「機巧館の悪魔」―師走七生
プロローグ
3月、春の夜、人影を冷たい風が吹きつける。木々の揺れる音が聞こえる中で、水が止まり、さびれた噴水の縁に一人の男が腰かけていた。
彼は一人、孤独にその闇の中にいた。何か月もの間、その闇に苦しめられ、思い悩んできた。ここ数日は夜も眠れないほどであった。そうして、彼の意志は明確な形を持ち、とある結論を導き出した。それは「裁き」であった。
計画は完成した。それは完璧ではなく、完全ではない。しかしながら、この闇を完結させるものである。人間は完璧にはなれないし、完全なものなど生み出せない。ならば最初から不完全なものにすればよいのである。完全で完璧であるより、不完全で柔軟である方がよい。あとは始まりの時を待つのみ。そこから先は己の知力と機転、そして時の運である。
人の手による「裁き」、いや、もはや彼は人ではない「悪魔」ともいえる境地に足を踏み入れていれ、「裁き」を行おうとしていた。神になれなきゃ「悪魔」になる。この闇から抜け出すと決めたあの時に、彼は心にそう誓った。罪であることを自覚し、なお躊躇なく進んでいくその姿はまさに「悪魔」であろう。
風が止んだ闇の静寂の中で、男は一人笑っていた。
オープニング
「やけに不気味な感じだな」
春の日の昼下がり、背の高い男が、マイクロバスの窓から周りの森を見て、どこかわくわくした声色で言う。続けて、
「こんな山奥にある館なんてまさに小説に出てくるような舞台装置だよな。山の中に佇む館。今回の遠征は推理小説好きからすれば絶好の機会だよ。なあオクト。」
オクトと呼ばれた小柄な青年は半分呆れながら返す。
「エイプリル…、まあ実際にあんな事件が起こった場所だからね。そういった雰囲気は感じちゃうよね…。」
「なんだ、オクト。ビビってんなら、あいつらと残ってればよかったじゃないか」
後ろの席からジュライがオクトを挑発するように煽る。
「ちがいまっ」
「はいそこまで、二人ともそこまでにしてください」
綾辻が二人を制止し、続ける。
「先ほども言いましたが、今回我々は遊びに来たわけではありません。この春休みという期間を使って、あの5年前の殺人事件の真相の解明に来たのです。では配布しておいた事件についての資料に目を通しながら、そうですね、この資料をまとめてくれたエイプリル君に説明してもらいましょう」
「了解です。」
エイプリルは資料に目を通しながら事件のことの話し始める。
この「機巧館」は世界的に有名な建築家であり、からくり技工士である坂東優作によって作られた、7つの「からくりを施された奇妙な形の建築物」のひとつであり、その名の通り、館内には様々な仕掛けが用意されているようである
まず事件が起こったのは、ちょうど5年前の2017年の春。K県の市内から離れたS山の頂上にある「機巧館」を中心にそこに住んでいた人間が一人を除いて全員が殺害されたというものだ。
殺されたのは主人である青村雄一郎とその妻の静江、家政婦であった家倉裕子の三人である。そして除かれた一人というのは、現在に至るまで、未だ行方不明である青村雄一郎の双子の弟、中村雄二郎である。主人である青村雄一郎は著名な実業家であったが、弟の雄二郎は顔に大きなやけどを負っていたため、人前に出ることはなく、詳細は不明であったが、どうやら、やけどの原因が雄一郎にあるため、山頂の「機巧館」で一緒に暮らしていたようだ。
次に、遺体の状況について、青村雄一郎は寝室で顔を何度も殴打されたことにより、死亡。その後、雄一郎の死体は燃やされていた。識別は困難であったが、子どもとの遺伝子調査の結果、親子関係が認められ、雄一郎だと判明した。妻の静江も同じく寝室で発見され、死因は縄で首を絞められたことによる、窒息死であった。きれいな姿であった。家政婦の家倉裕子は首を刃物で切られ死亡。そして全員から多量の睡眠薬が検出された。
死亡推定時刻は、殺された順に3月17日の夕方17時前後に妻の静江、家政婦の家倉は19時前後に殺害され、3月18日深夜一時ごろに雄一郎が殺害された。
このような状況から警察は行方不明となっている青村雄二郎を犯人とし、捜索を開始したが、見つかることはなかった。そして去年、逃げる際に山中でそのまま死んだのだろうと結論づけられ、捜査は打ち切られた。
「エイプリル君、ありがとうございます。そう、この事件は現在、青村雄二郎がこの殺人事件の犯人であり、すでに死亡していると考えられている。しかし、私はこれが真相とはどうしても思えなかった。漠然とした直感だけれどもね。そんな時、ジューン君から、この『機巧館』が事件のせいで買い手がつかないという話を聞いて、とりあえず1週間、この館を借りて事件の真相を解明しに来たわけだ。」
綾辻は改めて説明する。どことなく嬉々として。
マイクロバスは山道に揺られながら、進んでいく。程なくして木々の間から館が姿を現した。その姿は、言いようのない不気味さにあふれていた。
凄惨な事件が起きた不気味なからくりの館。
これから1週間、「機巧館」での探偵活動が始まる。
登場人物
館側
推理小説研究会
綾辻幹人 K大学工学部教授 推理小説研究会の顧問 ㉝
エイプリル K大学文学部1年生 男⑳
オクト K大学法学部1年生 男⑲
メイ K大学文学部1年生 女⑲
マーチ K大学工学部2年生 女⑳
ジュライ K大学経済学部3年生 男㉑
ジューン K大学法学部2年生 男⑳
「機巧館」の住人
青村雄一郎 故人 実業家 5年前に「機巧館」で殺された ㊿
青村静江 故人 雄一郎の妻 5年前に「機巧館」で殺された ㊿
家倉裕子 故人 「機巧館」の家政婦 5年前に「機巧館」で殺された ㊶
青村雄二郎 雄一郎の双子の弟 5年前の事件から行方不明 ㊿
街側
綾辻総司 私立探偵 綾辻幹人の兄 ㉟
師走七生 K大学文学部1年生 総司の元でバイトをしている 推理小説研究会⑳
幸村一 K大学法学部2年生 推理小説研究会会員 ⑳
第1章 1日目 館
舗装されていない道路を通り、「機巧館」の前へと一行はたどり着くと、館の入り口からのっぽな男が出迎えにきた。
「…皆さん、お疲れ様です。」
「ジューン君、先に行ってもらって悪かったですね。」
ジューンの家は不動産を営んでおり、現在「機巧館」の管理を行っているため、ジューンが先に来て、館の様子を見に来ていた。
「ジューン先輩、この館はどうでした?からくりはすごいんですか?」
エイプリルは嬉々としてジューンに詰め寄る。
「…あぁ、すごいよ。中に入ってみればわかるけど、本当に館が大きな一つのからくりになっているんだ。じゃあ館のなかを案内するよ。」
ジューンに連れられて一行は館の中に入っていく。
館は二階建てになっており、中央に大きな階段がある。そして、左右に廊下が広がっており、部屋はそれぞれ3部屋ずつ配置されていた。
部屋の形状は丸くドーム状に作られていた。部屋内部はすべての部屋が同じ作りになっているようで、それは非常に質素なものであった。入って左側にベッドが、右側に机が置いてあり、それぞれが壁際においてあった。。
「なんかめちゃくちゃ質素ね。こんなところで暮らしていたの?あんなに著名な実業家だった人間が?」
「確かにな、食事部屋とか書斎すらないのか、この屋敷は。」
「いや…あるよ、じゃあ早速行こうか。」
ジューンはそういうと缶コーヒーを片手に、大広間の階段の前に行く。そして階段の手すりの先端についた飾りをぐるりと回す。すると館内をウィーンという音が響き、大広間の床に穴が開き、螺旋階段が出現した。
「すんごいからくりですね。わくわくします。もしかしてこの先に、」
「そう…、この先には書斎と食堂があるんだ。」
一行は地下に降りると、大広間程の大きさの食堂があった。大きなテーブルが中央に置いてあり、奥にはおそらく書斎へと続くであろう扉があった。
「なんか変なにおいしません?」
「まぁずっと放置されてたようなもんだからな。仕方ないんじゃないか。」
顔をしかめるメイにジューンはなだめるように話す。
「それよりよ、あの扉の奥が書斎か?」
「そうなんですけど、…実は鍵がなくなってしまいまして。入れないんですよね。」
「そりゃ残念。」
「そういえば食事はどうするんですか?わたし何にも持ってきてないんですけど。」
「そうですね。でも何にも持ってこなくてよいって書いてありましたけど。」
「大丈夫ですよ。僕が事前に調理道具やら食料やらは持ってきてあります。キッチンはもう一つの扉の方にあります。」
ジューンはそう言って、書斎の反対側の小さな扉を指さす。
そして、早めの夕食を取ることにした。
夕食後、各々で、館内の探索を始めたが、ジューンも館内のからくりはあえてすべて聞かなかったようで、からくりを探すところから始まった。オクトは少し怯えながら、メイとマーチ、綾辻は目を輝かしながら、エイプリルは独り言を言いながら探索していた。またジューンは未だに缶コーヒーを片手に持ち、1人で探索していたが、途中でジュライと合流し、探索していた。いくつかそれっぽい装置じみたものがあったが、特に収穫もなく夜になり、20時にはいったんそれぞれの部屋に解散となった。
左から部屋割りは、左通路の部屋には、メイ、マーチ、オクト。右通路の部屋にはエイプリル、ジュライ、ジューンとなった。綾辻は2階の右通路の部屋になった。
エイプリルは部屋に入り、探索を始めた。まず部屋の内装は質素なものであった。最低限のものしか置いてないような部屋である。
「というかこの部屋狭くないか?。まぁだけど、『機巧館』なんていうくらいだから、こんな部屋でもからくりがあると思うんだが。」
エイプリルはベッドや机を動かそうとしてみるが。
「全く動かない。これ壁にくっついてるのか。」
ベッドや机は丸い壁の形状に合わせ一部分だけ丸くなっている。
「おそらくこんなにきれいにはまってるってことは、特注で作らせたものってことのはず。なら坂東優作がこうしたのには意味があるはずだ。からくりそのものなのか、からくりを起こすうえで必要なものなのかはわからないが。」
エイプリルは他にも何かないか探索してみると、目線より上の壁に、丸いくぼみがあるのが見えた。大きさは直径二十センチ程度であり、椅子に乗って覗き込んでみると、丸いくぼみの中にさらに正方形のくぼみがあった。
「こりゃビンゴだな。確実にからくり絡みだ。」
そしてまずくぼみの奥を押してみるがびくともしない。次に回そうとしてみるが、回らない。
「あれ?こうじゃないのか。でもくぼみって言ったらこうすればなんか知ら起こりそうだが、インテリアか?」
続いて、机の中を見てみると、中にはコップが入っているだけであった。しかし、
「っん、ちょっと重いな。これは鉄でできてんのか。」
結局それ以降は何も見つからなかったため、眠ることにした。時計を見ると22時半であった。疲れているからか、ベッドに寝転がった瞬間動く気が失せそのまま眠りに入る。
ヴウーンヴウーン…
遠くから音が聞こえる。
エンジン?何かの…からくりか…
彼の意識はそこで落ちた。
第2章 1日目 街
推理小説研究会の会員たちが「機巧館」へ向かう日の昼過ぎのことである。
「総司さん、今日はどんな依頼なんですか。僕詳細全然聞いてないんですけど。」
「あれ、説明していなかったかな、七生君。じゃあ車の中でこの資料読んでおいてね。
今回の依頼の簡単な概要がまとめてあるから。」
言い終わると、ちょうど車に着き、2人は乗り込んだ。
七生は資料を読み込んだ。
1年半前に起こった女子大生の亡くなった事故についての依頼であった。
亡くなったのは赤嶺美玖、当時19歳でK大学の2年生であった。死因は歩道橋からの落下により死亡。死亡推定時刻は23時前後。彼女からはアルコールが検出され、酔った末の事故であると結論付けられた。しかし、彼女は極度の高所恐怖症で歩道橋にも上ることが出来ないほどであった。警察は酔っていたため自身でも気付いていなかったのではないかとし、結局結論は変わらず1年半が過ぎ去った。
今回の依頼者は、彼女の母親であり、目的は事故の真相を明かすことである。
「なるほど、でも僕もついて行っちゃっていいんですか?普段は僕を置いていくじゃないですか。」
「まあ、そろそろ本格的に助手として手伝ってほしいからね。それに、彼女は推理小説研究会の会員で、原因であるとされる飲み会も推理小説研究会のものだったようだ。噂程度でも知らなかったのかい。」
「そうだったんですね…。全然知らなかったです。研究会の人たちは何も言ってなかったんですよね。まあ新入生には言わないものですかね。」
「まあ、そういうことで君もつれてきたというわけだ。さてそろそろ着くから礼儀良くしたまえよ。」
家の前には、母親らしき女性が立っているのが見えた。
「わざわざ来ていただき、ありがとうございます」
母親は2人を家の中に招き入れ、席に着くと話を始めた。
「あの子は普段からおとなしい子で、未成年でお酒なんて飲むような子じゃないんですよ。それに歩道橋の件もそうです。極度の高所恐怖症だったあの子がいくら酔っていたといっても、高いところ上るとは思えないんです。それにあの子が高所恐怖症になった原因は歩道橋にあるんです。だからあの子は普段から歩道橋のある道は通らないようにしているんです。現にここから大学にいく道のりに歩道橋はないんです。帰り道にわざわざ歩道橋のある道を通っていくなんて考えられないんです。」
「なるほど。ではいくつか聞きたいのですが…。」
聞いた話はまとめてあった資料に書いてあったことがほとんどであった。
「しかし、話していたことは資料にある事ばかりでしたね。」
「そうでもないよ。まず今回の話で得られたことが2つある。1つは彼女がおとなしい性格だったということだ。」
「それって何か関係あるんですか?」
「おとなしい性格ということは、押しに弱いともいえる。彼女の母親は、飲酒について不可解に感じていたが、むしろ、おとなしい性格の子が空気に逆らえず、飲酒してしまうというのはありがちなことだと思う。そしてもう1つが高所恐怖症の原因が歩道橋ということだ。つまり歩道橋は彼女にとってトラウマであり、恐怖の対象でしかなかったわけだね。それにもかかわらず1人で歩道橋まで行くだろうか。それに押しが弱いと言っても酔いつぶれるほど飲むのだろうか。」
「まあ、どうなんですかね。それはやっぱり一緒に飲んでた人とか雰囲気によるんじゃないですか、飲酒の量は。でもそうですね。もしトラウマである歩道橋に上ってしまうほど酔っていたなら、1人で帰るんですかね。こういうときって誰かが一緒に帰るもんじゃないですかね。」
「そうだね、ということで、飲み会に参加していた人たちに当たりたいが、参加していた人たちはちょうど『機巧館』に行ってるんだよね。どうしたものか。」
「いや、全員が行ってるわけじゃないと思いますよ。友達に聞いたところ何人かは怖がっていたみたいですね。僕は最近参加できていなかったので、誰が参加しているかは把握していないですけど。最近参加できてなかったから今回の『機巧館』の遠征、行きたかったんですけどね。とりあえずこの春卒業した4年生の先輩たちに当たるのがいいかもしれないですね。」
「なるほど、ではその人たちに当たってみようか。」
七生は先輩たちに連絡を取り、特に赤嶺美玖と仲が良かった先輩と18時に会う約束を取り付けることが出来た。
「では18時まで事務所で以来の整理をしようか。」
18時 居酒屋個室にて
「いきなりすみません、九重先輩。あの事故のこと聞きたいなんて…。」
「びっくりしたけどね。でもいいよ、私もあの事故については引っかかってたところがあったし。」
「引っかかっていたところですか?」
総司は身を乗り出し、聞く。
「はい。まず美玖はそんな酔うほど飲んでなくて、足元もしっかりしていたように思うんですよね。私も途中まで一緒に帰って、家のすぐそばまで行ったんです。あとで聞いたんですけど、あの時、帰る途中で店に忘れ物したとか言って抜け出した奴がいたらしいんですよね。」
「それって誰なんですか、九重先輩?」
「それは、…乙名。乙名直次よ。」
「乙名…、ジューン先輩か…。あの人は…。というか今『機巧館』に行ってるから話は聞けないな。」
「九重さん。その乙名君はどういった子なのかな?」
「端的に言えば、チャラいギャル男みたいな男ですね。軽い男なのにプライドは高い感じの…。それと父親が県議会議員で、母親が弁護士なんですよね。なので余計に拍車がかかり、やりたい放題な感じもありました。」
「なるほど、プライドが高い…。そして、家族構成…。そうですね、ではまず、彼は赤嶺さんとの関係は何かありましたか?」
「あの飲み会の前くらいから、乙名は美玖に言い寄っていたんです。嫌がってはいたんですけど、あの子おとなしくて、気が弱いから断ることも出来なくて、私に相談してきてたんです。」
「なるほど。即答しなかった…。それではその飲み会中2人は接触していましたか?」
「いえ…。していないと思いますが。ほとんど私と一緒にいたので。まあトイレとかでお互い籍を離れることはあったと思いますけど、」
「まぁ、あなた達も酔っていたでしょうから、頭が回っていなかったのも無理はありません。ではトイレの方で何かしらがあったのかもですね。では、赤嶺さんの交友について教えていただけますか?。」
「そうですね…。友達は多くはなかったと思いますが、いたとは思います。まぁ普段は私に相談とか雑談とか色々しに来ていましたよ。それと彼氏ができたと言ってました。私も相手が誰なのかは知らないんですけど。」
「なるほど、その彼氏さんはお葬式などには来なかったのですか?」
「…はい、私も探したんですけど見つけられませんでした。」
「そうですか…。」
その後は赤嶺美玖について、細々としたことを聞き、20時ごろに店を出た。
「そういえば、幸村君は元気?」
「?はい。元気だと思いますけど。」
「…そっか。じゃあねっ。」
九重に別れを告げ、七生と総司は事務所に戻った。
「さて、可能性としてあげられるのは、事故、他殺、自殺だけれども、七生君はどう思う?」
「そうですね、僕としては、あまり言いたくないですけど他殺の可能性が高いのではないかと思います。」
「ほぉ、理由は?」
「事故は、九重先輩の話で、酔いは大したことないことが分かりました。九重先輩は被害者と仲が良く、普段から様々な相談事をしていたとのことです。つまり歩道橋について知っていた可能性が高いです。そんな彼女が歩道橋のある道をわざわざ連れていく可能性は低いと思います。だから歩道橋からの事故は可能性が低い。次に自殺ですが、彼女は恋人ができて、先輩に自分の恋人を紹介しようとしていた。そんな彼女が自殺をするとは考えづらい。なら考えられる可能性は他殺となります。」
「なるほど。仮に他殺だとして、犯人と呼ぶべき人間は誰だと思う?」
「そうですね。1番可能性が高いのは、…言いづらいですけど、やはり…ジューン先輩ではないでしょうか。プライドの高い先輩が振られて、その報復とかですかね…。九重先輩の証言が事故の否定になりそうなのに事故で処理されたのは、県議会議員の父親がもみ消したから。現にジューン先輩は帰り道途中で抜けているという証言もありますし。」
「なるほど。確かにその可能性はあるね。では明日も調査だね。夜も遅いから家まで送ろう。」
「いえ、友達の家によるのでいいですよ。」
「友達?」
「はい、さっき先輩が最後に言っていた幸村という男です。僕は浪人したので学年は一つ下なんですが、高校が同じだったんです。それに同じ推理小説研究会のメンバーなんですよ。」
「彼は『機巧館』に行かなかったのかい?」
「どうやら忙しいみたいですね。ただ一応去年の飲み会の参加者なので、何か知っているかもしれないと思って。」
「なるほど。僕も付いて行っていいかな?僕も幸村君に話を聞いてみたい。」
「とりあえず聞いてみますね。」
その後了承の連絡が来たため、2人は幸村宅に向かうことにした。
家に着いたのは23時半ごろであった。チャイムを鳴らすが、反応がない。もう一度押そうとしたとき、慌てて飛び出してきた。
「はぁはぁ。すまない色々片付けてたら出るのが遅くなって。あぁあなたが話に聞く探偵の綾辻総司さんですか。確かに綾辻先生に似てるな。」
「そうかい?それよりすまないね。いきなり押し掛けるように来てしまって。」
「いえ、師走があの事件についてのことで聞きたいことがあると言ってきたので。」
「ふむふ、なるほどね。そうなんだあの時のことについて、依頼を受けていてね。僕も君に話が聞きたくて、お邪魔させてもらったというわけなんだ。」
「大丈夫ですよ。では上がってください。飲み物はコーヒーでよろしいですか。」
「ありがとうございます。では早速お話を伺ってもよろしいですか。」
綾辻は師走とカーペットに腰を下ろし答えた。
コーヒーを持って幸村はやってきて、同じように腰を掛けた。
「それでは僕に聞きたいことって何ですか。」
「というかちょっと聞きたいんだけど、幸村は九重先輩と仲良かったのか?」
「いや、仲が良かったていうより、なんか告白されたんだよね。その時好きな人がいたから断ったけど。確か俺が1年の時の夏だったかな。」
「へぇっ、、そうだったのか…。ありがとう。」
「?あぁ。では総司さん聞きたいことをどうぞ。」
「うん。まず最初に飲み会の時について聞きたいんだけど、幸村君はあの飲み会に参加していて、何か気付いたことはあったかな?」
「気づいたことですか。特段気付いたことというのもないのですね。美玖、先輩は九重先輩と一緒にずっと話していましたね。たまにほかの先輩が混ざっているときもありましたけど、大体2人で話してました。まぁ気になったことで言えば、トイレの方で美玖、先輩と乙名先輩が話しているというか言い合いになっているのを見ましたね。何の話をしているのかまでは…わからなかったですけど。」
「そうですか。その二人が話していたねぇ。七生君、君の予想は当たっているかもしれないよ。」
「そうですね。当たってほしくはなかったですけど、そこで二人が言い合いになっていたとしたら、さらに当たってる可能性は高まりましたね。」
師走は幸村に聞いた話と九重に聞いた話を踏まえた自分の推理について話す。
「なるほど、さっき先輩の話をしたのは、あの人のところに行ってきたからか。それでその結論にたどり着いたわけか。確かに筋は通っているように思うけど、その推理には一つ気になる点がある。」
「気になる点?」
「まず、死亡推定時刻と飲み会の終了時間の大きな時間差だ。死亡推定時刻は23時前後と推定されている。それに対し、飲み会が終了したのは21時だ。飲み会の居酒屋から彼女の家までおよそ30分で着く距離だ。しかも途中まで九重先輩がついてまっすぐ帰っていたなら、この時間差はどう説明する。」
「その時間差は、2人で話していたんじゃないか。言い寄っていたなら、抜け出して、別れるのを見計らって声をかける。そうすれば場所や時間の誤差は解消できるんじゃないか。」
「ふむ、なるほどね…。」
そう言うと、幸村は俯き、黙った。
「そういえば幸村君は赤嶺さんと仲は良かったんですか?」
「いえ…特に仲が良かったわけでは無かったですよ。普通の…先輩後輩でしたよ。」
「そうですか。ではそろそろ帰りますか。師走君。」
「幸村~、今日どこ行ってたんだ?『機巧館』には忙しいから行かないって言ってたよな、そしてさっき僕たちが家に来た時、慌てていたな。僕は22時くらいに連絡をしておいて、着いたのは23時半だった。1時間半も時間があって、チャイムにすぐ反応できていなかった。つまり直前までどこかに行ってたってことだろ?」
「あぁ、実はずっとレポートをやってたんだが、疲れてしまって、気晴らしに絵をかきに行ってたんだ。海までな。」
そう言って、幸村はキャンパスノートを見せる。
「夜の海ってのもなかなか洒落だろ?」
飲みかけのコーヒーを机に置き、ニヤッと笑った。
七生と総司は絵を見た後、帰路についた。
「七生君。僕は彼の話を聞いてちょっと突拍子もない推理を思いついてしまったよ。」
「突拍子もない推理ですか?」
「推理とも言えない妄想に近いものかもしれないけどね。明日までに整理しておくよ。だから君には明日午後3時ごろに事務所まで来てほしい。」
「わかりました。ではその時間に伺います。」
そうして僕は家まで送ってもらい、眠りについた。時計の針はちょうど深夜1時になっていた。
第3章 2日目 館
エイプリルが朝目を覚ましたのは午前8時のことだった。
「はっ8時ぃ~。僕がこんな時間に起きるとは…。まぁ昨日は色々あったから思っているより疲れてたのか。」
大広間に行くと、地下への階段が開いていた。地下に行くとエイプリルとジュライ以外は全員そろっていた。
「遅いですよ。エイプリル君。オクト君が何度も起こしに行ってたんですが。」
「すみません。自分が思っている以上に疲れてたみたいで。あれっジュライ先輩は?」
「彼もまだ起きてきません。さっきオクト君がエイプリル君のついでに起こしに行ったのですが、全く反応がなかったようです。」
「じゃあ全員で起こしに行きましょうよ。大声で呼べばさすがに起きるんじゃないですかねぇ。」
マーチが眠そうな目をこすりながら、ゆったりと言った。
全員でジュライの部屋の前に行き、大声で叫ぶが、反応は全くなかった。
「ちょ…ちょっとやばいんじゃないですか。もしかしたら…しっ死んでるとか。」
オクトは顔を真っ青にしながら言う。
男たちで全力でドアを破壊する。しかしその部屋の中にはいるべきである人影、ジュライの姿はなかった。一夜にして1人の男が部屋から消えた。
「ついにからくりの館『機巧館』って感じだな。」
「わくわくしてる場合じゃないだろう。人が1人消えてるんだぞ、エイプリル。言葉を気をつけろよ。」
オクトは怯えながらも言う。その後ろではメイとマーチが震えていた。
「オクト、落ち着けよ。ジューン先輩は死んだと決まったわけじゃない。生きている可能性だって十二分にある。荷物がまだ置いてあるから館内にいる可能性が高い。だったら僕たちはこの館のからくりを解くことが最優先にするべきだ。それが元来の目的である5年前の事件の解決につながるんじゃないかな。」
「エイプリル君の言う通りです。先ほどの大声での呼びかけに反応しなかったということは反応が返せない状態もしくは聞こえない場所にいるということです。手分けして館のからくりを解き明かしましょう。マーチさんと僕は工学部なので、機械について詳しいです。何かわからないことがあれば聞きに来てください。また1時間ごとに大広間に集合して、経過報告を行うこととします。では探索をお願いします。」
一行は館中にばらけ、館を探索し始めた。
探索から7時間が経ち、午後の4時になっていたが、ジューンの発見には至っていなかった。
「からくり自体はいくつか見つけたが、先輩は見つからないな。あと見てないところとかあるか。」
「いや結構見たわよ。それこそ隅から見てったから。この館見えてる部分だけだとそんなに広くないもの。」
「見えている部分…。何か引っかかるな。なんだ…?」
エイプリルは広さという言葉に引っかかった。
「皆さん。もう一度館内を見渡しましょう。どこかに見落としているところがあるかもしれません。もう既に探索から7時間経っています。向こうからのアクションが一切ないことから危険な状況かもしれません。」
「ジューン先輩とエイプリルはジュライ先輩と隣の部屋だったわけだけど、何か聞いたりしてないの?」
メイは少し焦りながら二人に問う。
「そうだね。僕は21時には寝てしまっていたから…。特に聞いてないな。」
ジューンは缶コーヒーを片手に言う。
「僕は23時ごろに寝ましたが特には…、あっそういえば落ちる直前になんか音が聞こえたような気がする。エンジンというかからくりの音というか。」
「それって…」
「あの~すみません。これって外部班の可能性ってことはないですかね。1人いるじゃないですか。現在行方不明でここに住んでいた人間が1人。」
「青村雄二郎!」
一行は口をそろえて言う。
「雄二郎ならこの館のからくりなんて全部把握できてるでしょうし、可能性はありますよ。」
「確かに盲点だった。青村雄二郎か…。だがそうだとしたらなぜ姿を現さない。それに我々に危害まで…。何故だ。」
「とにかく、その可能性がある以上もっと慎重に行くべきです。二人一組で探索はしましょう。」
綾辻の提案通り、エイプリルとオクト、メイとマーチ、ジューンと綾辻の組に分かれ、探索を始めた。
「オクト、何故ジュライ先輩が狙われたと思う?もし外部犯の仕業なら何故ジュライ先輩が狙われたのだろう。あの人の部屋は僕とジュ―ン先輩に挟まれた真ん中の部屋だ。普通狙うとしたら端の部屋からじゃないか。正面のドアから入ってくれば僕か、オクト。端の窓からならジューン先輩かメイのどちらかだ。わざわざ何故。」
「あの部屋が雄二郎の部屋だったとか?」
「いや、雄二郎の部屋は2階の1番右端の部屋だ。」
「では外部犯ではないと?」
「あぁ。僕は先輩が自分で消えたのでなければ、この館に来ている誰かが犯人だと思っている。オクト、この話は誰にも言うなよ。バレればしっぽを隠される。」
「僕にはバレてもいいのかい?僕が犯人かもしれないのに?」
「もちろん君が犯人の可能性はあるよ。可能性はゼロじゃない。もちろん僕自身もね。だが僕の知ってる君の性格上自分がみられている状況じゃ絶対にぼろを出すタイプに人間だからね。君が犯人でもわかりやすい証拠を残してくれると思うんだ。」
「君は僕を馬鹿にしてるだろ。」
「まさか。これは一種の信頼だよ。」
エイプリルはニヤッと笑い言った。
「まぁ。そう言われると悪い気はしないよ。」
オクトは複雑な顔をしながらも笑いながら言った。
「オクト、外に出てみないか。ちょっとさっき気になったことがあるんだ。」
そういうとエイプリルは外に出て、館の側面のほうに歩いて行った。
「どうしたんだい。外にまでからくりがあるのかい?」
「いや。」
エイプリルはにやりと笑う。
「これは重大なことが分かったよ。感じていた違和感はこれだった。オクト、みんなを僕の部屋まで読んできてくれ。場所が分かったかもしれない。」
「うっうん。わかっ」
ヴウーンヴウーン
館内部に車が入ってきた。
「なんだ?」
館内にいた人も気づいたようで、次々と出てくる。車の中から出てきたのは、1人はみんなには見覚えのある青年、一人はほとんどの人には見覚えのない中年の男だった。
「おぉ、ディッセンじゃないか。『機巧館』には来ないんじゃなかったのか?」
「あぁ。ほんとは来れない思ってたんだけど、ちょっと事情が変わってね。そっちもちょっと大変なことでも起こってるんじゃないか?」
「あっあぁ。実はジューン先輩が」
「兄さん何でここに?」
「えっ兄さん?」
「情報多すぎるんですけど、説明してもらっていいですか。」
「まずこの人は僕がバイトしてる探偵事務所の探偵で綾辻先生のお兄さん綾辻総司さんです。ここに来た理由は、とある人が事件を起こそうとしているということが分かったからです。」
「その事件ってもしかして、ジュライ先輩の?」
「そうです。推理通りでしたね、総司さん。」
「そうだね。僕の推理は悲しくも当たっていたようだ。当たってほしくなかったけれどもね。」
「いったいどういうことなんだ兄さん。今起こってることをどうして知っているんだ。外にいた兄さんが。」
「僕たちは元々別の事件について調査していたんだ。そうして推理の延長でとある結果にたどり着き、ここまでやってきたわけだ。」
「まぁ本人に聞いてみるのが一番です。なぁ…幸村、いやここではこういうべきだったな、ジューン。」
「はぁ、僕がここにいるのは分かっていたんだね、師走。聞いてもいいかな、お前がここまでたどり着いた過程を。」
「あぁそうだな。では中に入って説明するよ。ここまで来るに至った過程と‘‘すべての謎``の答え合わせってやつを」
第4章 2日目 街
午後3時、約束の時間に七生は事務所までたどり着いた。
「あれっ。いないのか。まぁ珍しいことでもないか。」
「すまないねぇ。待ったかい?ちょっと外に出てたら遅くなってしまってね。」
「総司さん、どこまで行ってたんですか?もしかして昨日言ってたことについてですかね?」
「その通り。やっと推理がまとまったからね。君にも聞いてほしいんだ。」
「わかりました。」
「では、昨日と今日で得た情報で僕がたどり着いた推理について話そう。」
まず、今回の事件の件で話を色々聞いてきて僕が行きついた結論は‘‘事故死``だ。
ではこの結論にたどり着いた過程としてまず、九重さんとの話で疑問に思ったことから紐解いていった。まず最初に気になったのは彼女は赤嶺さんの彼氏について何も知らないと言っていたけれど本当にそうだったのかということだ。このことについては彼女からの話だけでは分からなかったけれど、幸村君の話を聞いてとある仮説が浮かび上がった。それは彼女が本当は赤嶺さんの彼氏が誰なのか知っていたというものだ。幸村君は九重さんに告白されたのが1年時の夏と言っていた。それは好きな人がいると言い、断った。そして赤嶺さんが彼氏と付き合い始めたのが夏の終わりごろだ。このことから少し赤嶺さんと幸村君について、ちょっと考えてみた。そうして思い出したんだ。幸村君の言動に違和感があったことを。まず九重さんと赤嶺さんの呼び方に大きな違いがあったということ。九重さんには九重先輩と普通に言えていたのに対し、赤嶺さんに対しては先輩とつけるのが一瞬遅れていた。これは「先輩」とつける癖がなかったからだと考えられる。そして九重さんとは違い、下の名前で呼んでいたのも気になるところだね。さらに気になったのは幸村君が飲み会での赤嶺さんをよく見ていたということだ。普通よほど仲良くないと、1年半前も前の飲み会での様子なんて逐一覚えてられないだろう。なのに、トイレの方で乙名君と言い合いになっていたところまで見てたのは、普通の先輩後輩と言うには無理があると思ったんだ。
次に赤嶺さんが歩道橋からの落下で死んだのを聞いて、七生君は結論として、乙名君が犯人としていたけれど、僕にはそれが引っ掛かっていた。乙名君は別に赤嶺さんと仲が良かったわけでは無かったのなら、歩道橋がトラウマだということを知らない可能性が高いのではないかということだ。もし知らなかったら、わざわざ歩道橋から落とす必要はないんだ。そんな手間をかける必要はない。
これらのことの立証させるために、僕はもう1度九重さんに会いに行ったんだ。これらの情報のすべてが正しいとなると犯人も僕が予想した人間の可能性が高くなると思ったからね。
九重さんは僕が欲しかった情報を持っていたよ。まず、幸村君に告白したとき、彼女は幸村君の好きな人が赤嶺さんであることを知ったということだ。そして、赤嶺さんのトラウマについて、研究会内では九重さん以外は知らないだろうということも分かった。
これで僕の中ですべてがつながったよ。九重さんは気づいたんだろうね。僕に話を始めたよ。では九重さんからの告白もとい結論を話そう。まず、九重さんは幸村君に告白したけど、好きな人がいる、それが赤嶺さんであるということが伝えられた。そこから九重さんの心に黒いものが募っていった。そして、赤嶺さんからの彼氏がいることの告白。これで心の中の黒い嫉妬が爆発した。彼女は赤嶺さんを連れて、軽い2次会に連れて行ったようだった。その後さらに酔わせて、歩道橋まで連れて行った。まさか信頼していた先輩に歩道橋に連れていかれるとは思わなかったんだろうね。赤嶺さんは恐怖で酔いが醒め、足が動かなくなってしまっていたそうだよ。そして、赤嶺さんが落ちるように導いた。あくまで、事故としてね。ちなみに乙名君は本当に忘れ物をして、鳥に言っていただけのようだよ。
「これが今回の依頼対象の事故の結末だよ。」
「九重先輩が…。警察に行ったんですか?」
「いやまだだよ。それより今は17時か。そろそろ出かけようか。」
「出かける?どこにですか?」
「どこって、行きたがってただろう?『機巧館』だよ。」
車を走らせながら、総司は話を始める。
「今から『機巧館』に行く理由は、勘違いを悲劇にさせないために行くんだ。」
「勘違いを悲劇にですか?」
「うん。僕は今日九重さんのところに行った後、海のほうまで行ったんだ。そしていろいろな人に話を聞いたが、昨日の夜に海で絵を描いていた人はいなかったそうだ。暗い中で絵を描くってなったら光が必要だ。当然目立つからね、誰にも気づかれずに絵を描くなんてほとんど不可能だ。では何故噓をついたのか。それは本来いない場所にいたからだと思った。僕らに行かないと言っていた場所、そしたらおのずと『機巧館』ではないかと思ってね。そして、彼は元々自分の彼女を殺した相手は乙名君だと思っていたんだろうと思う。僕たちの推理を聞いたときに驚く様子を見せなかったし、彼はこの事故のことを「事件」と言っていたからね。僕たちの推理を聞いて、余計に自信を持ってしまったかもしれない。そして、何かするんだったら、この『機巧館』は絶好の場所だろうし。もしかしたらもう起こっているかもしれない。」
「じゃあもう間に合わないのでは?」
「いや、復讐が目的なら彼はすぐには殺さないと思うよ。プライドの高い相手に罪の意識を持たせるなら、じっくり苦しめていくのが1番効果的だと思うしね。ただ急いだほうがいいのには変わらないから。急ぐよ。」
第5章 2日目 館 解決
「それで僕たちはここまで来たんだ。」
「嘘だ…。嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だーーーーーー。」
幸村(ジューン)は膝から崩れ落ちた。
「ジューン君、ジュライ君の場所を教えてください。」
「…」
「綾辻先生。僕に心当たりがあります。皆さん、ちょっとついてきてください。」
綾辻がジューンのもとに残り、ほかのメンバーで付いていく。
一行はエイプリルの部屋に着き、エイプリルはくぼみの前に立つ。
「このくぼみが気になってたんだ。そして、からくりをこの部屋で動かせるものがあるはずだ。そう思ったら一つあった。鉄でできたコップ、そもそもこの部屋には冷蔵庫も洗面所もないのになぜコップだけおいてあるのか。それは、」
くぼみにコップをはめ込み、コップの持ち手を持ってぐるっと回す。すると部屋が静かに回り始める。やがて180度回転し止まる。一行が部屋から出るとそこは先ほどまでいた廊下とは違う空間だった。
「やっぱり。おかしいと思ったんだ。部屋の大きさと館の奥行きがどう考えても合ってない。窓がないことからも奥に空間があるんじゃないかと思ったら案の定だ。」
すると廊下の奥の方からうめき声のようなものが聞こえた。
「見つけた。ジュライ先輩。」
「ありがどゔ」
泣き崩れながら、お礼を言うジュライ。うまく歩けないようで、オクトとエイプリルが肩を貸し、食堂に戻った。
「ほんどうによがっだ。」
綾辻は泣きながら抱き着いた。
「幸村、大丈夫か。」
「あぁ、まさか殺す前に止められるとは思わなかった。どんな名探偵でも事件が起こった後にしか動けないと思っていた。復讐は絶対成功するはずだった。」
「だけど失敗した。まぁお前を止められたのは運がよかったところが大きいよ。九重先輩と当日に話せたことも大きかったし、総司さんのところにあの依頼が来ていなかったら止められなかった。」
「結局人の裁きは神に止められるんだな。本当に復讐するべき相手を見誤って、人を気付つけてしまった。」
「復讐したい気持ちがわからないわけじゃない。だけど裁きを行うのは法だ。法学部であるお前がそれを一番わかっているんじゃないのか。」
「あぁ、そうだな。だけど何かを失ったとき、人は正常じゃいられない。それが大切なものであればあるほど、な。」
「幸村…。」
「俺の負けだ。自首するよ。」
「待ってくれ。」
ジューンの言葉に、ジュライが待ったをかけた。
「待ってくれ。お前が俺を恨み、こんなことまでしたのは正直言って許せない部分もある。それでも、俺は赤嶺を傷つけていたのは事実だ。だからさ。今回のことはなかったことにしないか。」
「ジュライ先輩」
「いや、俺も正直今までやってきたことのつけみたいなものが来たんだと思っているんだ。今回のことだって俺の行動が自分に返ってきているわけだし、自業自得なんだよな。だからさ。俺にはこいつを責める資格はない。」
そう言うと、ジュライはジューンに手を差し出す。
「本当に…すみません…でした。」
ジューンは手を握り、言葉に詰まりながらも謝罪した。
「俺も本当にすまなかった。何度言っても足りないかもしれないし、赤嶺には許されないかもしれないが…。本当にすみませんでした。」
「さぁ、最後のなぞ解きを始めようか。」
「最後の?」
「あぁ。書斎は鍵がなくて開かないと言っていたが、この館はからくりの館だ。この館は強盗に入られたわけじゃない。それにもかかわらず、現在鍵がないってことは、紛失されたというより、元々なかったと考えてみるほうがいいかもしれない。」
「ということは、この扉もからくり?」
「だろうね。からくりの先にもう1つからくりがあるという穴をついた仕組みだね。たぶんここら辺に…。ビンゴだ。」
からくりが動き出し、扉が音を立て、開きだした。
その先に待っていたのは強烈な腐敗臭であった。においの発生源は部屋の真ん中にある人だったものからだった。
「きゃーーーー」
女性2人は絶叫を挙げ、目をそらす。
それは白骨化し、識別がつかない状態になっていた。
「落ち着いて、2人とも。」
「落ち着く?無理ですよ!私たち死体の横で食事までしてたんですよ!思い出したら気持ち悪くなってきました。」
一足先に2人を綾辻が上に連れていき、七生、総司、エイプリル、オクトの4人で捜査を始めた。
「いったん上に行きましょうか。総司さん。」
捜査を始めて1時間ほど経ったころ、七生は、書斎内の本を見ていた総司に移動を促した。
「…うん。僕の方もあらかた推理が完成したから、大広間でみんなに話すことにしようかな。」
「推理ですか?」
「うん。5年前の事件のね。」
「5年前のですか…」
大広間に集まり、総司は5年前の推理を始めた。
「まずあの白骨化死体は誰のものかということだ。普通に考えればあの死体は雄二郎のものと考えるのが妥当。だけどあの白骨化死体の左手の薬指には指輪がついていた。つまり、あの死体は雄二郎ではなく雄一郎のものだったという可能性が高い。」
「雄一郎ですか?じゃあ雄一郎のものだと思われていた死体は…。」
「あっちが雄二郎のものだろうね。雄一郎だと思われていた死体は顔が識別不能なまでに殴打されたのち、燃やされていた。妻の横で死んでいたという状況から雄一郎であると誰もが考えてしまった。だが姿かたちがそっくりな双子、違うのは顔に大きな火傷があるかないかという2人が入れ替わっているというのは考えられない話ではない。わざわざ顔を殴打し、識別不能にしなくても、睡眠薬で眠らせていたのであればそのまま燃やせばいい。にもかかわらず、顔を壊すことに執着した。それは入れ替わるためだったと考えられるのではないかね。」
「顔への執着。それならむしろ雄二郎が持っているものではないですか?雄一郎によって顔に大きな火傷を負ってしまった雄二郎の方が兄の顔を壊すのではないですか?」
「確かにね。それこそが雄一郎の罠だったんだよ。その証拠がこの本だよ。先ほど書斎の探索をしていた際に見つけた、この一見すると普通の本。だが中を開くと。」
本の中は空洞になっており、中には大量の手紙が入っていた。
「手紙ですか?」
「そうこれは、書斎の奥の方に隠されるように置いてあった。内容は…雄二郎と静江の間で交わされた恋文、ラブレターみたいだね。」
「つまり2人は恋仲であったと?」
「そうだね、一通り読んでみて、僕が導いた結論がこういうものだ。」
雄一郎と雄二郎、静江は元々中学からの同級生だった。そして雄一郎、雄二郎両人が静江に好意を抱いていた。だが静江が選んだのは雄二郎の方であった。そのことに雄一郎は激しく嫉妬した。それから雄一郎は必死に勉強し、実業家として成功した。そして両家は雄一郎と静江の縁談を望み、雄一郎の思惑通りに進んでいった、はずであった。しかし、静江の雄二郎への想いは全く消えてなかった。そのことを知った雄一郎は激昂し、雄二郎の顔に火傷を負わせてしまった。我に返った雄一郎は激しく後悔し、人前に出られなくなった弟を養っていくことを決めた。そして月日が流れ、2人の間には子どもができた。しかし雄一郎は愛すことが出来ず、T都にある実家に勝手に預けてしまった。そのことで夫婦仲は悪化していった。事件より5年前、雄一郎は書斎にて、雄二郎たち2人がいまだ愛し合っていることを、手紙を見つけ、知ってしまった。その時直感的に雄一郎は分かってしまった。自分が娘を愛せなかったのは遺伝子レベルで娘を拒否していたからだと。そして2人へ強烈な殺意がわいた。そうして5年後あの事件が発生したとのことだった。
「まぁ、ほとんど告白の手紙に書いてあったことに少し付け加えただけだからね、推理とは言えないかもしれないけれども。この事件は雄一郎は5年間もの間計画し、実行に移したもので、ほとんど穴という穴がなかった。」
「その通りですね。雄一郎は真相にたどり着く証拠をことごとく残していない。唯一の穴である自身の存在すら殺して、完全な犯罪を達成してしまった。」
「そう、彼の晩年に書かれた告白の手紙がなければ我々はたどり着くことは出来なかっただろうね。彼らの両親は既に亡くなっているし、子どもは真実を知る由はない。」
そう、ある意味では雄一郎の掌の上にいただけであったようなものであった。
その後、幸村は九重に会いに行き、話をしたようであった。その結果九重は罪を認め自首をし、執行猶予付きの判決となった。その結果を赤嶺の両親に報告をして、総司への依頼は完了された。
「これでよかったんですよね。総司さん。」
事務所に集まった七生は後処理をし、幸村の方を向きながらも、総司に尋ねた。
「あぁ、良かったと僕は思っているよ。僕は探偵だからね。謎を解くことが仕事なわけだけど、それだけが仕事ってわけじゃないんだよね。何だかわかるかい?」
「いえ…。分からないです。」
「僕はね、探偵には謎を解くことでみんなを幸せにすることが必要だと思うんだ。だからね、言い方は悪いかもしれないけど、みんなが幸せならいいと思うんだ。」
総司の言葉を黙って聞いていた幸村は手に持っていた缶コーヒーを飲み干した。
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