で辰年でO型ってお姉ちゃんじゃね? 天変地異の前触れ?」
妹は朝から失礼なことを言っている。ちなみに妹は私の運を全て吸い取ったのか異様に運が良い。
「失礼な、私だって運が良い時だってあるし」
直近で運が良かった出来事がパッと出てこないが、何かしらあったはずだ。たぶん。
「ごちそうさま。電車止まるかもしれないし早めに行きまーす」
妹は人の話を聞かずにさっさと席を立つ。悔しいが私も若干の無気味さを感じるので早めに家を出よう。そう思い、手にしていたコーヒーを一気に飲み干した。
生まれて初めて赤信号に引っかからず駅に着いた気がする。おまけに普段は座れない電車で座れた。これはもしかすると、本当に今日の私は幸運なのだろうかとスマホをチェックしながら思ったりする。パチンコで言うところの確変。そうじゃなくても今まで運が悪かった反動がきているとかなんかそういうのかもしれない。
もう、寝坊して駅まで全力ダッシュした日に限ってその日唯一の授業が休校になったり、新しい靴を履いた日にガムを踏んだりすることに怯えなくてもいいのだろうか。そう思うと涙が出そうになるほど嬉しい。生きててよかった。
電車が大学の最寄り駅に着いてからも幸運は続いた。
前の人が改札で引っかかったりしないし、大学までの道のりでも赤信号に遭遇しない。極め付きはエレベーターである。 私がとっている授業は、なぜか校舎の上の方の教室で行わるものばかりであり、エレベーターは私が乗ろうとすると扉が閉まるので、毎日仕方なく階段を上っていた。それが、今日は、なんと、エレベーターに乗れたのだ。朝から五階まで階段で上らなくていいのはなんて快適なのだろう。
気分がいいと授業への態度も変わる。普段は催眠術でも使ってるのかと思うくらい眠くなる授業にも集中して取り組めるし、昼ご飯直後で最も眠くなる三限も眠くならなかった。普段の私、眠くなりすぎでは? と思わなくもないが、学生の本文は勉強なのだから授業に集中できるのはよいことだろう。幸運万歳。と、思っていた。
それからも、なんとなく入ったカフェで行われていたくじ引きで一等を当てたり、道でお金がぎっしり入った財布を拾ったり(もちろん警察に届けた)、道に迷っていたおばあさんを案内したら高級そうなお菓子をお礼にくれたり、今までの私であったら絶対に起こらないであろうイベントが立て続けに発生した。
その結果、家に帰った私は普段の倍くらい疲れていた。電車で座れたり、階段を上らずに済んだりしたはずなのに、予期しない出来事に体と精神がついてきていないようだ。
疲れた日は甘いものを食べるに限る。夕食とお風呂を済ませて食べるアイスは格別だ。ゴールデンと深夜の間位のバラエティ番組を眺めながらゆっくりと味わい、ふと食べ終わったアイスの棒を見ると、そこには「当たり」の三文字があった。
二十年生きてきて初めての当たり。本当はもっと喜ぶべきなのだろうが、幸運疲れを起こしている今の私はあまり喜べない。疲れているからか、こんなに幸運なことが起こるのは明日死ぬ前触れなんじゃないかと、不吉な考えも頭をよぎる。 こんな時は早く寝た方がいい。普段なら日付が変わる前に寝るなんて考えられないが、今日は特別だ。明日どうなっているかはわからないが、寝て疲れを癒さないことには何も始まらない。
歯磨きをしてベッドに倒れ込むと、次の瞬間には眠りへと誘われていった。
ふと、目が覚めた。時刻は朝の六時、アラームに頼らず起きるなんていつ以来だろうか。早起きした分、時間も有効に使えるし昨日からの幸運が続いているのかもしれない。なんて思いながら、セットしていたアラームを解除するために充電していたスマホを手に取ったが、ボタンを押しても画面はつかない。
嫌な予感がしてボタンを長押しすると、画面には予想通り充電切れの表示。ケーブルを挿しなおしても充電される様子はないということは、接触不良ではなく断線だろう。これが怖くて、毎日充電されていることをきっちり確認してから寝ていたのに、昨日どれだけ疲れていたのか。
一般的な現代の大学生にとってスマホは命の次に大事(だと思う)。家を出るまでの二時間で、できる限り充電しておかなければならない。そっと妹の部屋に入り、充電器を拝借する。妹のスマホは百パーセント充電されていたのでたぶん問題ないだろう。
結局のところ、昨日の幸運はただのマグレであって私の運の悪さが無くなったとかではなかったようだ。それでも、気落ちすることなくどことなくホッとしている自分がいる。悲しいかな、不運に慣れすぎた身は幸運についていけないらしい。
でもまあ、これから一年に一回くらいは昨日のような幸運な日があっても悪くはない。むしろあってほしい。そんなことを思っていると、棚の角に思いっきり小指をぶつけた。
私の普通の一日はまだ始まったばかりだ。
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