第60話 アラサー令嬢は混乱する



 自分に出来そうなことは、この位だろう。

 

「私は、そろそろ戻りますね」


 シャーロットわたしの姿が見えないことに、王子やシリウスが気づいたら、心配させてしまう。


「あぁ…あの、君は『魔法学園』に進学するよね?」


 貴族の子供の8割は、『魔法学園』へ行く。

 残りの2割は『騎士学校』へ行ったり、体の都合で家で学ぶ子もいる。


「はい。女性騎士に憧れたこともありましたが…」


 私はふふっと笑った。


(身分的にもだけど、運動神経的にも無理でしたね…)


「そうなのか…」

「憧れの騎士様になれる、貴方はとても羨ましく思います」


 では失礼します、とその場を後にしようと思ったら、会場の方から黒髪の少年が現れたのが見えた。


(シリウスだ! 探させちゃってる!)


 呼びかけようとして、『この姿で名前呼んじゃって良かったんだっけ?』と一瞬ためらい、とりあえず黙って手を挙げた。

 気づいたシリウスが足早にこちらへ来る。


「シャァー……リィ」


 あちらも名を呼ぼうとして、後ろにいる男子に気づいて、口をすぼめた。

 すぐにこちらへ来ると、にこりと笑った。


「会場にいなかったから、探しに来たんだ」

「ごめんなさい。お花が素敵だったから眺めていたの」

「あぁここのバラ園は見事だからね…」


 花壇から私へ、目を移したシリウスの笑顔が強張った。


(あー服のすそー!)


 何で皆そんなに目ざといの!?

 そんなに汚れてないじゃない…たぶん。


「こ、これは、転んじゃったの! 虫が出たの!!」

「あぁ…」


 シリウスは、私が虫を苦手としてるのをよく知っている。

 納得した様子で、私の髪をとかすように頭を撫ぜた。


「髪も少し崩れちゃってるね。控室に戻ろう」


 えぇ、と返しつつ、シリウスを見上げると、彼の視線の先には騎士学校志望の少年がいた。

 少年もシリウスをじっと見ている。

 どことなく空気が悪い気がして、あわてて口を開く。


「こちらは、私が転んでしまった時に助けようとしてくださったの。少しお話をしていたの」

「そうなんだ。彼女がお世話になりました」

「いえ…」


 明るく会釈するシリウスと、それを凝視するような少年。


(もしかして知り合い? いや同年代だしおかしくないか)


 むしろ同年代の子供を、殆ど知らない私の方がおかしい…。


「お久しぶりです」


 少年はごく自然な動作で胸に手を当て、頭を下げた。


「はい。エメラルド殿下と一緒にお会いして以来ですね」


 王子と面会できるんなら、やっぱり上位貴族か。


(貴族を嫌ってるみたいだけど…強欲なオジオバがいたとか、権力争いでも見て育ったのかな)


 言葉の通じない老害や、深ぁぁーい権力争いを、間近に見て育ったシリウスは、むしろそれを利用する方向に成長してるけど。

 今もシリウスの顔には、対外用の完璧な笑顔があった。


 少年がちらりと私の方を見た。

 シリウスと目を合わせた私は、軽く頷いた。

 シリウスが私を紹介するために、右手を私の前に広げる。


「彼女はシャーリィ・バルマン子爵令嬢。私の母方の親戚です」


 スカートを少し持ち上げて礼をする。軽いカーテシーみたいな感じである。

 この世界では、きちんとしたカーテシーは王族以外にはやらない。

 名前も、女子が自分から名乗るのはまれだ。

 誰かから紹介されるのがマナーである。


(他にも、階級の上から話しかけるとか、下から名乗るとか色々あるけど、子供は『勉強中だから』と、ある程度のポカは見逃してもらえるらしい)


 お茶会は修行の場である。

 シリウスが『子爵令嬢の私』を先に紹介したなら、相手はそれより上の階級クラスだろう。

 ようやく偽名が役に立った…なんて、呑気に考えてた私は、次の瞬間フリーズする羽目になった。


「彼は…」

「僕は」


 少年は、きっちり正式の礼の形を取って体を曲げ、シリウスの紹介を遮るようにはっきりとした口調で私に言った。


「ジャック・ランドウッドと申します」


(…は?)


「…彼のお父上の、ランドウッド伯爵は騎士団長だよ」


 この間、話したよね?とシリウスの目が言っている。


(いや、聞いたけど…ちょっと…え…ーーー!!!)


『やっぱりぃー!』とか『大分違くない!?』とかの己の叫びが、頭でこだましている。


(う、動け、私。不審に思われるぞ!)


「まぁ…騎士団長の! 騎士を目指されているのも納得ですわ」


 ジャックと名乗った少年は、少し照れくさそうな笑みを浮かべている。


「シリウス様、ランドウッド様は騎士学校へ行かれるそうですよ」


 これだけは譲れない!と訳の分からない決意で、私はシリウスに告げた。


「あぁ、そうなんだ?」


 意外そうにシリウスが目を見開いた。

 だが、ジャックは苦笑を浮かべて、口を開いた。


「いえ、まだ正式には。父からは『魔法学園』に進むよう、言われておりますので」


『えええー!』…と、私の内心は大騒ぎです…。


「そうか。お父上が反対されているのか」

「悩んではおりますが…」

「お父上のように、誰からも一流の騎士として認められている方でも、君に学園に行って欲しいと望んでいる。その意味を考えて答えを出すといいよ」


 右往左往する私の内心を知らず、シリウスはニコッと笑った。


「もし、それでも『騎士学校』へ進みたいなら、僕に相談しに来て。何らかの口添えはできるかもしれない」

「いえ、そんな!」

「自分の行きたい道に進むのが一番だからね」


 まぁ確かに、第一王子の親友である宰相の息子に、(シリウスのことだから理詰めで)説かれたら頷かない訳にはいかないだろう。


(大丈夫か…な?)


 ジャックが学園に来ないなら、ほぼ確実に攻略対象からは外れるだろう。

 もし王子の護衛になるとしも、卒業後だ。


(もちろん、『悪役令嬢としてヒロインいじめ』なんて絶対やらないけど、強制力は怖い。一人でも、『攻略対象』=敵は少ない方がいい!)


 私は右手をぐっと握りしめた。





Atogaki *****************





…その頃の王子。

大人の男性ズ&子供の女子ズに取り囲まれ、ロイヤルスマイル貼り付けて王族のお仕事。


『シャーロット大丈夫かなぁ。それにしても…シリウス…僕をこの状態(二人分の壁)に一人で置いていくって…ひどくない…? やっぱり、僕もどうにかして、気楽にお茶会へ出る方法を考えてもらおう…精霊かな、やっぱり…シャーロットに頼んで…』


…絶賛現実逃避中。

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