緑の災厄と呼ばれて

G.Balto【GENO=BALTO】

Prologue

1.災害派遣

 ──どこだ?! ……どこにいる?!


 息を切らしながらオレは探していた…… 暗闇の中に響く声の主を。

 

 その声は懐かしいが、それと同時に不安になる声だった。


 目の前には目先が見えないほどの暗闇が広がっている。

 オレは全速力で走り、無我夢中でその声の主を探す。


 遠巻きに目を凝らしてみると、その場に座り込み泣き崩れている少女を見つけた。



 ──おい? 大丈b……


 手を指し伸ばそうとした瞬間、少女は首を絞めてきた。

 その細いその腕からは想像もつかないような力だ。

 オレは、必死に少女の腕を振りほどこうとする。


 だが少女の冷たい手は、オレの首をさらに強く絞める。



「──ゆるさない」 



 ──?!!??



「お前のせいで、 ──お前は、死ぬべきだ」


 か細い声をしたその子の瞳には光が消えうせ、首には縄の跡が痛々しく残っている。



 ──ああそうか、オレは死ななきゃいけないんだ。

 ──そうじゃなきゃ、赦してゆるしてもらえない。


 徐々に意識が薄れてきて、目の前が暗くなっていく……





「──ヤト!! おい、はやと!! なに任務中に寝てんだよ!?」


 肩を強くつかまれ、【黒須 くろす はやと】陸士長は、

 隣に座っていた親友の【瀬戸 泰介せと たいすけ】一等陸士のヘッドフォン越しの声で目を覚ました。


 隼は半ば寝ぼけた状態で辺りを見回し始めた。


 どうやらここは輸送ヘリの中のようだった。 周りには泰介を含めた、約10数名の他の隊員たちがヘリに座っている。



「ちょっとぉ黒須ぅ? あんた気が抜けすぎよ? こんな状況で寝るなんて信じられない」

「……興奮して前日眠れずに、体調を壊すお前よりはマシだ、牧野……」

「うっ、うっさいわね?! まだ前の訓練の時の失敗を根に持ってんの?!」


牧野 玲美まきのれみ】一等陸士は、隼に図星を疲れ赤面になりながら声を荒げた。



「ヘッドフォン越しでの痴話喧嘩ちわげんかはその辺にしておけ、牧野一士!! 黒須士長もだ!!」


 2人はその怒声を聞いて、思わず姿勢を正す。



「全く、遊びに行くわけじゃないんだ!! 2人とも気を引き締めろ!!」


 黒須達の上官でもありこの分隊の隊長でもある、【沖田 進おきた すすむ】三等陸佐は、溜息をつきながら作戦資料を読み上げ始めた。



「──諸君!! 第8師団九州地方担当の面隊との合同訓練の後で申し訳ないが、緊急の派遣要請があったことは知っているな?? 場所は【屋久島 縄文杉】だ……」


 派遣先を聞いてヘリの中の全隊員は、少々驚いた。



「えぇ……?? また遭難者の捜索ですか? そんなの第8師団に任せればいいじゃないんですか??」


 泰介は悪態あくたいをつくのも無理もない。 


 観光客が屋久島の縄文杉へ向かう途中、道を外れて遭難し付近に駐在している自衛隊が、捜索に出るというのは珍しくないからである。


 因みに黒須達は関東地方、東部方面隊、第1師団。 つまり都心部に駐屯地ちゅうとんちを構える自衛官だ。


 今回は縁あって九州拠点の自衛官達と合同訓練があり、本日中に都心に帰還する予定でいたが、緊急で九州駐屯地の南東、屋久島に派遣されて今現在、現場に向かう輸送ヘリコプターの中に搭乗とうじょうしている。



「黙って話を聞いていろ瀬戸一士。 今回はいつもの遭難者の捜索の派遣要請ではないようだからな」


 沖田のその言葉に思わず他の隊員が質問し始めた。



「どういうことですか三佐?? 確かに遭難者捜索の派遣にしては重装備ですが……??」


 確かに、ただ遭難者の捜索に向かうにしては、自動小銃89式小銃軽機MINIMI249短機関銃9㎜口径SMG自動拳銃SIGP220を各隊員はおのおの装備していた。 無論、黒須も例外ではなく、89式小銃と拳銃を装備していた。



「その疑問はこれから説明する難波なんば士長。 まず事の発端は、一昨日おとといの縄文杉に向かった観光客の最初の通報だ。

 通報内容は縄文杉にが出てきて、友人たち全員を惨殺したという話だった。 最初は警察や猟友会が、現場に向かったが…… そのまま音信不通になったそうだ」


 その説明を聞いていた隊員たちはどよめいた。


「なにかがというと、クマとかに襲われたということか?? それなら第8師団の奴らが解決しているはずじゃあ??」


 メンバーの中で一番年上であろう、鬼曹長が沖田三佐に疑問を投げかける。



「その第8師団の先発した普通科連隊全員が、昨日現場の縄文杉に向かい部隊全員もむかった後、音信不通になったそうです萩本はぎもと曹長……」

「ハァア、なんだってぇ?! クソ軟弱共が!! 訓練を怠ってるからそうなるんだ!! しかも俺たちにケツを拭かせるとは、大失態もいいところじゃねえか!」


 この萩本と呼ばれる曹長…… 黒須がいる隊では鬼曹長と言われ、成績が低い奴や自分が気に入らないやつの訓練量倍にして徹底的にしごく、短気、脳筋、根性至上主義な自衛官である。 そのせいか、部下にはあまり慕われていない。



「──あんたが普通じゃねえんだよ、訓練バカめ……」

「瀬戸てめえ!? 訓練でまたしごかれてぇのか!? あぁっ?!」

「……曹長、少し黙っていてくれ、説明が聞こえない」


 萩本曹長の怒声に、隼は静かに突っ込む。



「んだと、たった数年しか自衛隊にいないクソガキがぁ!? ちょっと訓練成績がいいからって、でかい口を──」

「いい加減にしてください曹長!! 普段からそういう粗暴な態度ですから、50を過ぎても曹長止まりなのですよ?! もっと自衛官らしく、態度を改めてください。」

「チッ……!! (出世ルートから脱落した、半端者はんぱもんが偉そうに……)」


 どうやら沖田三佐の言葉が萩本に効いたようだ。

 舌打ちをしながらも、おとなしくなる。



「──さて話が大きくそれたが、今回の我々の任務は、【屋久島の縄文杉で失踪した民間人及び、先発で捜索任務向かった第8師団隊員の捜索】だ。 全員、心してこの任務につけ!!  以上だ!!」





「まもなく着地地点ランディングゾーンに到着!!  各員、着陸態勢準備をせよ!!」


 沖田三佐の説明後、ヘリの操縦者パイロットが乗員全員に号令をかかった。 その号令を合図に全隊員は立ち上がり、 ホバリングしているヘリから降下する準備を開始する。


 1人、そしてまた1人、次々と隊員達は降下していった。



「――全員!! 配置につけ!!」


 沖田の指示で降下地点に降りた隊員達はそれぞれの配置に陣形を組んだ。 降下地点は開けた場所で周りには森が生い茂っている。



「時刻1030《ひとまるさんまる》。 ──これより、目的地(縄文杉)へと向かう!! 突然の遭遇戦に備え、銃の安全装置はいつでも外せるようにしておけ!」

「ヘリで近道しているとはいえ、3時間も歩くのはだるいよな……?」

「泰介、気持ちはわからなくもないが声には出すな。 曹長に聞かれたら俺たち全員、また理不尽な訓練メニューを喰らう羽目になるぞ?」

「へいへい、根性至上主義の老害自衛官様の訓練は、ベリーハードできついですからね~……」


 泰介の愚痴に隼は口止めする。



「お~い!! アンタたち~!? バカみたいに突っ立てないで早く移動するわよ!!」


 玲美は愚痴を言い合っている2人を大声で呼び始めた。



「バカみたいと言われたぞ?」

「性格のきつい女も嫌だねぇ?? うっしゃ隼、行こうぜ!!」

「ああ……」


 2人は部隊の列に加わり、縄文杉に向けて歩き始めた。





 ──降下地点から3時間後──


 自衛官達は少々息を切らしながらも、徐々に縄文杉へと向かっていく。



「ぜぇ…… ぜぇ…… 晴れてるのはうれしいが、この時期は暑い……」

「本当ですね…… それに比べて、黒須士長。 なんであの人疲れていないだけでなく、汗もあんなにかいてないのでしょうか??」 

「性格がクールだからじゃねえか根本??  あいつとは中学からの付き合いだが、昔からあんな感じだったからな……」

「あの人ならレンジャー自衛隊の精鋭部隊にいても不思議じゃねぇのになぁ、なんでこの部隊にいるんだろうな??」

「気になるなら聞いてみたらどうだ五十嵐?? 士長のことだ。 きっと丁寧に教えてくれると思うぞ??」

「冗談だろ勝俣!? あの人何を考えてるかわからないから話しにくいわ…」


 他の自衛官達と一緒に泰介はあきれながらも黒須の話をしている。



 ……無理もない、この時期は8月。 しかも場所は日本の南、九州地方の孤島だ。

 それでいて自衛隊は装備を着込んでいるため、なおさら暑さを感じ全員汗が滝のように吹き出してくる。



「きゃっ!」


 少々フラフラしていた玲美は足元に躓いたつまづいたが、隼は倒れそうな玲美の手を取る。



「大丈夫か玲美?? ここからは少し足場が悪くなる。 気をつけろ…」


 玲美は隼の手を取りながら赤面になる。



「よっ、余計なお世話よ!! 少しふらついただけじゃない!?」



 おいおい、礼も言わねえのかよ?? 玲美の奴…… 

 ──と泰介は心の中でツッコミを入れた。



「あのう、瀬戸先輩……?? 黒須士長と牧野一士の御2人…… いっそこと方がいいんじゃないかと思ってきますよ??」

「はははッ!! ないない!! それはないぜ藤宮!! 牧野の奴、胸がでかいだけで可愛げねえし、男勝りで色気も全くないおんn ──っていってえ!!??」



 瀬戸は自身のむこうずねに激痛を感じる!



「なんか言った?? 瀬戸ぉ??(にっこりと)」

「な…… なぁんにも言ってなぁい……」


 不敵な笑みを浮かべる玲美の質問に泰介は答える。その様子を見ていた沖田と隼は溜息をついた。



「三佐!! 見えました、縄文杉です!!」


 先導で歩いていた自衛官の1人が全員に声に全隊員、さっきの談笑が嘘のように、皆気を引き締め始めた。



 ──残りあと10数メートル……

 その時、隊員の1人が足を止めた。



「――?? おい、みんな!? あれ同僚じゃないか??」


 指を指した先には先発で派遣されたであろう自衛官の姿が見えた。

それを見つけると黒須達はそちらに足を運ぶ。



「……(何か様子がおかしい。それにこの匂い…… 鉄か??)」


 隼は妙な胸騒ぎをしていた。



「おいお前、第8師団か!? いや、それよりも大丈夫か?? 他の奴らは?! いるんだったら無線で連絡ぐらいいれr──」



──隊員の1人が「いれろよ」と言おうとした瞬間、声をかけられた彼……


──いやは、鈍い音をその場に響かせその場に崩れ落ちた。



「うっ!? うわぁああ!? なっ、なんだこりゃぁああ!?」


 声をかけた隊員はその場で腰を抜けて思わず尻もちをついた。


──それは、内臓が飛び出て体が上半身しかない、元々人間であっただろう肉塊だった。



「うっ?!」「マジかよ……」「おえええ……」



 その死体を見た多くの自衛官達は、各々おのおのその光景に吐き気を催していた。

 もうその光景は世界遺産に登録されてる、本来の美しい縄文杉の風景ではなかった……



 甘ったるい血の匂いとおびたたしい血の跡……

 バラバラにされた先発で現場に向かったであろう、先発の第8師団の自衛官達の無残な死体の山だった……



 その中には、警察官や猟友会の死体も含まれていた。



 ──その光景はまさに阿鼻叫喚、地獄絵図という言葉が似合う光景だった。


 この異様な状況にに動揺していた隊員達を、沖田の副官は必死に声を上げて落ち着かせようとする。


 その中で唯一、冷静だったのが隼だった。 

 1人バラバラにされた大量死体に近づいて観察し始める。



 ──そんな隼の後に沖田も続き、隼の隣に立つ。



「──どう思う、黒須士長??」

「まだ推測ですが…… この死体の山。 中には野生動物に襲われたであろう死体もありますが、単純に野生動物だけのせいではないと思います。」

「やはり、お前も気づいたか?? ──ああ、その通りだな。 この隊員の腹をかっさばいたのは刃物によるものだ。  人為的な物…… ナイフか?」

「それにおかしいところもあります。 あきらかに死体の数が少ない。 今はバラバラになっていますが、おそらく最初の被害者、地元の警察官、猟友会、そして第8師団含めると少なくても30人分以上の死体があるはずです……」

「そう言われてみると、確かに少なすぎるな?? 見たところ、今現在この現場にある死体は全部がバラバラされているとはいえ、せいぜいおよそ10人分くらいしかない……」



「な…… なんであの2人は顔色を変えずに、あんな相談を平然とできるんだ?? おぇえ……」


 隼と沖田はそれぞれ意見を言い合っている様子を、泰介と他の隊員たちは茫然ぼうぜんと見ていた。



「とりあえず、死体をビニールで覆う《おおう》ぞ。 それと警戒を怠る《おこたる》な!! 襲撃したがまだこの近くに潜んでいるかもしれん!! 萩本曹長、指示を頼む!」

「りょ……了解!! お、お前ら!! 始めるぞ!!」


 萩本曹長の指示で隊員たちはそれぞれ行動し始めた。





 ──現在時刻 1350ひとさんごまる──

 ──作業開始から20分後──



「うえぇ!? ひでぇことするな、野生動物のすることか?」


 泰介は口を押えながら隼に近づいて質問する。



「いや、野生動物だけのせいではないのは確かなんだが。 泰介、これを見てみろ。」

「あん?? その空薬莢からやっきょうどうしたんだ??」

「……オレたち自衛隊はアメリカ軍とは違って、よほどのことではない限り乱射することは少ない。 あそこの縄文杉や木々を見てみろ?? あちこちに銃創銃弾の後が残ってる……」

「あ?? あ、ああ…… まるで大群に襲われたように、辺り一面にめちゃくちゃ撃ち込んでいるな??」

「ああ。 特に、縄文杉に集中的に向けてな……」

「世界遺産の樹に撃ちまくるって…… ここでなにがあったんだよ??」

「――お~~~い!! 黒須士長!! 瀬戸ぉ!! 死体を端に寄せるの手伝ってくれ~~!!」


 他の隊員に呼ばれ二人は、呼ばれた方へと向かう。





「藤宮一士、本部に報告は??」

「三佐!! そ、それが……」

「──?? どうしたんだ??」

「ひどいノイズが入って報告ができないんす。 まるで、ジャミング《電波障害》されているみたいで……」

「何?? アナログ無線でもか?? 輸送ヘリにも??」

「はい…… 鹿児島の駐屯地やヘリからも、何の応答や返答がありません……」


 動揺している藤宮の報告に、思わず沖田は頭を抱え込む。



「うおぇぇえええ!!!」

「ちょっと五十嵐!? 吐くなら、あっちで吐きなさい!」

「む、無茶いうなよ…… てか牧野は平気なのか?? よく吐かないな??」

「平気なわけないじゃない!! あたしだって我慢しているんだから!! 吐くならあっちで吐きなさいよこのバカ!!」

「うぅ…… 悪い、むこうで吐いてくる……」


 玲美の辛勝な発言に五十嵐1士は縄文杉の近くの草むらへと歩き始め、声をに出して嘔吐おうとしていた。





 ──すると突然、耳障りな音が縄文杉から鳴り始めた!!


 思わず黒須達はすかさず耳を抑える。 しかし無情にもその音は、耳の中までひどく劈いたつんざいた



「ああああああ!? なんだこの高い音はぁ!?」

「……っ!? みんな!? 縄文杉を見ろ!?」


 勝俣士長が縄文杉に向けて指を向ける、すると縄文杉が円形状に曲がった……



 ──いや違う、なんと縄文杉の前空間に穴が開いたのだ。



「な…… なんだ?? こn……」


 五十嵐一士が声を出す瞬間、こめかみに斧がめり込んでいた。



 ──何が起きたかわからないまま、五十嵐の頭はほぼ半分に割れ、鮮血が派手に吹き出し、頭から脳が飛び出しながら後ろのめりに倒れた……



「いっ…… 五十嵐いいいい!!??」


 その悲鳴をきっかけにその空間の穴から人……

 いや人と言えぬ達が次々と現れた。


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