魔術師は二刀流ではありせん。

宿木 柊花

第1話

【二刀流の魔術師】

 昔話の一つ。杖を使わず双剣を携えていたという英雄。一度ひとたび魔術を使えばドラゴンですら一瞬で消し炭になったという逸話も残されている。




 その魔術師を見かけた者は、その異様な出で立ちに誰もが振り返った。魔術師でありながら腰に二本の剣をぶら下げているからだ。

 しかしその魔術師とは全く関係ない。

 二刀流の魔術師よ、いやいや仮装よ、そんな声が聞こえると魔術師は途端に恥ずかしくなり駆け出した。

 誤解です誤解ですと何度も呟いたが、その声は誰にも届かなかった。



 こんな出で立ちになったのは数ヵ月前のこと。


 月すら眠りについた闇夜から魔術師は鍛練を積んでいる。何時間も静かな森に魔術師の詠唱が響いた。

 今回の目標は一般人でも多少素質があれば扱える初歩魔法、着火。使えれば何かと便利な魔法で人気もある。ソロキャンとか。


「今日もダメだった」

 朝日が昇り始める頃、帰ってきた勢いそのままに魔術師はベッドに転がると呻くように呟いた。そして体の雪を払うこともなく、ベッドと一体化するように寝入ってしまう。


 この魔術師は魔術が相当下手である。

 魔術師一族に生まれ膨大な魔力を内に秘めているにも関わらず、使う才能がない。

 一族の恥として家を出されて今に至る。



 雪も溶け、新緑が顔合わせする季節になった。ほんのり温かい日が続いて魔術師も寝坊ぎみになる。

 太陽が最大に輝いている頃に魔術師は飛び起きる。いつもは二度寝する魔術師が今日は颯爽と身なりを整えている。

 今日は少しテンションが高めらしい。

 朝食のパンを戸棚から出しながら

「まだ誰も来てない?」

 と魔術師は扉に聞く。

『来てない来てない』

 と扉が答えた。

 魔術師は魔術は下手だが、なぜか万物と意志疎通が可能。異質な能力もまた一族を追われた理由かもしれない。

「新しい杖まだかな?」

 魔術師は子供のように季節が移り行く外を眺めている。

 今日は新しい杖が届く日。魔術師はつい先日杖を燃やしてしまった。マッチのように簡単に燃えた。

 魔術師一族は杖とマッチングアプリで出会うのが一般的で、登録した情報と希望に沿った杖が自動で送られてくることになっている。


 ーーポトッ


 扉の前に細長い箱が置かれた。ウキウキしながら開けると、細身の短剣が入っていた。

「……」

『はじめまして杖です』困ったように間を置いてから続けて『魔剣改め、杖です』

「……魔剣」

 魔術師はそっと箱を閉じ、パンをちぎる。

 硬いパンは嫌いではない。噛めば噛むほどに小麦の香りが鼻に抜けて奥ゆかしい甘味が口いっぱいに広がっていく。麦畑にいる錯覚に陥る。

『一度試しません?』

 箱の中から誘う声がする。魔術師は最後の一口になったパンを見つめていた。

「とうとう魔術師としての杖すら貰えなくなったのか」

 魔術師は上を向く。そう、涙が零れないように。

『一度だけお願いしますよ。絶対めっちゃ魔術上達しますから』

 魔術師は半日考えて一度だけならと深夜にこっそり試すことにした。

(杖は一度魔力を通すと返品不可なことを魔術師は知らず、魔剣は知っていた)

 箱の中で魔剣がニタリと笑ったのを魔術師は知る由もない。


 結果、魔術師は初めてまともに魔術が使えた。

 しかし蛍の光くらいの照明の魔術が、深夜に太陽を落としたような莫大なものになったのは驚いた。魔剣はドヤ顔ならぬドヤ声でブラボーと称賛し、魔術師は絶句した。

「本物の二刀流の魔術師になっちゃう」

 目立ちたくない魔術師は人前では使わないと秘かに誓った。

『主さん出力のバランス悪いから一人だとしんどい』

 帰り道、魔剣は安定して魔術を使うにはもう一本補助できる杖が必要と言った。

 自分みたいなのがもう一本、と。


 後日魔剣の双子の片割れが届いた。


 双剣を使うと思いのままに魔術が使えるようになった。魔術師は嬉しくて仕方なかった。この頃にはもう杖が魔剣であるとは気にならなくなっていた。

 魔術師は夜な夜な森へ行くといくつもの魔法を操るのが日課になった。森はイルミネーションのように仄かに輝く。



 後日、近くの町では指揮者のように魔術を操る魔術師の話題で持ちきりになった。魔術で太陽を真夜中に呼び寄せたとか……。


 魔術師は双剣を置いて町へ繰り出した。唯一の食事であるパンを買いに。黒いローブを着て身なりに不審な点がないことを確認して歩き出す。


 ~机の上にて~

『二人揃って良かったね』

『ごはんは美味しいし、丁寧に扱ってくれるから優良物件』

『吸い尽くすまで一緒にいようね』

 窓の外の魔術師が見えなくなると双剣はパーっと輝き、消えた。


 町の入口で魔術師は腰に妙な重みがあるのに気付いた。双剣がぶら下がっていた。

「……なんで」

『ずっと一緒にいようよ』

『離れないよ』

 魔術師はローブで隠し足早にパン屋へ向かう。町中で魔術師が普通は持たない剣を持っているなんて、不審すぎて捕まるかもしれない。魔術師は目立ちたくない。

 人々に二刀流の魔術師と囁かれ、魔術師はパンを手に風になった。



 魔剣のごはんは魔力。

 魔術師は魔力が生命力。


 魔術師は何も知らない。

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魔術師は二刀流ではありせん。 宿木 柊花 @ol4Sl4

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