星に祈りを、人に珈琲を

五色ひいらぎ

悪意の塩クッキー

 褐色の細かな泡を確かめ、小鍋を火から下ろす。木のカップへ中身を注げば、目の前に座る毒見役殿は、仏頂面のままかすかに鼻を鳴らした。


「なるほど、これが珈琲コーヒーの香気ですか……確かに類例がありませんね。煎った麦ともナッツとも違う」

「多くは飲むなよ。眠れなくなるぞ」


 俺が言えば、毒見役殿――レナートは、どこか馬鹿にしたような薄笑いを浮かべた。


「珍しく私の心配ですか、ラウル。正午の鐘もまだですよ……効能はそこまで強いのですか」

「どうだかな。国王陛下が『星降りの祈祷』のためにわざわざ取り寄せるくらいだ。半日程度は効くかもしれねえぜ」

「『星降りの祈祷』の休憩は、夜の間に三度。すなわち、赤炎星が沈んだ直後・夜半・蒼炎星が昇った直後。その毎回に供するのですから、そこまで強い必要はないでしょう」


 言いつつレナートは、カップの横で皿に積まれたクッキーに手を伸ばす。きつね色にこんがり焼けた、見た目だけは完璧なやつだ……が。


「おい、やめとけ」


 俺が言う前に、レナートはクッキーを口に入れ……盛大にむせた。


「……し、塩の塊ではないですか! ラウル、あなたいったい何を――」


 げほげほ咳き込みながら、レナートが俺をにらんだ。頭を振って応えつつ、でかい溜息が出る。


「連中にしてやられた」

「なるほど」


 潜めた声で言えば、レナートも気がついたようだ。


「あなたが厨房内で孤立しているとは聞いていましたが……『星降りの祈祷』向けの品まで妨害を受けるとは」

「生地を寝かせてる間に、なにか混ぜられたらしい。毒じゃねえとは思うが」

「……大量の塩と酢ですね。少しばかり黒ソースも入っている。厨房にあったものを無作為に混入したのでしょう」

「見立てどうも。『神の舌』が言うなら間違いはねえだろう」


 深く溜息をつきつつ、レナートはカップを手に取った。そろそろ珈琲の粉も沈んだ頃だろう。目で促せば、レナートは静かに口をつけ――再び盛大にむせた。


「こ、これは……想像以上に苦いですね」


 俺は思わず吹き出した。普段は皮肉な薄笑いばかり浮かべている毒見役様が、困惑顔で眉間に皺を寄せているのはどうにも笑える。


「なにが可笑しいのです」

「ああ、いや……『神の舌』にも好き嫌いあんだな、ってな」

「少し驚いただけですよ。ひとを子供のように……それよりあなた、どうするつもりなのです」


 珈琲をもう一口啜りながら、レナートは俺を見つめた。もう、むせはしないらしい。


「厨房の協力がない状態で、どう任務を――『星降りの祈祷』のもてなしを成功させるおつもりですか」

「国王陛下に聖職者五人。一晩で六人なら、店の客に比べりゃ大したことねえよ」

「そうでしょうね。……何の妨害もなければ」


 レナートは一息に珈琲を飲み干し……そしてまたむせた。底に溜まった粉まで飲んじまったらしい。

 だが今は、俺も笑う気にはなれなかった。


「妨害の現場を押さえられれば、国王陛下に処断をお願いできますが……手がかりはないのですか、ラウル?」

「中心の目星はついてるが、証拠がねえ。厨房皆あいつの味方で、俺の目は二つしかねえ……連中は俺の見てねえところで動きやがる」

「一人二人程度であれば、人員を貸すこともできますよ」

「それでも四六時中は見張れねえだろ……手の打ちようがねえ」


 首を振りながら、俺は皿に山盛りの塩入りクッキーを見た。


「ま、俺だけでなんとかする。『星降りの祈祷』の夜までに、珈琲と菓子を用意してやるよ」


 自信は、半々といったところだが。

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