少年の夢と青い春

譚月遊生季

憧れは突然に

 宮本武蔵みたいになりたい。


 ある日、少年はそう思い立った。

 学校の図書室で「五輪書ごりんのしょ」の解説マンガを読んだのがきっかけだった。

 放課後、制服のままレンタルビデオ店に向かい、宮本武蔵を題材にしたドラマや映画を借りた。

 夜がふけるまで一気に鑑賞した頃には、彼はすっかり宮本武蔵のとりこになっていた。


 そうだ、剣道部に入ろう。

 なかなか寝付けなかった脳みそは、翌朝、天啓のような輝きで少年に思いつきを与えた。


 宮本武蔵が編み出したスタイルは「二天一流」。片手に太刀、もう一方の手に小太刀を構えるもので、現代では他流派の似たスタイルとも併せて「二刀流」と呼ばれている。

 ……のだが、高校の剣道では、二刀流は禁止されている。全面的に禁止されていた時代もあったそうだが、現在は大学剣道以降で認められているらしい。

 ちなみに、使い手はかなり少ない。


 意気揚々と剣道部の扉を叩いた少年も、その現実に打ちのめされることになった。


 少年はとぼとぼと図書室に向かい、いくつか宮本武蔵に関するマンガや小説を借りて家に帰った。

 再び夜遅くまで読みふけり、やがて、以前とは異なる感想を抱く。


「あれ、こいつ、そこまでカッコ良くねぇんじゃ……?」


 少年が借りた本の中には、宮本武蔵が主人公でないものも含まれていた。

 歴史とは多面的なもの。片側から見れば英雄ヒーローでも、見方を変えれば悪役ヒールになることは往々にしてある。


 少年の中であれほど燃えたぎっていた情熱はどこへやら。

 ページをめくっていくうちに、宮本武蔵に憧れる想いはあっという間にしぼんでしまった。


 少年はゴロンとベッドに横になり、呟く。


「やっぱ、佐々木小次郎のがカッコ良いよな!」


 翌日、少年は再び剣道部の扉を叩くことになる。

 つばめ返しができるようになりたい。そんな夢を抱いて……




 数日後、彼が「柳生十兵衛みたいになりたい」と言い出したのは、また別の話。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

少年の夢と青い春 譚月遊生季 @under_moon

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ