第3話 ゼレンスキー大統領から見る、緊急時のリーダシップ論

 Владимир Александрович Зеленский

 ウォロディミル・オレクサンドロヴィチ・ゼレンスキー 

 今の世界で、彼の名前を聞いたことのない人間はいないだろう。

 2019年に就任した、現ウクライナ大統領である。 

 さて、ウクライナと彼がおかれている状況について、今更説明は不要であろう。

 ありとあらゆる意味で、世界でもっとも戦っている大統領だ。

 今回はゼレンスキー大統領をサンプルに、緊急時におけるリーダシップを考察してみよう。




 ① 逃げない


 緊急事態に陥ったリーダーが、最も行ってはならないものが逃走であることが、今回の戦争で明らかになった。

 ウクライナ軍の驚異的な抵抗力の源泉が、首都キエフに踏みとどまっている、ゼレンスキー大統領の指導力に由るところが大きいことに、異存のある人はいないだろう。

 当たり前だが、自分が一般兵だったとしてロシア軍と戦えと言われ、武器を渡されたとする。そこに、大統領が国外に亡命したというニュースが入ってきたら、私なら武器を放り出すだろう。バカバカしくてやっていられないからだ。だが、大統領が包囲されつつある首都に踏みとどまって、抗戦を続けるのであれば、戦えるだろう。

 一部報道によると、アメリカがゼレンスキー大統領に向けて、首都を脱出するようにと助言したらしいが、これこそがロシアの望む未来であったろう。

 ゼレンスキー大統領は、間違った選択をしなかった。この決断だけで、ゼレンスキー大統領は名大統領足り得る。




 ② 死なない


 なかなか難しい事ではあるが、死ぬことすら許されないのが、緊急時の指導者の立場である。指導者が死ぬと、余計な混乱が発生するからである。

 ある意味では、逃げないよりも難しいだろう。




 ③ 捕まらない


 敵性勢力の捕虜になってはいけない。

 指導者が捕縛されると、敵性勢力に目に見えるトロフィーを与えてしまうからである。

 イラクのフセイン大統領がいい例であろう。

 指導者がさらし者になると、死ぬよりも被害が拡大する恐れがある。アメリカが恐れていた最悪の事態がこれであろう。そして、ロシアが最も望んでいる未来でもある。



 ④ 隠れない


 逃げるのも、死ぬのも、捕まることも許されないが、隠れることも許されないのが、緊急時の指導者の辛い所だ。

 敵から隠れることは、当然に行うべき事ではあるが、味方にも何処にいるのか分からないようでは、本末転倒である。指導者が所在不明になると、ネガティブな噂の源泉になるからだ。

 ゼレンスキー大統領の見事な指導力は、まさにこの一点に集約されている。

 彼は毎日のように、国内に、世界に、情報を発信し続けている。あの様子を見て、彼が隠れていると判断する者はいないだろう。

 前職がコメディアンだったためか、動画の使い方が実に巧みである。前職から彼の事を軽く見ていた者も多いだろうが、むしろ前職の経験を見事に生かしているといえる。




 ⑤ 口を出さない


 映像やニュースを見ているだけなので、確証はないのだが、ゼレンスキー大統領が、個々の軍事作戦に口を出している様子は見受けられない。

 彼が軍に伝えていることは「徹底抗戦」の一言だけのように思える。実際の作戦指揮は、ウクライナ軍首脳部に、全て任せているのではないだろうか。

 停戦交渉に国防相が参加している所を見ると、文民統制の役割分担が、完璧に機能しているようにも感じる。

 これは、なかなかできる事ではないだろう。

 ウクライナからは、何処かのちょび髭の真似を絶対にしないという、信念のようなものを感じる。そういえば、ゼレンスキー大統領はユダヤ系の人であった。

 



 ⑥ 諦めない


 弱音は吐けないのが、緊急時の指導者である。

 ちょっとした一言が、大きな動揺につながることもある。未来があると信じることが、指導者の使命でもある。




 ⑦ ピンチをチャンスに変える


 ゼレンスキー大統領がEU加盟の申請書にサインしたのを見て、この人は、なかなかしたたかな政治家だなと感じた。

 世界中の同情が集まっている今こそ、自身の要求を通す絶好の機会でもある。 

 EUの役人たちは、さぞかし困った事態になっているだろう。

 この一手は、戦争の役には立たないかもしれないが、戦後復興には大きな一手となるだろう。

 この状況下で、次の展開を考えていることに驚きを感じる。

 ウクライナの降伏以外、何にも考えてなさそうなプーチンとは大きな違いだ。




 まとめ


 ゼレンスキー大統領は、現在地球において、最も緊急時の指導者としての資格を有している人物に思える。

 平時の指導者としての評価は知らないが、戦時の指導者としては合格である。

 ウクライナの皆さんの、人を見る目には敬服せざるを得ない。



          ウクライナに栄光あれ。

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