和の手つなぎ
柵木悠夏
第1話
「
いつかの日、祖父から聞いた言葉を私はなぜ、思い出したんだろう。
なんだろう、この味。
私は、少し焦げた茶色いだし巻き卵の味に、呆然としていた。
*
お店に入る前からあまり期待はしてなかった。若者に人気のおしゃれな和食屋さんとだけ聞いてやってきたお店だったし、料理についての評価はあまりされていなかったから。やっぱりかという感じだった。
このお店もまた、最近よくあるお店の内装はとっても可愛らしくておしゃれなのに料理の味が残念、というお店だった。内装は黒と木材がうまく使ってあってシックで和風な空間を作り出しているにも関わらず、料理の『味』からは一切『和』という味がしない店だった。一言申し上げるなら、「正直いって残念」だろう。
最近、若者をターゲットにしている店はこの手のお店が多い気がする。外側だけが良くて、料理の味があんまりという本末転倒なお店。お店に入る最大の目的は料理を食べることだというのに。最近の若者には鼻も舌もくっついていないのかと思うほど、『最近の若者のに話題のお店』にはおいしい料理がない。
まあ…世間的に見れば19歳の私も最近の若者に入るんだろうけど。そこは気にしないでおくとして。
そろそろ、お店を出ていこうか、と荷物をまとめていた時だった。甘くてやさしい『ピンとくる香り』が私の鼻をかすめていったのだ。その香りの正体は隣のテーブルに運ばれてきたこの…だし巻き卵だった。
*
なんだろうこの味。
私は、少し焦げた茶色いだし巻き卵の味に呆然としていた。
さっきまで食べていた味とは全く違う。私が求めていた『ピンとくる味』。なんだろう、なんでだろう。衝撃が止まらない。さっきまでだらだらとだれけていた私の心臓が、バクバクいいだした。
甘味、塩味、苦味、酸味、うま味…そんな単純なものでは言い表すことのできない味だ…。穏やかで、優しくて、懐かしい。そんな美しい、私の体に幼い頃から染み付いている味…。
私は確信した。絶対に間違えるはずがない。
間違いない、これはおじいちゃんの味だ。
優しくて朗らかな気遣い王子のおじいちゃん。そう、3年前になくなった祖父の味によく似ている。味のバランスや出汁の旨味、食感すべてが完璧に仕上がっているが、お堅い、畏まった感じはしない不思議な味。
これだ。これに違いない。いや、きっとこれだったんだ!私の心拍数がばくばく上がっていく。色を失っていた世界にどんどん美しい色彩が広がっていく。この勢いのまま走り出したい。
私は確信をもってお店の人を呼んだ。
「お願いします、この料理を作った人に会わせてください」
この人かもしれない。いや、絶対、この人だ。祖父が亡くなった後、ずっと閉めたままだった「料亭 和の花」の二代目としてふさわしい人物。そして、私の未来の旦那様(もしくは女将さん?)は!
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