迷走のフルーツジェラート

 俺が料理長として(レナートに半ば脅される形で)デリツィオーゾの王宮に雇われてから、そろそろ一ヶ月。

 城下で有名な天才料理人が我が城へ、と、国王御一家は大いに喜んだ。だが厨房側では事情が違ったらしく、着任数日後にはもう嫌がらせが始まった。

 必要な鍋が、絶妙なタイミングですべて使われている。

 作った料理に、入れたはずのない調味料が混ざっている。

 盛り付けが、気付けばめちゃくちゃに乱れている。

 王宮での俺の評判は、またたく間に落ちていった。それでも国王陛下は最後の機会をくれた。


「星降りの祈祷」に提供する、飲物と菓子の準備だ。


 年に一度、真夏に流れ星が多く降る夜がある。その日、国王と最高位の司祭たちは王宮の祭殿に籠り、夜通し祈祷を行う。それが「星降りの祈祷」で、国の安泰を神々に祈る重要な儀式だ。

 儀式の間には三度の休憩があり、そこでのもてなしを俺に任せる、という。


 正直気は進まなかった。

 このまま市井の料理人に戻るのも悪くねえと思っていた。

 だが、頼まれたものを出せねえってのも料理人として腹が立つ。なにより、あの毒見役様の薄笑いが脳裏にちらついた。「あなたはその程度の男だったのですか」と言いたげな、小馬鹿にした笑いがはっきり目に浮かんだ。

 辞める前に、あいつをせめて一度は驚かせたかった。




 とはいうものの。


「だめだな、こりゃ……」


 うっかり言葉が漏れて出た。あわてて周りを見回し、誰もいないことを確かめる。

 夏の真夜中にちょうどいい菓子が、選べねえ。

 俺の目の前には、皿に高く盛られた氷菓子ジェラートがあった。暑い夜にはいいんじゃねえかと、いくつかの果汁で作ってみたが、珈琲の強烈な苦味とはどうにも合わねえ。

 デリツィオーゾ王宮の地下には氷室があって、冬の間に集めた雪と氷を貴重品として蓄えている。今の時期には見張りが立って厳重に警備しているが、俺の権限なら在庫がある限りは自由に使える。だから、これでなんとかならねえかと思ったが……やめた方がよさそうだ。


 珈琲の苦味に、菓子を合わせろ。


 多分、負けねえくらい甘ったるい何かが合うだろう。

 覚えのある甘い菓子を端から思い出しつつ、俺は重い腰を上げて食材庫へ向かった。

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