サヨナラ負け

義仁雄二

第1話

「はい、あ~ん」

「あ~ん」

 彼女から差し出されたクレープをひと口。

「おいしい?」

「幸せの味がする」

「もう、ひーくんたら」

 月曜日、鈴木浩は彼女のみっちゃんとデートを満喫していた。桜の樹が続く遊歩道、隣を流れる清流の音を聞きながら腕を組んで歩く。春の陽気と腕に押し当てられている胸の感触が心地よく、みんなが働いている平日ということが喜びに拍車をかけていた。

「次はどこ行こうか?」と会話していた時だった。

「浩」

 背後から名前を呼ばれ、背筋が凍った。鈴木にとっての声はよく聞いたことがある声だったが、聞いたことがないほど冷徹な声色だった。

 ぎこちなく振り返った鈴木の視線の先には、パンツスーツ姿のOLが立っていた。

「その女誰よ?」

「……みっ、みっちゃん」

 桜の開花が遅れるのではないかと言うほどにこの場が冷えていく。半袖のシャツから覗く鈴木の肌には鳥肌が立っていた。

「ど、どうしてここに?」

「休憩時間だから散歩よ」

 隣の彼女は何となく事情を察したのか、眉間に皴を寄せていた。

「で、もう一度聞くけど、その女誰よ?」

 パンツスーツの彼女は顎をしゃくって、鈴木に尋ねた。嘘は許さない。そんな気迫が込められていた。

 鈴木は旗色が悪いこの状況で戦略的撤退をしようとするが、いつの間にか腕を組んで胸を押し付けていた彼女に肘関節を極められて動けなかった。

「私も気になるなあ。その人だれ?」

「いや……その……」

 鈴木は答えに窮した。

 この絶体絶命の状況を乗り越えるにはどうしたらいいのかと。かつてないほどに脳が回転し、シナプスが繋がる。

 無言で二人に見つめられる中、鈴木はおどけた感じで言った。

「実は俺、二刀流なんだ」

 静寂。

 鈴木には不自然なほど周りの音が聞こえていた。心なしか川の音が激しくなっているように感じていた。

 彼女たちは視線を合わせた。そしてパンツスーツの彼女は徐に鈴木に近づき、

「二股を二刀流何て言ってんじゃねえよ!」

「はひゅっ」

 鈴木のゴールデンボールを下から蹴り上げた。

「二度と顔みせんなよカスが!」

 隣から支えられ態勢を崩すことが出来ない鈴木に吐き捨ててパンツスーツの彼女は去っていった。

「ひーくん」

 隣の彼女は鈴木の愛称を呼び、優しく微笑む。

「両方ともみっちゃんとか、確信犯だろうが!」

「ぱうっ!」

 彼女も鈴木のもう一つの玉を容赦なく蹴り上げた。

「もう近づかないでよね。さよなら」

 土下座のするかのように崩れ落ち、場外にボールが飛んで行ったのではないかと言う錯覚に見舞われている鈴木を放置し、彼女も離れていった。


 

 

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